第十九話『元同級生との邂逅―3』
ロトが出勤して、仄音はギターを抱えていた。
最初は練習しようと思っていたのだが、いざギターを構えると物思いに耽ってしまい、心ここに在らずと言った風にぼーっと今後について考える。
「はぁ……このままじゃ約束を果たせそうにないよ……」
脳裏に浮かぶのは優しい親友。約束を交わした仲であり、破らないために仄音はギターを上手くならないといけない。
ハードケースの上に置かれた仄音の宝物である写真。そこに写った親友は仄音と一緒に満面の笑みを浮かべているのだが、今にも消えそうな儚い笑みにも見えてしまう。
「悪の欠片が覚醒するまで一年か……それまでにどうにかしないとなぁ……」
具体的な線引きが出来ていない仄音は呟いた。
彼女と約束したのは『ギターを本気で頑張って最高の演奏を聴かせる』だ。そこに技術は関係なく、最高の演奏をできると自負するならば、今でも達成されている事になるが、仄音はそう思っていなかった。
仄音の中の最高の演奏とは売れていることだ。世間で認められて、ファンができ、本業にできるほどお金を稼ぐ。その曖昧な環境が出来た時こそ、自分は最高の演奏を親友に送れると思っていた。
つまり、あと一年。その短い期間で、ギターで成功しないと約束は守れないということになる。
難しいことだろう。音楽に特段才能がある訳でもなく、ただ少しギターが上手いだけ。それだけで売れるほど音楽は甘くない。
勿論、仄音も身に染みて分かっていた。だからこそ引きこもりになり、厭世的になっていた。今はロトの更生を受けて、大分とマシになっているが……
「ロトちゃんに殺されたら、何もかも投げ出せて楽だろうなぁ……」
仄音は今まで死んでもいいと思っていた。世界が滅んでしまうなら、それならそれで仕方ないと思っていた。
だけど、今では心のどこかで生きたいという気持ちが芽生える。今の楽しい生活、見つけてしまった親友との写真が仄音の後ろ髪を引っ張った。
――ピンポーン!
不意にチャイムが鳴り響き、仄音はギターをスタンドに掛けると玄関へと急ぐ。
(誰だろう? 胡桃ちゃんかな? ロトちゃんではないだろうし……)
心当たりは隣人の胡桃しかないので、覗き穴で確認せず不用心に「はーい」と扉を開いた。
「あ、仄音さん久しぶり。元気にしてた?」
「あ、あああ……!」
そこにいたのは少しぎこちない笑顔で手を振る知恵。
予想だにしない人物の訪問に仄音は十秒ほど固まり、状況を理解すると逃避反応に従ってしまった。
「さ、さようなら!」
「ちょっ! 待てぇい!」
知恵は扉を閉められる前に素早く足を噛ませ、何とか仄音の逃走を阻止した。
「色々と話があるから入れてくれるかな?」
「ご、ごめんね? どうぞ……」
仄音は知恵のことが嫌いではない。寧ろ、仲良くなりたいと思っている。
それ故に緊張してしまうのだ。最初に胡桃と会った時より、何倍も緊張して、それが身体に異常を来している。本来なら我慢できるモノなのだが、自分に弱いヒキニートの仄音は現実から目を背けてしまう。
逃げられない状況に陥り、冷静になった仄音は知恵を招き入れた。
部屋の中は私生活が丸出しだ。炬燵の上に林檎ジュースとコップ、音楽関連の本。床にはリモコンが放置され、ギターを出しっぱなしだった。
「突然だったから……散らかってて恥ずかしいなって……」
「そんなに散らかってないじゃん……というかロトから聞いてないの?」
「え? ロトちゃん?」
「うん。四日前かな? 此処に来たけど仄音さんが留守だったから、次はアポ取ってくるからってロトに伝えたはずなんだけど……アリアから連絡来てない?」
「え? 私の家に知恵ちゃんが? ロトちゃんからはなにも聞いてないよ」
知恵は不思議そうに首を傾げる仄音を見つめた。その姿はとても嘘を吐いているようには見えない。
それは当然の反応だろう。仄音はロトに「知恵が来た」と伝えられた記憶なんてない。アポなんて以ての外だ。
何が何だか分からずに二人は似たように腕を組んで唸り、心当たりがあった仄音が声を漏らした。
「もしかして……」
「何か分かったの?」
「いや、ロトちゃん……アリアさんの事を嫌っているようだからブロックしてるんじゃ……」
「あ……」
仄音の懸念は説得力があり、知恵は真っ先にそうに違いないと思った。
事実、それは当たっており、確かにロトはアリアをブロックしていた。というのもアリアは日に日にロトへ熱い呪詛を送っていたので妥当な対処だ。
しかし、それだけが原因ではない。
二つ目の原因としてロトがセイバーという特撮にハマったという事にある。
ロトのセイバーに対する想いは狂奔気味で現を抜かし、仄音に知恵たちが訪れたことを報告し忘れたのだ。
「ま、まあ歓迎するよ。はい、林檎ジュースでいいよね?」
今となっては過ぎた事と気を取り直した仄音は今度こそ知恵を歓迎した。
「うん。ありがとう。やっぱり林檎ジュースなんだね。仄音さんらしいや」
知恵は出された林檎ジュースで喉を潤し、そうして仄音を一瞥する。
彼女は人見知りを発揮して、ただ知恵の対面に座って俯いてしまっていた。これがロトや胡桃ならば、今の仄音を見ても人見知りしているだけと分かっただろう。
「え、えーっと……」
しかし、仄音の前にいるのは知恵だ。
知恵はあまり仄音、いや仄音みたいな人見知りと接したことがなかったためダイレクトに態度を受け止めてしまっていた。
(気まずい……もしかしてロトが言っていた通り仄音さんは私のことが嫌いなのかな? だったら此処に来たのは失敗か……)
今になって知恵の脳裏に過ったのはロトの言葉。
人は一つ不安を思い浮かべると連鎖して色んな不安が浮かんでしまい、それについて考え込む。答えなんてないのに何度も同じことをぐるぐると考え、最後には時間を損した気分になるものだろう。
知恵もそのジレンマに陥ってしまい、どんどん不安から緊張してしまった。
二人はそわそわとして、目を合わせようとはしない。それどころか感覚が鋭くなり、口が異様に乾いた。
「えー……あーもう!」
「へ?」
いつまでくよくよとする自分に嫌気が差し、知恵は炬燵を叩いて勇気を奮い立たせた。
「仄音さん、いや仄音は私のこと嫌い?」
「えぇ!? そ、そんなことないよ。寧ろ、なな仲良くしたいっていうか、私は人見知りで……」
「なら、これで友達だよ! ね?」
「う、うん」
固い握手を交わし、視線を合わせる二人。漸く本当の意味で友達になったような気がした。
「で、此処に来たのも、実はとある理由があるんだ」
「理由?」
そうだ。ずっと気になっていた。知恵が態々仄音の家にまで訪れる理由が正に、今明かされようとしていて、仄音は思わず息を呑み、身体が強張るのを感じた。
「そう、私のバンドに入ってくれないかな? 実はもう一人ギター、それもアコギを増やそうって話になっていてさ」
「……え、えええええええええええええええええええええ!」
知恵に真剣な表情で語られ、思いもしなかった仄音は驚嘆のあまり身を乗り出した。
「ちょ、びっくりし過ぎだよ……嫌なら断ってくれてもいいよ。こうして仄音と友達になれただけで充分だし」
これ以上は求めないと言った風に知恵は微笑を浮かべる。
バンドに誘うというのはあくまできっかけでしかなく、仄音と友達になれただけで満足していた。
「ど、どうして私なの?」
「んー……深い理由はないけどタイミング良く仄音が現れたっていうのと、後は――」
知恵はスタンドに掛けられた仄音のギターに目配せして言った。
「仄音ってギター物凄い上手いじゃんか。学生の時代、その印象が強かったから」
「え、えへへ、そんなことないよぉ」
褒められた仄音は頭を掻いて謙遜する。もはやデレデレである。
「で、どうする? 入ってくれる?」
「折角誘ってくれたけど、止めとこうかな」
「そっかぁ……」
「ごめんね。私が目指しているのは……多分バンドじゃないと思うんだ」
仄音の中でバンドは憧れの一つだったが、やりたいとは思わなかった。
親友との約束を果たすため、仄音が目指す最高の演奏はギターで売れること。勿論、バンドはその手段となるだろうが、根本的に違うと感じた。
断られた知恵は少しだけ表情を曇らせた。ダメ押しだとしても、いざ断られると落ち込むものだろう。
「分かった……それじゃあゲームでもしようよ! 仄音はそういうの好きだよね? 私、仄音の事、もっと知りたい!」
「え? う、うん。別にいいけどさ」
仄音と言えばゲームやアニメ。という学生時代の先入観があった知恵は鞄からゲーム機を取り出した。それは最新の携帯ゲーム機であるステッキで、仄音が先日買い換えたばかりもの。
何のカセットで遊ぶのか分からないが、兎に角仄音もステッキを取り出し――
「あ、データが消えていたんだった……」
仄音はノリノリでゲームの電源をオンにし、映されたのは初期設定画面。悲しい事実に落胆した。
「そういえば仄音は何の仕事してるの? 私はコンビニでバイトしてるんだけど」
「…………自宅警備員」
「あっ……(察し)」
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