第二十話『宇宙との交信―1』
規則正しい子供なら既に帰宅して、家族団欒で晩御飯を食べているであろう午後八時に、仄音とロトは黄昏の公園にいた。
「いやーもうヌクヌクだね。カイロ様様だよぉー」
仄音は以前ロトに買ってもらった長袖の真っ白なワンピースを着込んでいたが、今は真冬で外気は凍てついている。それだけでは心許ないと思い、上から毛皮のコートを羽織って、マフラーと手袋を身に着け、十個近いカイロを身体中に張り付けていた。
そのお陰で歩く暖房と化し、子供のようにブランコを漕いでいる。
「久しぶりにブランコに乗ったけど案外楽しいかも……ロトちゃんは寒くないの?」
「ええ、私にはこれがあるからばっちりよ」
「そ、そっか……いつの間にそんなもの……」
セイバーのキャラがプリントされたマフラーを誇らしげに見せられ、仄音は相変わらずだと笑みを零す。
「で、聖菜だったかしら? 彼女はまだなの?」
「うーん……そろそろだと思うんだけど……」
スマホで時刻を確認して、周りを見渡す。そこは何の変哲もない公園で、付近に聖菜は疎か人影すら見当たらない。
そもそも仄音がこんな夜中に公園へ訪れたのは小学生である聖菜に呼び出されたからである。理由はこの前に約束してしまった『宇宙との交信』だ。
仄音にとって初めての体験で、ほんの少しだけ楽しみだったが、殆どは不安で煩わしい気持ちで占められていた。気が重くて、胸がぎゅうぎゅうと締め付けられる。
「それにしても何の用かしら? こんな夜中に迷惑ね……」
ベンチに座ってスマホで暇を潰すロトは『宇宙との交信』という目的を知らなかった。いや、教えてもらえなかった、というのが正しいだろう、
と、いうのも今回の目的はオカルトで出鱈目だ。
それを率直に伝えてしまうと十中八九ロトは来ない。きっと何言ってんだコイツという冷めた目を向けてくる筈だ。
だからこそ、仄音は敢えて隠した。ただ「聖菜ちゃんと出掛けるから着いてきてくれないかな?」と頼んだのだ。
過保護なロトは夜中に出歩く仄音と聖菜が心配になり、ホイホイ着いてきた。しかし、それは罠で、仄音による無慈悲な道連れなのだ。
「さ、さあ? なんだろうね」
ロトの疑問に、後ろめたさを覚えた仄音は顔を逸らす。
「何を隠し――「お待たせしました!」
何か含みがありそうな彼女の態度にロトは訝しく思ったが、見知った小学生が公園へ駆け込んできたことにより流されてしまった。
「あ、聖菜ちゃん!」
「もしかして待った感じですか?」
「いや、待ってないよ! ……ってどうして制服なの? 警察に見つかったら一発で補導だよ?」
手を振って近づいてきた聖菜は急いできたようで息を切らし、その姿は制服だった。
下校時間ならまだしも、夜中の八時に制服は可笑しいだろう。町に出れば目立つに決まっている。小学生だから尚更だ。
「私、制服が私服なので……」
「えぇ? 前は普通だったでしょ?」
「あれは親に強制されたからです。警察に見つからなければ大丈夫です」
「えぇ……」
仄音が抱いた聖菜の第一印象は内気な優等生だった故にダメージが大きい。
その第一印象は決して間違っていないが、そこにオカルト好きで癖が強いという要素を加えないといけないだろう。
「あれ? ロトさんも来たんですか?」
「ええ、私は仄音の保護者だから……一緒でも大丈夫でしょう?」
「勿論です! 三人の方が効率良いと思いますから!」
「ん? 効率?」
ただの散歩だと思っていたロトは違和感を覚えたが、話はどんどん進んでいく。
「それじゃあ早速行きましょう!」
「え? 此処でしないの?」
「もっと良い場所があるんですよ! 此処から近いので着いて来てください!」
聖菜は友達と一緒なのが嬉しくてテンションが上がっていた。その証拠にスキップしながら公園を出た。
「仄音? どういうことなの?」
「と、兎に角、着いていこうよ」
仄音は笑ってはぐらかし、ロトの手を引いた。
きちんと手入れされた芝生の上で仄音は震えていた。
人が震える原因は大きく二つだ。外面的な要因か、内面的な要因か。前者は凍てついた気温や風の影響で起き、体温を維持しようと筋肉は震える。いわば身体の機能である。後者は感情によって左右されるもので、人間は嬉しくて感動している時、ふつふつと怒りを積もらせている時、死に直面して恐怖を抱いている時、興奮して身体を震わすことがある。
仄音がガクブルと震えている理由は後者。過度な恐怖であり、幼児なら悲鳴をあげてしまうほどに怖い場所。
「ど、どうして霊園に?」
二人が聖菜に案内された場所は近所にある霊園。所謂、墓地だった。
仄音の周りには彫刻が施され、名前が刻まれた墓石が無数に存在し、不気味な雰囲気を醸し出している。
花が添えられて綺麗に手入れされている墓、反対に放置されて罅が入って苔がびっしりの墓。近くにあったゲートは壊れ、蔦が渦巻いている。心なしか線香の匂いが漂い、時に花の甘い香りが鼻を擽った。
「宇宙と交信する場所って墓場なの?」
「いや、特に決まった場所はありません」
「ならどうしてこんなところ……」
「そんなの、決まっているじゃないですか」
聖菜は鞄からポラロイドカメラを取り出して、凛々しい表情で言った。
「心霊写真を撮るためですよ!」
当たり前と言った風に言われ、仄音は真顔になってしまう。宇宙と交信すると聞いていたのに墓地で心霊写真を撮るなんて、仄音の思考回路では理解できなかった。
「あ、勿論宇宙との交信もやりますよ? 一石二鳥という奴です!」
「こんなにも嫌な一石二鳥は生まれて初めてだよ」
オカルトは守備範囲だったが、心霊というものが苦手だった仄音は意識が遠くなるのを感じて隣にいたロトに凭れ掛かる。
「ってロトちゃん? 大丈夫?」
「お化けなんていない……お化けなんていない……お化けなんていない……」
ロトは仄音以上に震えながら、譫言で幽霊を否定していた。もはや毅然たる態度の天使はおらず、ただの怯えたゴスロリだ。保護者と言っていたが頼りないったらありゃしないだろう。
「あはは、やだなぁロトさん。幽霊は居ますよ。なんなら今日で、こうパシャッと心霊写真を撮っちゃいます」
「ちょ! 聖菜ちゃん追い討ちをかけないで!」
笑いながら木の棒を使って何かを描く聖菜の後ろで、ロトは口から白い靄のような魂を出して失神しかけている。
自分の所為ではあるが不憫に思った仄音はロトに膝枕をして、頭を優しく撫でた。場所が墓地でなかったら素敵な光景だっただろう。
「ふぅ……これでよし! 仄音さんとロトさんはこれを囲んでください」
暫くして、聖菜が地面に描いたのは六芒星に色々と何かを足して割ったような魔法陣。これでは宇宙人というよりは悪魔を呼び出す儀式のように見えてしまう。
「ほら立ってロトちゃん。さっさと終わらせて帰ろう?」
「え、ええ……」
仄音とロトは言われた通り、魔法陣を囲む。
といっても魔法陣の大きさは二尺ほどなので、お互いに手を伸ばせば触れてしまうほど近かった。
「それじゃあ、そのまま空に向かって手を上げて、宇宙人よ来い! という念を飛ばしてください」
「えぇ、何その方法……ただの祈願だよね」
「別に宇宙人なんか来て欲しくないんだけど……」
二人はそれぞれの感想を述べ、子供である聖菜の頼みなので渋々両掌を天に掲げて念を送る。
「大事なのは気持ちです! 宇宙人に会いたい! 純粋な気持ちを飛ばしてください!」
「う、うん……ウチュウジンコナイカナー」
満足した聖菜はうんうんと頷くとカメラを持って何処かへ行こうとするので仄音は咄嗟に止めた。
「ちょ! 聖菜ちゃん!? 何処に行くの?」
「いや、私はちょっと心霊写真を撮りに……大丈夫です! 一時間ほどで帰ってきますので!」
「ま、待ってよ! こんな人気のない場所を一人で歩くのは危ないよ! あっ……行っちゃった……」
これから墓場で一人歩き回るとは思えないほどの笑顔で聖菜は暗闇に消えてしまった。
「あと一時間このままなの? 仄音の所為で、私は既に死にそうよ」
「あはは……ごめんなさい……」
仄音は目の前のロトに睨まれ、道連れにした自分が悪いので項垂れた。
空へ送られた二人の念は後悔で、これではとても宇宙人は来そうになかった。
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