第二十四話『添い寝とプレゼント―1』
談笑やアニメを見たりしながらケーキを平らげ、無事に誕生日パーティーが終わった。時間にしたら二時間ほどで、仄音は満足で爽快な気分だった。
壁に空いた穴から自分家へと戻り、その穴はロトが修復魔法で元の状態へ戻す。その間、仄音は天使のコスプレからパジャマに着替えて就寝準備に入っていた。
「もう十時半だし、そろそろ寝ないとなぁ……」
仄音は二階の布団でダラダラとスマホでソシャゲを楽しみ、下ではロトが真新しい布団を敷いていた。
その服装は魔法少女のような天使の正装ではなく、仄音とお揃いのパジャマだ。
今までロトの寝間着はドレスだったが、寝づらいに決まっている。そこで布団を購入するついでに仄音と同じ淡いピンク色のパジャマを購入したのだ。
「仄音? ちょっといいかしら?」
まだ汚れ一つないシーツの上で正座をし、膝に乗せた小さめの紙袋をぎゅっと握ったロトは上にいる彼女に話し掛けた。
「ん? どうしたの?」
「その……今日は一緒に寝てもいいかしら?」
「え……それって私と同じ布団で眠るってこと?」
二階であるロフトは狭く、布団を二枚敷けるか、敷けないか、ぎりぎりのラインで、それならば同じ布団で寝ると考えるのが普通だろう。
その通りであり、ロトは静かに頷いた。
「ふ、二人で……一緒に……」
普段使用している布団で一緒に眠る。それもスペース的に抱き締め合うかの如く、くっつかないといけない。
狭くてもいいのか? 汗臭くないだろうか? 一緒に寝る事は構わないが、色々と不安に思ってしまう。いや、そもそも恥ずかしくて気が遠くなりそうだった。
「流石に恥ずかしいよ」
「そのくらい慣れなさい」
「でもスペース的に狭いよ? それに私って良い匂いじゃないし……」
「そんなことないわ。狭いのは気にしないし、別にいいでしょう? 最初は二人で寝たじゃない」
「あれは事故っていうか流れというかなんというか……うぅ、分かったよ」
ロトから熱い眼差しを送られ、上手く言い訳できなかった仄音は観念した。
許可を下りたロトは緊張感がほぐれて、少し身体が軽くなった。が、まだ問題は解決してないのでいつも以上に無口である。
ぎこちない動作で梯子を上り切ったロトはきょとんと座り、同じ柄のパジャマを着た彼女を窺った。
「うぅ……」
毛布を抱き寄せた仄音は恥ずかしそうに、微かに頬を赤くして、落ち着かない様子で手を弄っている。一緒に寝たのは出逢ったばかりの頃、炬燵で添い寝した時以来であり、その時とは状況が違う。
あの時は流れでそうなったが今は違い、お互いに同意し合ってする添い寝なのだ。
「その……誕生日おめでとう。これは私からの気持ちよ」
勇気を出したロトは後ろに隠し持っていた紙袋を仄音に差し出した。そう、今まで渡せていなかった誕生日プレゼントである。
胡桃と同じタイミングで渡さなかった理由は仄音にプレゼントと渡し、その反応を独り占めしたかったからだ。
「あ、ありがとう。まさかロトちゃんから貰えるなんて……」
誕生日パーティーの時に貰えなかったので用意していないのだろうか? と少し残念に思っていた矢先の事である。
突然のプレゼントに仄音は吃驚したが、物凄く嬉しかった。まだ中身を見ていないのに、ロトの祝いたいという気持ちだけで心が安らぎを感じる。
「早速開けるね! ……これは、指輪?」
紙袋から出てきたのは黒い小箱。その中に入っていたのは二つの銀色の指輪で、側面の窪みに紫色の宝石が呻込められている。装飾はそれだけでシンプルだろう。故に高級感がある。
「あのね、私が最近浮かれたのは貴方の誕生日プレゼントを考えていたの。で、その結果がそれよ。高い指輪だと遠慮しそうだから、私が一から作ったわ。どうかしら?」
「うん、嬉しい。ロトちゃんみたいで気に入ったよ……」
「その宝石は私の魔力で作っているから……」
魔力で生成された宝石は光に反射して、星の光の如く輝いている。ロトが創っただけに、ロトのイメージにぴったりで仄音は吸い込まれるように見とれてしまった。
「そうなんだ。ロトちゃんって機械音痴なのに、そういう面では器用なんだね」
「機械音痴じゃないわ。誰だって初めて触る物は使いこなせないでしょう?」
「いや、そうだとしてもロトちゃんは人一倍酷いと思うけど……それにしてもどうして指輪が二つなの?」
「ペアルックよ。私との……嫌かしら?」
不安からロトは弱弱しい声で言った。一番に懸念していた事であり、緊張している原因だった。
もしも拒絶された暁には死ねる。仄音の返答が、これからのロトの運命を分かつのだ。
「嫌じゃないよ! 寧ろ、そういうのって憧れてたから嬉しいよ!」
「本当? 無理してない?」
「してないよ! ほんとに嬉しい……」
その返答はロトからしたら、免罪符のようなものだ。許しを得ただけでなく、寧ろ嬉しいと屈託のない笑みで言われた。
ロトは心が躍った。霧が掛かっていた感情が薙がれ、自然と笑みを零してしまう。
「早速付けてみよっと! あ、ピッタリだよ!」
本当に嬉しかった仄音は早速、指輪を左手の薬指に通した。そう、左手の薬指だ。無意識下で行われたことで、その意味に仄音は気づかない。
それとは裏腹に、意味を知っていたロトは驚いたが顔には出さない。しかし指輪を凝視してしまい、啓蒙しようかと考えてしまう。
「あ、ロトちゃんにもつけてあげるね」
その隙に仄音はロトの右手を奪い取って、その薬指に指輪を通した。その行為にも意図はなく、ただ見栄えが良いように自分と同じ部位に付けただけである。
「あ……」
「えへへ、どうしたの? 顔が真っ赤だよ?」
「な、何でもないわ!」
左薬指の指輪の意味は愛、または絆を深める。そして、願い事を叶える意味を持つ。例をあげるならば婚約指輪がそうだ。あれは互いに愛を深めるための手段の一つなのだ。
ああ、まるで結婚しているようだろう。
ロトは茹蛸のように顔を真っ赤にして、布団を被って逃げた。
「も、もう寝ましょう? 明日に響くわ」
「そうだけど……本当に一緒でいいの?」
「もう、何度も訊かないで。ほら! 寝るわよ!」
「わわっ! 急に押さないで!」
腕を引っ張られた仄音は布団の中に引き込まれ、そのまま寝る体勢に入った。仰向けになり、その隣ではロトも然り。二人して寝転んだまではいいが、お互いに意識し合い、とても眠れるような空気ではないだろう。
仄音がこっそり隣を見ると仮面を付けたロトがいる。仮面の所為で目を瞑っているのかが分からない。
「ロトちゃんは……仮面を外さないの?」
「ええ……私としては外したいのだけど、上から外すなときつく言われているのよ」
「あ、そうなんだ……」
仮面は上司が強制していたものだったと、知った仄音はあっさりと引き下がった。否、引き下がるしか出来ないのだ。ただの拘りだったら止めるが、天使、それもロトの上司が関わっているなら軽率な行為はできない。
「仄音……」
「どうしたの?」
「今日は貴方の親友を、その……ごめんなさい……」
「別にいいよ。私もちょっと向きになっていたし……」
「……良ければ親友の名前を聴かせてもらってもいいかしら?」
ロトは身体をそっと仄音に寄せ、気分を害したことを謝った。同時にその親友の名前を尋ねる。
「名前は
「……
親友の名前を聴いて、なにか引っ掛かりのようなものを感じたロトは仮面の下で目を細める。まるで喉の奥に魚の小骨がつっかえているかのような違和感だが、不思議と不快感はない。
「じゃ、今度こそ寝るわ」
正体を突き止めようにも今は眠い。だからロトは仄音に抱き着いた。
「わ、ちょ、そんなにくっつくの?」
「じゃないと布団からはみ出てしまうわよ? 風邪を患うよりはマシだから我慢しなさい」
最初の時と同じように抱き枕扱いされた仄音の耳は赤くなり、心拍数が高くなった。
少しでも顔を上げれば間近にロトの顔がある。薄い生地で出来たパジャマだからか、より一層ロトの体温と香りに包まれて、仄音はぎゅっと瞑った。
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