第十四話『職務質問―1』

 聖菜の跡をつけるように、仄音がひっそりと歩いていた。

 しかし、忍者もびっくりするほど気配が駄々洩れで、忙しなく辺りをきょろきょろとしている。もしも近くに警察官がいたら確実に職務質問に遭うだろう。


(もしかしなくても着いてきてるよね……? ど、どうして……や、やっぱり私に怒ってる? いや、そんな訳ない……)


 疑問に埋め尽くされた末、聖菜は自分の考えを蹴った。

 先ほどの一悶着で仄音が悪人ではなく、ただ自分と同じような奥手の女性と巧まずして感じ取っていたのだ。

 それではどうして仄音は聖菜の跡をつけているのか? 

 答えは単純に仄音の目的地もショッピングモールだったのだが、聖菜はそれに気づかない。小学生でも思いつきそうなことだが、それほどまでに聖菜は動揺していたのだ。


(どうしようかな……いや、無視するしかないよね)


 仄音も気まずそうにして聖菜の背後を、一定距離を維持しながら歩いている。大人と子供では歩幅が違うので普通に歩けば追い越せるにも関わらず、だ。とても話し掛けてくるような様子には見えない。

 だから、必然的に互いに干渉しなくなった。聖菜も仄音も、お互いに気になっているが話しかけるほどのコミュ力は持っていない。


(でも……やっぱり気になるなぁ……)


 後ろ髪を引かれるように聖菜は数十歩ほど歩いては振り返る。その度に仄音は隠れたり他人を装ったり、ある時は自販機の裏に隠れ、ある時は眼鏡を落とした風を装って地面を探した。


(電柱に隠れるって無理があるんじゃ……猫みたいな髪が見えちゃってるよ。それに眼鏡かけてないよね……あ、道を間違えてる!)


 滅茶苦茶な仄音の行動。隠れるにしても杜撰が過ぎる。

 バレバレなかくれんぼに聖菜は困惑して道を間違えてしまい、そのパターンを何度も繰り返してしまった。もはや何処に向かっているのか分からないほどに同じ道をぐるぐると回っている。

 しかし、仄音が聖菜から離れる素振りを見せない。ずっと俯いた様子で、ただ着いてくるだけだ。


(えぇ……ずっと着いてくるけど何が目的なんだろう……あ、やっと見えてきた)


 普段より倍以上の労力を掛けて、漸くショッピングモールが見えてきた。

 この長くて気まずい空気が終わる。ショッピングモールが希望の星に見えた聖菜の足取りは軽くなった。


「ふぎゃっ!」


 そんな時、背後から尻尾を踏まれた猫のような声が聞こえ、何があったのかと聖菜は振り返った。

 そこにいたのは蹲って頭を抱える仄音。表情は苦痛に歪み、何か鈍い物が頭にぶつかったようだ。


「いたた……い、一体なにが……ってみかん?」


 空から仄音に降り注いだ物の正体は蜜柑だった。念のためと、仄音が手に取って全貌を観察するが何の変哲もない柑橘類である。


「あの……大丈夫ですか?」


「う、うん。だいじょ……あっ……」


 痛みで苦しむ人間を、因縁の人物だからと無視できない聖菜は仄音の身を心配して声を掛けた。

 空から降ってきた蜜柑とは言え、その強度は柔らかい粘土のようなもので、軽く叩かれたようなものだろう。幸い出血はしておらず、痛みは既に引いていた。仮に硬くて鋭い、ナイフのような物ならば死んでいたかもしれない。

 最初こそ、普通に受け答えをしていた仄音は自分が聖菜と喋っていると、自覚してからは石のように固まってしまった。


「え、えーっと……あの、その……」


「あの……どうして私の跡を?」


「い、いや! 違うの! 決してストーカじゃないくて! ショッピングモールに用事があって!」


「でも、私何度も道を間違えていましたよ? 同じところをぐるぐると回って……それなのにどうして……」


「そ、それは……道が分からなかったから着いていけば辿り着くかなぁって……」


 恥ずかしそうに視線を落として答える仄音に、謎が解けた聖菜はポンと掌を叩いて納得していた。


「ご、ごめんね。思い返せば地図アプリでも使うべきだったね……それじゃあ」


「あ、待ってください」


 迷惑を掛けたことを謝った仄音はその場から離れようと起き上がるが、聖菜に手を掴まれた。


「あ、あの……よければ私と一緒に行きませんか? 私、これから買い物する予定でして……」


「え? で、でも友達と待ち合わせとか……」


「友達はいません」


「あっ……」


 仄音は察した。聖菜には友達と言える友達がいないのだ、と。きっと自分と同じような内気な性格なんだ、と。だからこそ、湧き上がるかのような興味に駆られた。


「いいんです。どうせ私なんかに友達なんて……」


「わわ! 大丈夫! まだ小学校でしょ? そのうち出来るよ!」


「……本当ですか?」


「う、うん! 人生の先輩が言っているんだから間違いない! 何なら私が友達になるから!」


 自分のことを先輩と棚に上げているが、仄音の友達は片手で数えられるほどで、数人は最近できたばかりである。とても情けない先輩だろう。

 瞼に涙を溜める聖菜に焦った仄音は考えもせずに「友達になる」と口走った。が、口走ったからには本気である。


「私の名前は猫水仄音だけど、貴女は?」


「栗山聖菜です。近所の広野小学校の六年生です」


「あー、あそこの六年生なんだ……聖菜ちゃん、これからよろしくね」


 自己紹介をして、聖菜と仄音は軽い握手をする。友達が出来たことによる喜びで瞳が希望の色に輝き、共鳴し合っていた。第一印象はお互いに最悪だったが、何とかリカバリーして友達になるまでに至ったのは奇跡だろう。


「それじゃあ行きましょう! 友達と買い物なんて楽しみです!」


「うん! 私も!」


 二人は並んで歩き始める。目的地は勿論ショッピングモールだったが、二人に忍び寄る影があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る