第二十九話『天使へのドッキリ―2』

 追い詰められたアリアは額から顎にかけて汗を垂らしながら電話BOXから出た。胡桃と仄音を一瞥し、息を深く吸っては数秒考え込み、重々しい口を開く。


「まさか本当に来ないよね?」


「――いや、こっちが聞きたいわ!? このままじゃうちらロトのやつに何されるかわからんで!?」


「だ、大丈夫! 天使電話からと分かっているようだから天使界に行く筈に決まってるって!」


 笑っているアリアだったが焦っていることが丸わかりで、もう駄目だと胡桃は頭を抱える。このままだと二人はロトによって報復されるだろう。もしかすると針山に刺されて、血で溢れた釜で茹でられるかもしれない。

 怯える二人に仄音は(そんなに恐ろしいならドッキリなんて仕掛けなければいいのに……)と感想を抱いており、紫色に妖しく光る指輪に気づかなかった。


「ま、まあ此処に来るとしても時間が掛か――るごラッ!」


 突如、窓を突き破って現れたのはターゲットであるロトだ。飛び蹴りの姿勢で、そのままアリアの顔面へめり込んだ。


「着いたわ。それにしても何か蹴ったような……?」


「ろ、ロトちゃん!? 蹴ったのはアリアさんだよ!」


「あ、本当ね」


「ぼさっとすんな! このままじゃアリアのやつ死んじまうぞ!」


 ロトはまるで虫でも踏んづけてしまったかのような反応だが、肝心のアリアは後頭部を壁にぶつけて血を流していた。穏やかではない事故だろう。

 胡桃は青ざめて彼女へ近寄って脈を確認し、静かに首を振った。


「ご臨終や……」


「我が一生に悔いあり――って! いや生きてるわよ!? よくもやったわねロト! 此処で会ったが百年目! 勝負よ!」


「ほら……大丈夫? こいつらに捕まったら駄目よ?」


「あ、ありがとう……」


「無視するな!」


 仄音の拘束を丁寧に外すロトに、アリアは大きく股を広げて自信気に宣戦布告した。が、ロトの眼中に自分は映っていない。好敵手としてではなく、その辺に転がっている石のような扱いを受けて腹が立った。


「こうなったら……仄音!」


「え? あっ……」


 呼ばれた仄音は意味ありげに何度もウインクするアリアが何を伝えたいのか、アイコンタクトを交わして理解した。

 そう、プランBへと移行する気なのだ。正直、この流れで成功の兆しは見えないが、取り敢えず従っておこうと思った仄音はロトを突き放してアリアへ抱き着いた。


「ふふふ残念だったわねロト。既に彼女は私の掌中!」


「わ、わー、アリアサンダイスキー……」


 胸を張っているアリアに抱き着き、台本を読んでいるかのような棒読みを披露する仄音。

 それを見て固まっているロト。

 既にドッキリを諦めていた胡桃はただ部屋の掃除に徹している。

 身の毛がよだつような混沌とした空気が辺りを包み込み、我慢できなくなったロトは反撃に出た。


「これは知恵から聞いた情報なのだけど……アリアは三十路よ。女子高生に扮しているのは好きな天使の気を惹くためらしいわ」


 言い放たれたのは弾丸である。人の命を奪うかの如く、一気に空気を凍りつかせた。


「アリアさんって三十代だったんですか!? 私、てっきり二十代前半くらいかと……」


「それにその格好って愛しのサトウ君の気を惹くためやったんか……」


「ちょ、間違ってないけど! その目は傷つくからやめて!」


 アリアはサトウを恋慕し、気を惹くために女子高生の格好をしていた。態々、制服を購入して、魔力の応用を学び、化粧の技術を磨く。並大抵ではない努力だろう。

 しかし、年齢が三十路と分かれば痛い。確かにアリアの見た目は女子高生だが、アラサーが若作りしていると思えば背筋が凍りついてしまう。

 ロトの出鱈目という可能性もあるが、わなわなと顔を真っ赤にしているアリアの反応は真実味を帯びていた。


「本当に三十路だったの。アリアばあさんって呼ぶべきかしら?」


「そこまで老いてないわ! 大体三十路で何が悪いの!? 寧ろ女性は三十路が一番輝くのよ!」


 暴論を述べるアリアに、興味が無いロトには全く響かない。それどころか近寄っては、逃さないとばかりに腕を掴んだ。


「さ、捕まえたわ。仄音は危ないから向こうへ行きなさい」


「あ、うん……」


「くっそ! 離しなさい! というかなんで私の秘密を知っているの!?」


「それは秘密よ。強いて言えば利害関係の一致……かしら?」


「あっ! さては知恵がバラしたのね!」


 知恵がロトへセイバーの玩具を献上し、その見返りにアリアの情報を漏らす。悪でしかないシステムの存在に気づき始めたアリアだが、もう遅い。


「で? これはなんなの? 胡桃が答えなさい」


「うちか? うちとアリアが考えたドッキリやよ。呆気なく失敗したけどな……」


「ふーん……まあ責任は天使であるアリアに負ってもらいましょうか……」


 壊れたロボットのようにぎこちない動作でアリアと向き合ったロト。仮面越しに見えるアリアは未だに強気を保っている。

 ロトは怒っていた。今まで毅然たる態度を保っていたが、内心は友達でも家族でもある仄音を利用されて堪忍袋の緒が切れていた。


「離しなさい! 私と正々堂々――ひっ……ご、ごめんなさい。ほら、ドッキリなの! 許して! 何でもするから!」


 それを察したアリアは一瞬で怯み、無様に許しを請う。用意していた『ドッキリ大成功!』と書かれた看板を見せるが、そもそも大失敗だろう。


「ドッキリなの……まあ許してあげるわ」


「じゃ、じゃあ「ドッキリといえば爆発よね?」――はっ?」


 藪から棒な質問にアリアは放心してしまう。が、同時に本能が警鐘を鳴らしていた。


「そ、そんなことないと思うけど……」


「いえ、爆発オチよ」


「え、ちょ、まッ……」


 否定するアリアは断頭台であるベランダへと連れられ、そこから大空へと投げられた。それも投球するかのような軽さで、やがてアリアという球の高度は百メートルを達した。


「何でもするならいいわよね……ふんっ!」


 アリアが空を全身で感じている頃、光弾を作っていたロトは大きく手を薙いだ。

 魔力で出来た星は翼を生やして逃走しようとしているアリアへ直撃し――


「こッ! この事はロトナンバーに刻んでおくからッ! ギャアアアアー!」


 どうでもいい恨み言と、負けた悪役のような叫び声で爆散した。まるで小さい花火のように見えて「汚い花火ね……」とロトは澄ました表情で感想を抱いている。


「さ、流石にやり過ぎちゃう?」


「二人の分の罰よ……心配しなくても天使はあれくらいでは死なないわ。精々今の攻撃でHPが八割削れたくらいじゃないかしら?」


「それって結構やばいんじゃ……」


 八割といえば瀕死だ。RPGで言えば赤文字、またはdanger危険である。


「さて、帰りましょうか。仄音?」


「あ、うん。胡桃ちゃんばいばい……」


「お、おう……」


 きちんと玄関から帰っていく二人を見送って、胡桃は嵐が過ぎ去ったと安堵した。が、振り返って部屋を見てはサーっと血の気が引いた。

 ベランダのガラスは砕け、辺りにガラス片が散らばり、壁にはアリアの血がべっとりと付着し、それは床も然り。放置された天使電話に、ぐちゃぐちゃのベッド。部屋全体が泥棒でも入ったかと疑うほどに荒れてしまっている。


「あぁ……ドッキリはもうこりごりや……」


 仕掛け人である胡桃が悪いのでロトに修復魔法を使ってとは口が裂けても言えず、ただクリスマスという年に一度の大切な日に、後悔を積もらせながら片づけに専念した。

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