第二十三話『誕生日パーティー―1』

 気を取り直した二人は誕生日パーティーという事で紙製のとんがり帽子を被り、暖房が効いた部屋の中、隣同士で座っていた。尤も、その空気はどことなくぎこちない。


「ごほんっ……さっきはごめんね? なんか勘違いしちゃって……」


「ほんとよ。私が胡桃なんかと付き合う訳ないでしょう……第一、女同士よ」


「そうだよね……ロトちゃんを取られたと思ったら止まらな――ななんでもないよ!」


「あら? 嫉妬していたの?」


 仄音は失言し、咄嗟に言い直したがばっちりと聴かれてしまっていた。にやにやとしたロトに羞恥心が屠られ、見る見るうちに頬を朱色に染めて、照れ隠しからそっぽを向く。

 弛緩した空気の中、台所で誕生日パーティーの準備をしていた胡桃が戻ってきた。


「急いでケーキ屋さんに作ってもらった林檎ケーキやでー」


「わぁぁ美味しそう!」


「急な注文にケーキ屋さん困ってたけど、ロトが何とかしてくれてんよ」


「え、何をしたの?」


「それは企業秘密よ。天使だから出来ることと言っておくわ」


「えぇ……まあ気にしないでおくよ」


 ロトという天使の事なので、どうせ脅しや賄賂といった物騒な事だろう。そう思うと良い気分ではなく、仄音は胃がチクチクと痛むのを感じた。しかし、今日は誕生日というめでたい日だ。なんとか気に留めない事にし、身を乗り出してケーキを観察する。

 仄音が好物である林檎がふんだんに使われたケーキで、見た目はイチゴの代わりに林檎が使われたホールケーキのようだ。スポンジ生地の間に生クリームが使われ、見ているだけで甘さが伝わってくる。


「こういうホールケーキってもっと大人数で食べるイメージがあるけど……三人で食べきれるかな?」


「一応、晩御飯としてピザも買ってるけど……いけるいける。うちは昼から何も食べてないし、ロトの所為で走り回ったし、お腹ペコペコやで……」


「あはは、私は三時くらいにおやつを食べたくらいかな。甘いものは別腹って言うし、余裕だよね!」


 二枚のピザに、それなりに大きいホールケーキだ。三等分したとしても一人当たりの分量は大きく、カロリーも高いだろう。

 甘い物が好きだった仄音はたらふくケーキを頬張れると喜んでいたが、あまり甘さを好まないロトは眉を顰め、どこからかブラックコーヒーの缶を取り出していた。


「あ、食べる前にアレしないとな……」


「アレ?」


「ほら、ハッピバーステートゥーユーってみんなで歌うやつや。誕生日パーティーと言ったらそれやろ?」


「え、き、気持ちは嬉しいけどなんだか恥ずかしいなって……」


 子供扱いされているようで、恥ずかしさを覚えた仄音は頭を掻いて照れる。

 そんな時、ロトはどこからかカラフルな蝋燭を取り出した。それも大量で、仄音の歳の数である二十一本もあった。


「じゃ、蝋燭を差しましょうか」


「ちょっと待ってよ! それ全部?」


「ええ、ちゃんと貴女の歳の数あるわよ」


「そ、それは吹き消す前に蝋燭が溶け出さない? 大丈夫なの?」


 蝋燭の二十一本差したとして、不格好だろう。仄音の懸念通り、一本一本灯し、歌って消す頃には蝋燭が解け始めているかもしれない。もしそうなったらケーキが台無しである。


「ふふふ、ロトは馬鹿やなぁ」


「なによ……気持ち悪いわね」


 律儀に蝋燭を二十一本も買ったロトを嘲笑うのは胡桃だ。何故なら、その手にはロトの物よりハイテクな物が握られている。


「うちはそれを見越してこれを買っといたんや!」


「これって数字の蝋燭だよね。これなら大丈夫そうかな……」


 数字の『2』と『1』の形をした蝋燭であり、それを並べて差すことによって二十一歳を表す。画期的なアイデアだろう。

 遺憾からロトはぐぬぬと歯軋りを見せる。下に見ていた胡桃に上手を取られたのもそうだが、仄音に肩を持たれているのが不服だった。


「じゃ、早速火を点け……て……ん?」


「どうしたの?」


「あ……ライター買うの忘れたわ」


「えぇ!? じゃ、じゃあどうやって点けるの? 私も持ってないよ」


 仄音たちは喫煙者でも、火遊びするような子供でもない。当然ながらライターを持っていなかった。

 枢であるライターが無ければ灯せず、買ってきた蝋燭は無駄になってしまうだろう。そんな悲しい現実に胡桃は忘れてしまった自分を阿保と責め、今度はロトが嘲笑し返した。


「ふふ、出る杭は打たれるのよ。ざまあないわ」


「いや、ロトもライター買ってないんやろ? どの口が言うてんのや……とりま、うちがコンビニにひとっ走り――「待ちなさい」ってなんや?」


 財布を持ってコンビニに行こうとする胡桃を、ロトは髪を掻き上げて呼び止めた。格好をつけて、自信気に笑みを浮かべている。

 その笑みを間近で何度も見ていた仄音は強烈な不安感に襲われた。基本的に自信気で調子に乗っているロトは空振りするという法則があるのだ。


「属性魔法は使えないのだけど……魔力の光で灯せるはずよ」


「ちょ、ロトちゃん! ここは胡桃ちゃんに任せ――ああっ!」


 ロトは掌で小さな魔力の弾を作り、蝋燭に火ではない光を灯そうとした結果どうなったかは言うまでもないだろう。

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