第二十一話『天使と隣人―2』

 公園の端。サッカーボールを蹴って遊ぶ壮健な子供たちを景色に、ロトはベンチで座り込んでいた。


「ああ……仄音への誕生日プレゼントはどうしようかしら……」


 枯れ果てた木の下、丸まった姿勢で頭を抱え、譫言のようにぶつぶつと呟きながら考える。

 そう簡単に答えが出るなら公園には来ていない。ここ数日、ロトはああでもないこうでもないと苦悩し続け、ずっと誕生日プレゼントについて思考を巡らせているが特に進展はなかった。


「仄音が好きなもの……林檎ジュースは家にある……カラハシのグッズ? いや、でも、気に食わないわ……」


 その思考に何度至ったであろう。まるで迷宮を彷徨っているようで、何度も同じ場所を通り、いつまで経っても脱出できない。

 自分の駄目さ加減に嫌気が差したロトは深く溜息を吐いた。


「ねぇ、あのお姉さんの格好ださくない? 何かのコスプレかな?」


「あはは! ああいうのを中二病っていうらしいぞ。うちの姉さんが言っていたんだ」


「しっ! 声が大きいって……」


 遊んでいた子供たちは物珍しそうにロトを指しては私語で駄弁る。が、その声は大きくて本人の耳にも届いていた。


「子供ねぇ……そうだわ!」


「やべぇばれたぞ! 逃げろ!」


 良い案を思いついたロトは思わず立ち上がって、掌をポンと叩いた。

そして、叱られると思った子供たちは一目散に逃げていく。そもそも神経が図太いロトは悪口を気にしていなかった。


「お、ロトやんか。こんなところに一人でおるなんて珍しいな。なにしてんのや?」


 逃げる子供たちと入れ違いで来たのは隣人である胡桃。バイト帰りの彼女は偶然公園にロトが目に入り、その珍しさから興味を持ったのだ。


「あら胡桃さん奇遇ね。貴方こそ何をしているのかしら?」


「く、胡桃さんって他人行儀やな……いや、うちはバイト帰りやで。たまたまロトが目に入ったから来ただけ……仄音のやつはどうしたん? 一人?」


「そうよ。仄音なら今頃家でゲームじゃないかしら? 最近、知恵と一緒にオンラインゲームをしているようでね」


「へぇーオンゲかぁ……ヒキニートらしいな」


「それじゃ、さようなら」


 もう公園に用がないロトは胡桃を尻目に、案を実行しようと歩き出す。


「ちょっと待ちや」


「なに? 胡桃さん?」


「相変わらず可愛げのない……ごほんっ、何か悩んでいたんやないの?」


 ロトの慇懃無礼さに胡桃は呆れつつ、咳払いして訊いた。

 確かに悩んでいたロトは図星を突かれて、目が泳いでしまう。尤も仮面のお陰でバレていない。


「こんな公園に一人でいるって事は悩み事やろ? ほら言ってみ」


「……はぁ、分かったわよ」


 以前、胡桃に相談し有益な情報得た。その結果が有ったためロトは大人しく仄音の誕生日プレゼントについて相談しようと思えた。





 二人はベンチに座り込み、その手には温かい缶コーヒーが握られていた。


「なるほど。仄音の誕生日なぁ……で、何を思いついたん?」


「子供と言ったら親に肩叩き券……みたいな物をプレゼントするじゃない?」


「ああ、よくあるやつね。うちも親に渡したことあるわ。で、それを仄音に渡すんか?」


「流石に肩叩き券ではないけど……渡すなら殺してあげる券かしら?」


「なんやそれは……ほんまヤクザ天使やな」


「はぁ……」


 冗談ではなく本当なのだが、ロトという天使の目的を知らない胡桃は物騒な冗談だと受け取った。


「ま、まあそれを渡すにしても、もう一つ追加したらええんちゃう?」


「別にいいけれど……そう簡単に思いつかないわ」


 お金は有り余っているので大抵の物はプレゼントできるが、しっくりくる物がないロトは肩を丸めた。


「そうやねぇ……仄音のことやから大抵のものは喜ぶと思うから……服とか?」


「微妙ね。それに以前プレゼントしたわ」


「え、じゃあカラハシ関連?」


「私、カラハシが嫌いなの」


「えぇ? 仄音の誕生日プレゼントの筈なんやけど……じゃあパソコンとかゲーム?」


「ヒキニートが悪化するわ」


「なら指輪とか?」


「そんな高い物は貰えないって遠慮されそうだわ」


「八方塞がりやないか……」


 解決の兆しが見えず、二人は深くて長い溜息を吐いて哀愁を漂わせた。

 そんな時、ふと胡桃は「あっ!」と声を上げた。とある案を閃いたのだ。


「そうや。ペアルックとはどうなん? 女の子ってそういうの好きやろ?」


「ペアルック……確かにいいわね」


 脳内で仄音の反応を想像したロトは満足気に頷いた。

 しかし、問題はまだあり、それは何をペアルックにするか、だ。定番の物といえばマグカップや服、アクセサリー辺りだが、どれがいいのかロトには分からない。


「難しく考えんでもロトが親身になって選んだものなら仄音なら喜んでくれるやろ」


「そうかしら?」


「そうそう、たとえ鉛筆だったとしても喜ぶはずや」


「えぇ……流石に落ち込みそうだけれど……」


 確かに仄音なら笑顔で受け取りそうだが、それは表面上に過ぎず、内心は拍子抜けして落ち込んでしまうだろう。


「そういや仄音の誕生日はいつなん?」


 肝心の誕生日の日にちを知らなかった胡桃は訊いた。

 それに合わせて自分も仄音へのプレゼントと用意しようと思っていたのだが、神、否天使は極めて残酷な現実を告げた。


「仄音の誕生日は十二月十二日よ」


「今月の十二日かぁ……え? 十二日?」


 胡桃は慌ててスマホのカレンダーと照らし合わせ、空を仰いで悟った。


「誕生日って今日やないかッ!」


 悲痛な叫びは公園へ響き渡り、空へ溶けていく。


 真横にいたロトはあまりの煩さに眉を顰めた。


 そう、仄音の誕生日は今日であり、今日という日までロトは悩んでいた。その所為で計画性はゼロで、誕生日のケーキすら買っていなかったのだ。


「あんたなぁ……ほんまに残念な天使やで……」


「何も言えないわ……」


 自分でも嫌気が差していたロトはいつもの豪胆とした態度ではなく、ドライフラワーのようにしんなりとしている。

「って今は午後三時やん! 時間ないぞ! はよ行くぞ!」


「ちょっ! どこに行くのよ!」


「決まってるやろ! 色々と買い物や!」


 晩御飯までに誕生日パーティーの用意するにして、後四時間ほどしかない。その時間で誕生日ケーキ、誕生日プレゼント、部屋の飾り付けなど、やるべきことが沢山あった。

 焦燥感に駆られた胡桃はロトの手を掴み、全速力で走りだした。

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