第二十八話『隣人のクリスマスイブ―1』

 仄音と別れた胡桃はそのままネットカフェへ出向き、時間を潰した帰り道に公園でブランコに揺られていた。


「はぁ……なにやってんのやろ。変に意地張っちゃったわ……」


 クリスマスイブに一人で寂しい。街中は朗らかで甘いクリスマスムードで包まれているというのに、実に虚しいだろう。

 しかし、それは胡桃が望んだことでもあった。

 胡桃は仄音にクリスマスとイブを一緒に過ごさないかと招待されたのだが、意地を張って用事があると言ってしまったのだ。

 その結果、今日はネカフェで暇を潰し、何時間も入っていたので流行りの漫画を読み切ってしまった。きっと明日のクリスマスも同じような日になるのだろう。


「まぁ毎年のことだけど、やっぱり寂しいな……」


 孤独な白い息は夜空へ溶け込み、それを仰いだ胡桃。視界一面に綺麗な星々が輝き、自分はちっぽけな存在だと知らしめられる。そうしているとクヨクヨと落ち込んでいた自分が消えていった。


「よっしゃ! 元気出たわ! ってなにか落ちて――うげっ!」


 頬をぱんぱんと二回叩いて気合を入れた胡桃だったが、不幸にも空から落ちてきた何かにぶつかった。大して重くなく、どちらかと言えば軽いそれはレジ袋に入れられた箱だった。


「あ! ごめんなさい! 大丈夫ですか――って胡桃じゃん!」


「いたた……ってその声はアリア?」


 申し訳なさそうに空から舞い降りて来たのは翼の生やした人間。否、天使のアリアである。胡桃とは友達であり、ロトに恨みを持つ仲間でもあった。


「どうしてアリアが空から……ってあんたも天使やったか……」


「そうよ。今まで仕事をしていてさー。疲れたわー」


 ロトに勝つため熱心に仕事をしていたアリアは怠そうに肩を回している。翼を消した姿は今時の女子高生であり、とても天使のようには見えない。


「天使の仕事って人を助けてたんか?」


「うーん……まあ結果的にはそうね」


「なんやそれ。ロトと同じで教えてくれへんってことかいな」


 曖昧な言い方をしてアリアは胡桃の隣に座った。


「天使ってほんと不思議な存在やな」


「まあね。それより大丈夫? 買ってきたケーキを落としちゃって……」


「大丈夫やけど……ってケーキ? まさか……」


 嫌な予感がした胡桃は咄嗟に箱を開けた。

 中身はシンプルで小さなホールケーキだが、形は崩れて不格好になっている。食べられないことはないが、やるせない気持ちになってしまうだろう。


「ああ……やっぱり……なんかすまんな」


「いや、胡桃は何も悪くないわよ。落としたのはこっちだし」


 確かに悪いのはアリアだろう。元はと言えば彼女がきちんと持っていれば、胡桃の頭にケーキを投下することなんて無かったのだ。


「そういえば胡桃はどうして夜中の公園に?」


「うーん……強がって仄音の誘いを断っちゃって暇なんや。クリスマスイブやのにネカフェで暇を潰して、ぶらぶらと買い物……これがソロ充ってやつか」


「充実してないならソロ充と違うでしょ。っていうか私と同じなんだね」


「え?」


「いや、私も知恵にクリスマスはどうかって誘われたんだけど断っちゃったんだ。知恵のやつ、揶揄うように誘ってくるから、つい……このケーキだって自分用だったの」


「ああ、なんか嘲笑されてるアリアが想像できるわ……」


 アリアは知恵に降伏して頭が上がらない。それどころか弱みを掴まれて友達なのか、家族なのか、よく分からない関係になっている。しかし、絆はしっかりと芽生えており、お互いのことを大切に思っていた。

 尻に敷かれている不憫なアリアを想像して苦笑いを浮かべた胡桃はふと思った。


「そういやアリアは彼氏とかおらんの?」


「居たらクリスマスの予定は詰まっているわよ」


「好きな人は?」


「い、いないかな」


「へぇー、ふーん……じゃあ気になる人は?」


「……ど、同僚のサトウ君かな」


 頬を赤らめて言うアリアは見るからに恋する乙女だろう。


「同僚ってことは天使か。そいつのことが好きと……どこまで進んだん? やっぱAまでか?」


「え、Aって何よ。まだ恋人じゃないわよ!」


「へぇ、まだねぇ……好きというのは否定せんのか」


 ニヤニヤとした胡桃の視線に、自分の発言を反芻したアリアはかーっと熱を帯びていく。まるでいつかは恋人同士になると言っているようなものだろう。

 彼女の反応は年齢に反して初心な中学生のようで、他人の恋路を揶揄うほど楽しいものはないだろう。その証拠に胡桃の笑みは黒い。


「それじゃあ、その愛しのサトウ君とクリスマスを過ごしたらええんやない?」


「それがね、仕事が忙しいらしいの……サトウ君、天使だけじゃなく人間としても働いているから……」


 残念そうに肩を落としたアリア。

 その姿は友達として見過ごせず、元気づけたいと胡桃は思った。だから立ち上がって彼女の手を取り――


「ならうちと二人でパーティーやな!」


「へ?」


「此処で会ったのも何かの縁や! ぱーっとやるぞ!」


「お、おー?」


 アリアは戸惑ったが、直ぐに笑顔になった。

 孤独な者同士の傷の舐め合い。といえば聞こえは悪いが、それでもクリスマスに友達と二人でパーティー。とても平和で、素敵なことだろう。





 アリアが胡桃家に招待されて、既に数時間が経った。

 部屋の中は酒の匂いで満たされ、中央の机には顔を赤くしてほろ酔い状態の二人がいた。


「いやーアリアが買ったケーキは美味いな」


「そりゃ奮発したからね。形は崩れちゃったけど……」


「うちが買ったあても美味い! 美味いわ!」


 世間話が恋バナまで、色んな話を交わしながら、ケーキや胡桃が買い込んでいたお菓子をつまみに酒を飲む。

 浴びるほどの勢いではないが、二人とも酒には強かったため何時間も飲んでいられた。


「そういえば聞いて! この前、ロトに珍しく呼び出されたと思ったらこっぴどく怒られたのよ! 毎日電話を掛けて呪詛を送っていただけなのに……」


「いや、毎日電話ってストーカー!? いや内容が呪詛ってことは嫌がらせか。それは流石にアウトやな。うん、アリアが悪いよ」


「えぇー……今朝なんて変な相談をされた挙句、仄音へのクリスマスプレゼントって! そんなの私に訊かれても困るわ!」


「うちなんか事あるごとに壁を破壊されてるわ。あのヤクザ天使、こっちの事情なんかお構いなしやで」


 ロトは少し胡桃に用があれば壁を破壊する。用が無くても暇つぶしで破壊する。そして、直すのは気分であり、横暴だと非難すれば魔法で脅してくる。実は堕天使でした、と言われても疑いの余地がないほどに悪だ。

 胡桃自身、ロトは嫌いではない。友達だ。だけどその性格はどうにかして欲しいと思っていた。事あるごとに神経は削り取られ、もはや諦めの極地に入っている。

 二人の脳裏には不敵な笑みで見下してくるロトが思い浮かび、すっかり興醒めしてしまった。


「ごくごく……ぷはぁっ! そうよ!」


 自棄になってチューハイを一気飲みし、アリアは思いついた。


「明日のクリスマス、ロトに仕返しをしましょう! 今までやられてきた恨みを晴らすのよ!」


「確かに……同じ天使であるアリアが協力してくれるならいけるかもしれん……」


 今までに何度かロトに仕返しをしようと企んでいた胡桃は興味を示した。が、あと一押し足りない。


「仕返しって具体的に何をするんや?」


「そりゃあドッキリよ! あ、でも内容はまだ考えてないから一緒に考えよう」


「うーん……ドッキリねぇ」


 世間一般では寝起きドッキリ、落とし穴ドッキリなど色んな物があるがどれもロトが引っ掛かっている想像がつかない二人は険しい表情で考える。

 ドッキリという事は重要なのは驚きだ。ドッキリを仕掛けられ、何かしらがあってドキドキとし、ネタバラシでターゲットはホッと胸を撫で下ろす。単純に言えば驚きが大きいほど良いドッキリになるだろう。


「人が驚いたり、焦る瞬間ってなんやろうか……やっぱり大切なものが貶されたり、無くなった時なんかな?」


「ロトは冷淡な奴だからね。大切なものなん……か……ああ、そういえばあった。それも今日知ったんだった……」


「え? それは一体……」


 ごくりと息を呑んだ胡桃。掛けている眼鏡をくいっと上げて、その時を待ちわびる。


「ズバリ仄音よ! 仄音を利用してドッキリを仕掛けるのよ!」


「あ、あー……」


 答えを聞かされた胡桃は納得した。記憶の中のロトは仄音のために、柄にもなく働いていたのだ。しかし腑に落ちない。仄音を利用すること自体は良い案だと思ったが、本当にロトの逆鱗に触れてしまいそうで表情を曇らせた。

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