第二十五話『天使と闇取引―1』
仄音の誕生日が終わって数日。友達だというのに仄音の誕生日を知らなかった知恵は呑気に欠伸をしていた。
「あー……誰も来ないな……」
午後二時という昼下がりのコンビニバイトだ。ぼーっとレジ前に立ち、蛍光灯をぼんやりと見つめる。
住宅街に存在するコンビニ故に、あまり人が訪れない。お腹が空く昼食時や早朝ならばそれなりに来客するが、午後二時という時間は中途半端だ。
「あと一時間か。それにしてもワンオペって……まあ忙しくないし余裕だけどさ……」
本当はもう一人従業員がいるのだが、なにやら急用が出来たようなので知恵が帰したのだ。その結果、ワンオペという一人だけだが、時間帯的にも、残り時間的にも余裕だろう。
一応、働いていて時給が発生している身。何もせずにレジで佇立している訳にもいかず、知恵は一番お手軽である煙草の補充を始めた。コンビニと言われるお手軽で便利な場所は煙草が購入できる場所でもあり、煙草を求めて訪れる人が多い。
「えーっと……」
レジ裏にはぎっしりと色んな種類の煙草が並べられ、見ていて壮観だ。それぞれに番号が当てられている。
知恵はそれらの在庫を確認し、減っている物があれば補充していった。
「あ、いらっしゃ……」
ふと店内に鳴り響く電子音に、自動ドアが開く音。それに気づいた知恵は振り返って絶句した。
凍てついた風が吹き込み、颯爽と現れたのは天使だった。
「あら? 知恵じゃない。ここで働いていたのね」
その天使はロトであり、レジに立っていると知恵を見つけては凛とした態度で言った。
「い、いらっしゃいませー……」
思わぬ顔見知りの来店に、知恵は棒読みで歓迎してしまう。笑顔もどことなく無理があった。
ロトはそんな彼女を横目に、すたすたと店内を物色する。
(天使がコンビニに……何を買いに来たんだろう?)
再び煙草の補充をするフリをして、知恵は興味深そうに店内の天使を観察していた。
「どれにしようかしら……」
ロトは飲料水コーナーの前で立ち止まり、腕を組んでいる。時間にしたら五分ほどで、いつまでも動かない天使に知恵は呆れていた。
「ダメね。決まらないわ。ここはアレで決めましょう」
(お? 何か魔法を使うのかな?)
某青狸のような秘密道具が出るのか? と知恵は密かに期待したが、それを裏切るように天使は一つの飲料水を指し――
「どれにしようかな天の神様の言う通り、すべり台」
(いや、神頼みかよ!)
思わず知恵は心の中でツッコミを入れた。拍子抜けったらありゃしない。
綺麗に陳列された飲料を順番に指しながら歌う、その曲は地域によって様々であり、途中までは一般的だった。
(っていうかすべり台ってなに……?)
思い浮かべるのは公園の遊具。滑り台は大抵の公園に設置されており、なじみ深いものだが、それが歌の中に入っているのは理解不能で、知恵は頭が抑えた。
「サイダーねぇ……炭酸は苦手だからコーヒーにしましょう。神様には悪いけど……」
「ちょちょ! それじゃあ神頼みした意味ないじゃん!」
選ばれたサイダーではなく、全く違う場所にあった微糖の缶コーヒーを、何食わぬ顔で手にした天使。そのインパクトは計り知れず、知恵は目を丸くしてレジから飛び出してしまった。
「それって意味ないじゃん! 最初からコーヒーを選びなよ!」
息切れをしたように荒い息遣いで、もう一度言い放った知恵。
店内は暫し静寂とし、先に口を開いたのはロトだった。
「今の私は客よ。店員がそんな態度でいいのかしら?」
「うぐっ……し、失礼しましたー」
日本ではお客は神様という思考が根づいている。それに賛同する訳ではないが、知恵の発言は店員としてではなく友達としての言葉だっただろう。
大人しく非を認めた知恵は頭を下げ、レジへと戻っていく。そして、また遠目から天使の観察を始めた。
「さてと……ん? こ、これは!」
(何か見つけたのかな?)
とある飲料水を持って、興奮している天使。パッケージを見ようにも背中によって隠されてしまっている。
ロトは近くにあったカゴを手に取ると缶コーヒーと一緒に大量の何かを雪崩入れた。ペットボトルがぶつかり合う鈍い音が店内に響く。
「はい、会計をお願いするわ」
「え、これって……」
ドンッという重厚感溢れる音を鳴らし、カゴをレジへ置く。中身を目の当たりにした知恵はぽかんと口を開けてしまった。
「いや炭酸飲料じゃん! コーラだよ!?」
「ただの炭酸飲料じゃないわ? よく見なさい」
「いや、コーラは炭酸――はっ! まさか!」
数にして十本はあるペットボトル方式のコーラ。そのパッケージは男児に人気なセイバーであり、どうやらメーカーとのコラボ商品のようだった。
「噂には聞いていたけど本当にセイバーにハマっているんだ……」
知恵は溜息を吐くように呟いた。
仄音と一緒にオンラインゲームをプレイしている時「最近、ロトちゃんがセイバーにハマっちゃって仕事を疎かにするんだよね……私が問い質しても見栄を張っているのか、ハマってないの一点張りで……まあそこが可愛くてね!」と愚痴なのか、惚気なのか、よく分からない話を聞かされていたのだ。
しかし、知恵にはその気持ちがよく分かった。セイバーが面白いのを知っていて、だからこそ学生時代にハマった。今のロトと同じように見栄を張って、飽くまで嗜む程度を装い、裏では変身グッズを買い漁る。
「――円になります」
知恵は慣れた手つきでレジを打つ。仕事をこなしながら初めてロトに共感を抱いた。
悪の欠片を秘めている知恵にとってロトという天使は恐怖の対象だ。いくらロト本人が殺さないと言っていても、完全には拭えない。誰だって人を食べないライオンだとしても、檻の中で一緒になるのは嫌だろう。
「――円のお返しになります。レシートは要りますか?」
「いらないわ」
会計を終えたロトは大量の飲料水が詰められたビニール袋を片手でぶら下げ、もう片手には缶コーヒーを持って出口へと向かう。
「ちょっと待って!」
「なに? 忙しいのだけど……」
引き止められたロトは億劫とした様子で振り返った。とても忙しそうには見えない。
「ほら、私もセイバーのファンだからグッズがいっぱいあるんだけど……欲しい?」
「欲しいわ」
即答したロト。その目に迷いはなく、寧ろ期待で輝いている。
その言葉を待っていた知恵はニヤリと笑みを浮かべて言った。
「ならアリアの情報と交換ね」
「あら? そんなのでいいの?」
バイト中だというのにレジから飛び出した知恵はロトの手を取って、固い握手をした。
これにより知恵はアリアの情報を得れ、ロトはセイバーのグッズが手に入る。Win-winの関係であり、自分の個人情報は漏れようとは思ってもいないアリアは真面目に天使の仕事をこなしていた。
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