仄音更生計画Ⅲ~いざ就職へ!~
第三十一話『年越しそば―1』
この地球上には様々な生物が生息し、人類はその一つに過ぎない。が、弱肉強食の頂点に立つと言っても過言ではない。
彼らは高度な知恵を武器に発展し続け、その結果便利な社会を形成した。船という乗り物で海を制し、飛行機で空を飛ぶ。スマホという薄いまな板のような精密機械は遠い人と繋がれて、天気予報や電卓、またはカメラや辞書。それらは小さな機能に過ぎず、例を挙げればキリがない。たったスマホだけで喜怒哀楽が満たすことができ、人間を全知全能の神のようにしてしまうのだ。
そんな人類にも未開な物がある。深海だったり、宇宙だったり、或いは生物だったり……
そう、生物だ。地球を我が物扱いしている人類だが、そんな彼らは毎年数万の新種を発見している。即ち地球上にはまだまだ未確認生物が存在しているということ。
「いやー年末ね……今年、いや最近はえらく長かった気がするわ……」
ここ仄音家にも未確認生物、いや天使という伝説上の生き物が存在していた。それもパジャマ姿で炬燵に入り、だらだらとパソコンでセイバーという特撮番組を楽しんで視聴している。
「ロトちゃん? なんかいつも以上に堕落してない? 仕事は大丈夫なの?」
「今日くらいはいいのよ」
「た、確かに今日は大晦日だけど仕事は大丈夫なの?」
「…………」
「な、何か言って欲しいなって……」
あまりの堕落具合に仄音は引きずった笑みを浮かべた。
時刻は午後三時、いつものロトならば既に正装であるドレスを着込み、セイバーを見ていたとしても仕事の連絡が来れば渋々と出掛ける。しかし、今の彼女は怠慢そのものだ。
もはや仕事など行く気が起きずパジャマのまま、炬燵でぬくぬくと蜜柑を頬張りながらセイバーを視聴する。朝からずっとこの体たらく。
「前々から思っていたけどちょっと怠けすぎじゃないかな? 出逢った頃のかっこいいロトちゃんが懐かしいよ」
仄音の記憶にある最初のロトは毅然を保ち、仕事をこなす立派な天使だったが、目の前の彼女はある意味堕天使だ。
「あら? かっこいいと思ってくれていたのね。嬉しいわ」
「っ! そんなところに反応しないで! はぁ……怠けていたらいずれアリアさんに追い抜かされるよ?」
「別にいいわよ。今までだってやることがないから率先して働いていただけだし、第一天使はブラックなのよ……辞められるなら辞めたいわ」
「み、ミカエルさんが聞いたら泣きそう……」
「それより良いバイト先は見つかったの?」
溜息を吐く仄音を横目に、ロトは意表を突いた。
「あ、あはは……まだかな」
「ならハローワークにでも行きましょうか? 今なら私も一緒に行ってあげるけど?」
「た、多分大晦日だし、きっと閉まってるよ。うん。それにきょ、今日くらいゆっくりしたいかな……」
「私と同じ考えね」
しどろもどろな仄音だったが、実は働きたくないが故の口から出まかせである。所詮、その場凌ぎにしかならない。
仄音は怠け者のロトと意見が一致して、不服そうに頬杖を突いた。
「ロトちゃんはずっとそうしてるの? 私、朝からずっとギターを弾いたり、コードの勉強とかしていたから疲れちゃったよ……」
「そうねぇ……」
構って欲しいとは恥ずかしくて言えない仄音は曖昧な言い方をし、期待を秘めた視線をロトへと向けた。
「買い物ぐらいしか思いつかないけど……あっそういえば年末の大掃除を忘れていたわ」
「さ、流石にゴミの日が遠いから大掃除は無理じゃないかな? それに疲れることはちょっと……」
「それもそうね。仕方ないから大掃除は年明けにするとして……あっ年越しといえば蕎麦よね」
「あー……すっかり忘れていたよ。買いに行かなくちゃ……」
年末と言えば年越しそばを食べながらテレビを見るに尽きるだろう。ヒキニートと化した仄音も、以前はそうやって大晦日を過ごしていた。
「私は蕎麦よりおうどんが食べたいわ」
「お、おうどん!? 蕎麦の流れだったよね!?」
「私的には年越しで食べる物なんて何でもいいわ。ただ今はおうどんが食べたい気分なの。おうどんオーブでも作りましょうか?」
「それってエンジェルパウダーを使うってこと? そもそもおうどんは丸くないよ!?」
以前にライスオーブというおにぎりとエンジェルパウダーを融合した未知の料理を思い出した仄音は顔色を悪くしてツッコミを入れた。
「兎に角、私はうどんが食べたいわ」
「しょうがないなぁ……」
急におうどんという上品な呼び方をしなくなった彼女に、仄音は眉を顰めつつ仕方がないと身を削る覚悟で立ち上がった。
「あっ仄音はテレビでも見て寛いでいてちょうだい」
「え? 買い物に行くんでしょ?」
「そうだけど大晦日という日にただのうどんは食べたくないわ。だから私が丹念込めて一から至高のうどんを作ってあげる」
「それは難しいんじゃ……」
うどんを一からという事は麺を作る行程からスープの味付け、具材までも全てをロトはこなすつもりだった。
期間があるなら未だしも年越しまで後半日もないので厳しいだろう。いくら天使で魔法が使えたとしても限度がある。
「それじゃ一先ず香川県まで行ってくるわ!」
「いってらっしゃい」
頭痛から額を押さえる仄音はベランダから飛び出したロトへ手を振った。
(ロトちゃんだから碌なことにならないだろうなぁ……)
仄音の経験上、自信満々のロトは高確率で失敗する。ライスオーブというエンジェルパウダーを塗したおにぎりを、見た目も味も絶望的に調理するのだ。うどん、いや目玉焼きすらまともにできなさそうだろう。
「うーん……念のため、念のため」
不安に駆られた仄音は徐に財布を持ち、導かれるように外へ出た。
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