第二十三話『誕生日パーティー―2』

 一時は台無しになったケーキだが、ロトの修復魔法によって元の姿を取り戻していた。


「さて、気を取り直して……」


 胡桃は買ってきたライターを使って蝋燭を灯し、部屋の明かりを消した。仄音たちの視界は蝋燭の火だけが頼りになり、暖かい空気が川のように漂う。


「「はっぴばーすでーとぅゆー……はっぴばーすでーとぅゆー……」」


 そして、胡桃が手拍子を鳴らしながら歌い出し、釣られてロトも歌う。しかし驚くほどに棒読みで、それなのに二人は何故か息ぴったりだ。普段は仲違いしているようだが、根は相性が良いのだろう。


「「はっぴばーすでーとぅゆー……」」


 やがて歌い終わり、少しの静けさが辺りを包む。

 照れていた仄音はそっと息を吹きかけて蝋燭の火を消した。

 それを合図に胡桃は部屋の明かりを点けて、パチパチと手を鳴らした。


「改めて、お誕生日おめでとう仄音……」


「おめでとうやでー! で、何歳になったん?」


「えと、二十一歳かな。実感湧かないけど……」


 未だに学生気分だった仄音は二十一歳だと思うと感慨深くなった。大人としての自覚をより一層持たないといけないだろう。

 ピザの箱を開けて、同時にケーキを切り分けて各自の皿に盛っていく中、胡桃は隠していた袋を取り出した。


「ほら、うちからの誕生日プレゼントやで」


「わぁ、ありがとう! 嬉しいな! なんだろう……」


 綺麗に包装されて大きなリボンを装飾されたプレゼントを受け取った仄音は嬉しさから笑顔が溢れだした。


「あ、これって……服だよね。なにかのコスプレかな?」


「天使のコスプレやよ。ロトが天使なら仄音も天使なったらええねん、という思いつきのプレゼントや」


 中身は天使が着込んでいそうな純白の衣に、白鳥のような大きな翼。ロトが持っているアミューズメント製よりも精巧な天使の輪まで入っていた。全体的にクオリティが高く、それ故に仄音は申し訳なく思った。


「これ高かったんじゃ……」


「ええねんええねん。そんなん気にせんで……それより着てみてやー」


「え? い、今? は、恥ずかしいよ……」


「ほら、覗けへんから、仄音の家で着替えてきいや」


「わわっ!」


 胡桃は未だに空いている穴から仄音を追い出した。もはやトンネルを開通させて、お互いの家に行き来できる異常事態に全員が慣れていた。


「もう、しょうがないなぁ……覗かないでね」


 観念した仄音はジト目で、主にロトへそう言い残して姿を消した。

 残された胡桃はピザを頬張り、ふとロトへと視線をやった。

 彼女は仄音の言葉に気づいていないようで、ボーっと缶コーヒーを飲んでいる。


「で、渡さんの? プレゼント買ってるんやろ?」


「う、うるさいわね。物事にはた、タイミングというものがあるのよ……」


 ロトはしっかり仄音への誕生日プレゼントを買っていた。が、この場で渡すのは最適ではないと思い、できれば胡桃が居ない時に渡したいと思っていた。


「そういや何を買ったん? 物凄く迷っていたようやけど……」


「秘密よ。あと正確には買った訳ではないわ」


「あ、そう……」


 別行動で誕生日プレゼントを調達していた胡桃はロトが用意した物を知らず、首を傾げては不思議そうにしている。

 暫くして、着替え終わった仄音はもじもじと恥ずかしそうにして現れた。


「ど、どうかな?」


「おお、天使や! いや女神や! 少なくともロトよりは天使らしい!」


「なによ、私だって天使よ? それにしても可愛いわ。とても似合っているわよ」


 仄音の天使姿は正に慈愛の天使といった風だろう。

 同じ天使として共感を持ったロトは彼女に近づいて、隣にぴったりとくっついた。まるで子供が親に縋るような感じだ。


「ろ、ロトちゃん? どうしたの? 急にくっついて」


「いえ、なんだか仲間意識が……」


「えぇ? 同じ天使であるアリアさんには厳しいのに?」


「アリアは馬鹿だから……仄音は特別なの」


「えへへ、なんだか嬉しいなって……」


 特別と言われた仄音は何だか嬉しくなって、ドキドキと胸が高鳴るのを感じた。お返しと言わんばかりに愛おしそうにロトの髪を撫で、リラックスさせてあげる。


「あんたらって仲良いなぁ……前世で何かしら繋がりがあったんちゃう? ちょっと羨ましいわ」


「ぜ、前世って……でも、確かにロトちゃんとは何か特別なものは感じるかなぁ……」


 ヒキニートで人見知りの仄音だったが、ロトとは早くに打ち解けた。それどころか同棲までして、ロトに更生されている。胡桃や知恵とはただの友達や隣人という感覚だが、ロトとの関係は今や友達、親友といった範疇を超えている気がした。

 だから、胡桃に前世を指摘され、仄音はその可能性を疑ってしまった。


「仄音、はいあーん……」


「え? は、恥ずかし――あ、う……あーん」


 考え込む仄音にあーんをしたのはロトだ。

 一瞬、仄音は胡桃の目があるので戸惑ったが、諦めて受け入れた。小さな口にケーキを運ばれ、ゆっくりと咀嚼する。

 程よい甘さに、ふんわりとした生地。林檎がシャキシャキとして、心地よいハーモニーを奏でている。思わず「んー! 美味しい!」とほっぺたが落ちそうになる。

 そんな仲睦まじい二人を、微笑ましく思っていた胡桃はふと思った。


「そういや仄音はロト以外に友達おらんのか?」


「え? 胡桃ちゃんと知恵ちゃんでしょ。あと聖菜ちゃんと……アリアさんは友達なのかな?」


「ふーん……小、中学校ではどうしてたん?」


「親友が一人だけ居るよ……だけど重い病気を患っていて、大きな病院に行くために離れ離れになっちゃって……」


「え? それって……」


 追想している仄音の表情は誕生日だというのに陰りが差し、胡桃は地雷を踏み抜いてしまったと自分の軽率な発言を後悔する。


「最初は連絡を取り合っていたんだけど、二年前くらいから頻度が減って、一年前くらいから途絶えちゃって……私……」


「死んだんじゃないの? 人間って脆いもの」


 ロトが平然と吐いたのは毒だ。人殺すようなおぞましい毒ではないが、肌に叩きつけられるような痛みを与える酸の如き激烈な毒。

 案の定、大切な人を死人扱いされた仄音は目を怒らせ。それまでの重い空気は更にぴりついたものへと変わり果てた。


「いくらロトちゃんでも怒るよ! 絶対に死なないって約束したもん! きっとまだ闘病中なんだよ!」


「そう……」


 一年も連絡がないなら死んでしまったと考えるのが妥当だろう。しかしロトはそれを口に出さずに、不機嫌そうに俯いては頬の内側を噛む。

 仄音も本当は分かっていた。連絡が無くなって一か月くらいが経った頃から、薄々感じていたのだ。既に親友は死んでしまっていると……だけど、その確証はないから信じたくない。否、仄音が目を背けているのだ。


「……ごめんね。折角のパーティーを台無しにして……」


「いや、うちが悪かったわ。連絡が来るとええな……ほな! この話は終わりや!」


 胡桃は掌をパンパンと二回叩き、重い空気を打ち消した。

 それからは弛緩した空気に戻り、仄音の誕生日パーティーを三人は楽しんだ。が、ロトはいつまで経ってもプレゼントを渡せずにいた。

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