第二十九話『天使へのドッキリ―1』
クリスマス当日。二人っきりのパーティーは夜に開始ということでロトは仕事へと出掛け、仄音はいつものようにギターを弾いていた。
絶好調でも、絶不調でもない、いつもの感じでコードをかき鳴らしてメロディを弾く。ボディによって大きくなった音はサウンドホールから響き出し、心地よさにうっとりとしてしまう。
「クリスマスプレゼント……喜んでくれるかな? ……それにしてもロトちゃんは何をくれるんだろう。試験の結果はその時に教えてくれるらしいけど気になるなぁ……」
試験の合否もそうだが、プレゼントを喜んでくれるか不安だ。しかし、それ以上にロトちゃんからのプレゼントを楽しみに思った仄音は全身がうずうずとした。
ギターを弾く手を止めて、ふと左手を見つめる。
そこには誕生日プレゼントとして彼女から貰った指輪が輝いている。吸い込まれるように見惚れているとロトを思い出して、表情が綻んでしまった。
「あっ、そうだ。ロトちゃんへ向けて曲でも作ろうかな……お世話になっているし、そのお礼として」
思い立ったが吉日だ。直ぐに取り掛かろうと仄音はノートとペンを取り出した。しかし、それらを阻害するかの如く、スマホの着信音が鳴り響いた。
「ん、ロトちゃんかな? あれ? 胡桃ちゃん? どうしたんだろ――はい、もしもし」
『あ、仄音。今そっちにロトの奴おるか?』
電話に応じた仄音は胡桃の意図が分からずに困惑しつつも「ロトちゃんなら仕事だよ」と答えた。
すると電話の向こうが慌ただしくなり「ならこっちに来て!」と別の女性の声が聞こえてはプツンと切れてしまった。
「急にどうしたんだろう……ていうか今のはアリアさんだよね? こっちに来いって胡桃ちゃんの家かな……」
胡桃の家には家主である胡桃とアリアがいるのだと察せられ、どうやらロトの様子を窺っているようだった。
嫌な予感がひしひしとしたが、行かない訳にもいかないだろう。本当はこのままギターを弾いていたかったが、一時中断せざるを得ない。
仄音は億劫な足取りで、隣の胡桃家へと向かった。
チャイムを押した同時に勢いよく扉が開かれ、何が何だか分からないままに仄音は部屋へと引き込まれた。まるで誘拐のようだろう。アリアによってベッドに押し倒されて、胡桃によって腕を縛られる。
「え! な、なに!? どうしたの!?」
「よし、こんなもんやろ……」
一仕事したと汗を拭う二人に、理解できない仄音は脱出しようと身を捩らせる。しかし手足はベッドの四つ柱に固定されているため動けない。
「な、何が目的なの?」
「強いていうなら人質ね」
「ひ、人質!?」
アリアから出た物騒な言葉に、よく分からないが嫌な予感は当たっていたと仄音は冷や汗をかく。そして助けを求める視線を、藁にも縋る想いで胡桃へと向けた。
「あー……実はロトへの仕返しとしてドッキリを仕掛けるんや。仄音はその尊い犠牲や」
「えぇ……」
当たり前だが胡桃もグルだった。
これではどうしようもないだろう。幸いにも拘束に使われている縄は緩いので頑張れば解けそうだが、解いたところで直ぐに捕まってしまう。
それならば寧ろ協力的に行くべきではないだろうか? そうした方が仄音自身もドッキリを楽しめて、胡桃たちと建設的な会話を交わせるだろう。
「な、なら私にも協力させてよ。因みにどういうドッキリなの?」
「プランAとプランBがあるんだけど、仄音さんに決めさせてあげるわ」
「え? その前に内容を教えて「分かった、両方ね」――まだ何も言ってないよ!?」
質問しておいて勝手に決めたアリアに、仄音は声の調子を外してしまった。
「ここに電話があります」
「あ、うん。ずっと思っていたけど、どうして公衆電話? だよね?」
胡桃の部屋に鎮座しているのは巨大な箱。それは長細く透明で、中には電話が備えられている。俗に言う公衆電話だが、仄音の記憶とは少し違った。
「これは天使電話といって天使界で設置されている天使限定の電話だよ」
「つまり公衆電話だよね!? なんで此処にあるの? というかどうやって運んで……」
仄音は再び胡桃へと視線を向けたが、胡桃は諦めろと言わんばかりに首を振った。
「私や胡桃のスマホは使えないから、この天使電話を使って今からロトへ電話を掛けるわ。そしてこう言うの。貴方の大切な者は頂いた。返して欲しければエンジェルパウダーを持って来い! とね」
「あ、そういうドッキリなの? それでこうしゅう……じゃなかった天使電話をねぇ……」
一瞬、自分のスマホを使えばいいのでは? と仄音は思ったが敢えて言わなかった。そんなことのために個人情報の塊であるスマホを利用されたくないのだ。
「ロトちゃんは私を大切に思っていないと思うけど……」
「え? まだ知らないの? ロトと話さなかった?」
「……何のこと?」
「ほら無駄話は後や。さっさとやるでー」
手をぱんぱんと二回鳴らし、無理やり会話を終わらせた胡桃は天使電話へと入っていく。
釈然としない仄音は縛られているためソワソワと落ち着かない。が訴えたところで解放はされないので、大人しく静観するしかなかった。
「あ、言い忘れたけどこれはプランA、つまりは脅迫ね。プランBはNTRだから」
「え?」
「寝取られくらい分かるでしょ? いいから仄音さんは私に惚れたフリすればいいの!」
「なんでそんな……わ、分かったよ」
ロトに悪いという気持ちがあるのだが、それと同じようにドッキリを仕掛けて彼女の反応を見たいという気持ちもあり、その結果仄音は呆気なく流されてしまった。
「じゃあ電話掛けるから静かにしてな」
「了解!」
アリアの返事を聞いた胡桃はダイヤルを何回も回し、やがてプルルという通話音が聴こえた。
「声でバレるんじゃ……」
「大丈夫。天使電話はボイチェンが付いてるの」
「え? なにその機能は……」
犯罪を促進するような機能が備わっていると知った仄音は引いてしまった。天使クオリティと受け入れるしかないだろう。
「出んなあ……おっ――ごほん、よく聞けよ。お前が大事にしている者は預かった。返して欲しければエンジェルパウダーを用意するんだな」
『誰? 天使電話からの電話ということは天使? それも私に詳しい口振りね。アリアかしら? この前エンジェルパウダーを頂いたことを根に持っているの? それはそうと大事な者って仄音のことかしら?』
スピーカーにして発せられたロトの声は平坦で、焦りは感じられない。世間話をしているような落ち着きようだろう。語られた推理は正しく、ロトの頭脳明晰さが窺える。
これには予想外で胡桃は冷や汗を垂らし、日頃の行いから犯人だと即バレてしまったアリアはぐぬぬと悔しそうに歯軋りをしている。もはやドッキリは失敗が濃厚だ。
「まだよ! このままじゃ終われないわ! 代わって!」
「お、おう……」
胡桃とバトンタッチしたアリアは受話器を耳へ当てて、向こう側へ食って掛かった。
「ふふふ、よくわかったわねロト! だけど仄音さんはもう私の物よ! 悔しかったら此処まで取り返しに来なさい!」
『そう……直ぐに向かうわ』
それを最後にロトは通話を切った。特に慌てているようには感じられない。
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