第十四話『職務質問―2』

「ちょっといいかな?」


 背後から声を掛けられ、振り返った二人は呆気にとられた。

 その人物自体、見覚えがない。が、見た目からして二十歳前半の青年で精悍な面構えをしており、服装的に警察官なのだと察せられる。

 だからこそ仄音の背筋が凍り付き、顔色を悪くした。息が荒くなり、目の焦点があっていない。

 それもそうだろう。今の状況は二十歳の女性が小学六年生を連れている図だ。それも身内ではなく、先ほど出逢ったばかりの関係。どこからどう見ても仄音は不審者だ。


「す……すみませんでした!」


「え、えぇ! 僕、まだ何も言ってないけど!? 何かしたのかい!?」


「してないです!」


 動揺を隠すかのように食い気味に答える仄音を見て、聖菜は目を丸くした。誰も友達になったばかりの人が、警察に綺麗なお辞儀を見せるとは思わないだろう。


「も、もぉびっくりするじゃないか……最近、この辺りで不審者が出没していてね。幼い女の子が狙われているんだ」


「そうなんですか? それはいけないですね!」


「なんでも飴といったお菓子で釣っているようでね。君たちは何か……」


 警察は聖菜が手に氷砂糖を持っているのに気が付いた。そして、横にいる仄音は挙動不審気味にそっぽを向いており、額から汗を流している。


「その氷砂糖は?」


「あ、私があげました。こ、氷砂糖はノーカンですよね? 飴じゃない……ですよね?」


 警察の問いに、仄音がびくびくとした様子で答える。氷砂糖も立派なお菓子なのでノーカンも何もないのだろう。

 警察は怪訝な表情で「干し梅にしたら良かった……」と呟いている仄音の格好を隈なく確認する。

 不良っぽい服装だが彼女の怪しい行動は全て人見知りだからと、今までの経験から何となく分かる。しかし、絶対に悪人ではないと断言はできない。少しでも可能性があるなら疑うのが仕事だ。


「ん? 無線か。はい、こちら――はい、了解です」


 不意に無線から連絡が入り、警察の耳に最新の情報が飛び込んでくる。


(近くに不審者の目撃情報か……猫のような特徴的な黒髪で、ロックを彷彿とさせる格好ねぇ……うん、この子のことだよね)


 警察は再び仄音に視線を向ける。

 確実にその不審者とは仄音のことであり、それは事実だった。先ほどの聖菜とのやり取りを付近の住民が通報していたのである。


「聖菜ちゃん、私のことを守って」


「え、えぇ……何もしてないなら怯えることないですよ。普通にしていればいいんです」


 そんなことを知らない仄音は聖菜を盾にするように、背中にぴったりとくっついて震えている。それでいいのか人生の先輩。


「君、身分証明できるものを持っているかな?」


「え? は、はい……」


 仄音は財布に入っていたほぼ意味を成していない免許証を警察に渡した。

 名前、年齢、住所を把握すると警察は次に「鞄の中身を見せてもらっていいかな?」と訊いた。女子の鞄を見るのは気が引けるが、これも大事な仕事なのだ。

 大人しく仄音は鞄を差し出す。内心は警察に疑われているとパニックになっていたが辛うじて平常を保っていた。


「ん? これはなんだ?」


 鞄の中身は至って普通。と思いきや底の方に小さな袋が出てきた。中には砂糖のような粉末が入っており、まるで隠されていたようだ。

 まさか、危ない粉なのでは? と、警察は鋭い視線を仄音に向けた。


「そ、それは……」


「これはアレだね? 本当のことを言いなさい。黙っていても検査で分かるぞ」


「え、ええ、エンジェルパウダーです!」


 聞き覚えのないチープな単語に警察だけでなく、聖菜も耳を疑った。

 しかし、仄音は真面目だ。信じてもらえないと分かっていたが、それでも真実を主張するしかできなかった。


「嘘を吐くな。これは薬だな?」


「違います! 天使から授かったエンジェルパウダーです! 多分調味料です!」


「なんだそれは! 使ったら天使に召されるほど気持ちよくなるってことか!」


「違います! 逆に気持ち悪すぎて失神します!」


 経験者が語る迫力に一瞬警察が怯んだが、直ぐに上ずった声で仄音の腕を掴んだ。


「と、兎に角、署まで来てもらうぞ」


「ちょ、嫌です! 離してください! 聖菜ちゃん助けて!」


「抵抗する気か! 大人しく――うげっ!」


 警察と仄音が揉めていると、突如空から落ちてきた光の玉が警察の頭上に直撃した。

 強い風が吹き、仄音と聖菜は髪を棚引かせながら目を丸くしてぽかんと口を開けてしまう。本当に突然で、隕石が落ちてきたようなインパクトがあった。

 普通に考えてあり得ないだろう。小さな星ように輝いた光弾が頭上に落ちてくるなんて、何処のファンタジー世界だ。


「あ、もしかして……」


 人は理解できないものを目にした時、今までの人生で見知ってきた概念の中から理解できないものに一番近しいものを探し出し、それに当てはめる。

 仄音の場合、それは天使だ。この光弾を落としたのは天使の仕業だ、と確信した。ロトかどうかは分からないが、こういった非日常は天使だと相場で決まっている。


「う、うぅぅ……」


 強い衝撃に意識を失った警察は数秒間身体を硬直させると倒れてしまった。白目を剥いていて、無事とは言い難い。

 仄音は恐る恐る警察の首筋に手を当てた。


「い、生きてる……」


 轢かれたカエルのように倒れている警察だが、幸いな事に脈はあった。正常に呼吸をしている。

 そこで仄音は思い出したかのように辺りを見回した。

 ショッピングモールが近いと言っても住宅街だからか、周りには人の気配はしない。しかし、いつ人が来るか分からない。騒ぎになれば、もっと人が集まるに決まっている。

 そうなれば仄音は真っ先に疑われ、野次を飛ばされながら捕まってしまう。最悪の場合はニュースに掲載され、インタビューにてロトが「いつかやると思っていました」と答えるかもしれない。


「聖菜ちゃん……行こっか……」


「え、ええ? で、でも……」


「大丈夫だよ。警察の人は死んでないから」


「そ、そうじゃないと困りますよ――ってひ、引っ張らないでください」


 仄音は聖菜の手を引いて、逃げるように現場を後にした。

 頭の中は現場から逃げることに必死であり、警察の手に握られた天使の粉を忘れてしまっていた。

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