第九話『ゲームセンターの破壊神―2』
「あっ……」
果たして、どちらの声が漏れたのだろう。ただ分かるのはUFOキャッチャーのアームが落ち、台を貫通して火花を散らしていることだ。
普通にプレイしていてそうはならない。
なら、何故そうなったのか? 答えは簡単で仄音が両替に行っている隙を見て、ロトは台を通してアームに魔法を掛けたのだが、重力魔法が暴発して結果的に台を破壊してしまう始末。
ズルをして景品をゲットしようとしたロトは仮面に手を当てて格好をつけているが、プルプルと震えている。動揺していることがまるわかりだ。
「ろ、ロトちゃん? なに、しているの?」
「ち、違うのよ? 決して魔法を使って楽にゲットしようとした訳じゃなくて――そ、そう! くしゃみをした所為で魔法が暴発したのよ!」
「こ、怖! くしゃみで魔法が暴発って何かのアニメ!? 下手すれば私の命も危ないよね!?」
普通に考えればくしゃみで暴発するなんてあり得ないのだが、信じてしまった仄音は一歩後退った。
「だ、大丈夫よ! こうしてしまえば! ほら!」
慌ててロトが台へと触れると修復魔法が発動し、台はみるみるうちに元へと戻った。勿論、景品も元の位置である。
「ごほんっ……さて、両替はしてくれた?」
自分のミスを無かったことにしようと咳払いをして話題を変えるロトに、仄音は頭を殴られたかのような驚きを覚えた。
「ろ、ロトちゃ――はい、両替してきたよ」
「ありがとう」
親の仇のように睨みつけられ、怯んだ仄音は大人しくお金を渡す。天使のミスを掘り返すという行為は、自らの墓穴を掘る行為と一緒なのだ。
お金を受け取り、札を財布に仕舞ったロトはUFOキャッチャーの前で肩をクルクルと回して柔軟させ、いざレバーを掴んだ。
仄音は親が子を見守るようにはらはらとしていた。
そして、両替をして三回ほどプレイが終わり、一向に動かない景品にロトは憤りを覚えて台を叩く。
「くっ惜しい……往生際が悪いわね」
「いや、全く惜しくないよ。全然動いてないし……私がやってあげようか?」
「え? でも、それはなんだか負けたような気がするわ」
「このままだと時間が掛かりそうだし……いいから代わってみて!」
あと数時間はプレイするような鈍さで、埒が明かないだろう。
痺れを切らした仄音はロトからレバーを奪い取って、さっさとアームを動かす。
仄音自体、あまりUFOキャッチャーをプレイしたことがなかった。幼い頃に数回遊んだだけであり、それでもロトよりは格段に上手いと断言できる。
アームはがっちりと景品を捕らえ、ゆっくりと持ち上げた。一秒一秒が長く感じられ、落ちるかもしれない不安で仄音の心拍数が上がる。
そんな心境に追い打ちをかけるようにアームはぐらぐらと傾きながら動き、その度に景品は段々と下がっていく。
「あっ!」
ついに落ちた。風に散らされた花びらのように呆気ないだろう。
思いがけず声を上げた仄音は絶望に染まった。が、景品の落下先が穴であることを確認して胸を撫で下ろした。
取り出し口から景品である天使の輪を取り出して、仄音はロトへと渡す。
「運が良かったのか一発で取れたよ……」
「凄いわ。あんなに的確にアームを操作するなんて」
「いや、あれは誰でもできるよ。ロトちゃんが下手過ぎるだけでしょ」
「そう……薄々思っていたけど私って下手なのね」
ロトは景品を抱えて俯いてしょんぼりとしている。
「え、いや、やっぱり私が上手いだけかな。運も実力の内ってね!」
元気づけようと前言を撤回して胸を張った仄音だったが、ロトに疑心を含んだ瞳を向けられて顔を逸らしてしまった。
人の行動というのは時に言葉よりもダイレクトに伝わり、ロトは深く心に傷を負った。
頭に景品である玩具の天使の輪を付け、メイドなのか天使なのかよくわからないコスプレをしているロトはご機嫌だった。人見知りで挙動不審気味になっている仄音は買い物を続け、食料や日用品を揃えていく。
それは数時間に及び、大量の荷物で二人とも両手を封じられながら、仲良く並んで帰路に就いていた。勿論、通り過ぎる人に注目され、まるで見世物小屋だろう。
「はぁー疲れた。冬なのに少しだけ汗がでてきたよ」
引きこもり故に体力がない仄音はふらふらと揺れていた。
対して、普段から過酷な天使の仕事をこなしているロトは澄ました様子で歩いている。
「……ロトちゃん。遅くなったけど、今日はごめんね?」
「なんの話かしら?」
「ほら、最初の私、半分意識が無かったから……」
UFOキャッチャーの時に謝るタイミングを逃し、仄音はずっとチャンスを窺っていた。
そして、現在の時刻は五時過ぎ。冬なので太陽が隠れるのが早く、夕焼けになって黄昏ている今がそのチャンスだと判断したのだ。
ロトは少しだけ沈黙し、きちんと仄音と目を合わせて想いを紡いだ。
「……私の方こそ悪かったわ。いきなりショッピングモールで買い物はヒキニートの仄音には辛かったわね。次はコンビニ……はゴミヒキニートの仄音には無理ね。一緒にゴミ捨てにでも行きましょう」
「ご、ゴミヒキニート……貶されているようにしか聞こえないよ……否定できないけど……」
予想以上の罵倒に仄音は顔を引きずらせた。
「まあでも! 次は一人で行けるよ! ロトちゃんの所為で耐性がついたし!」
お陰ではなく、所為である。
今回の買い物はコスプレしたロトがいた所為でハードルが天高くまで上がり、必要以上に注目された。初心者が難易度ベリーハードでゲームを始めるようなもので、引きこもりの仄音には辛いことだ。
しかし、しっかりと経験値として蓄積され、仄音は自信を得ていた。ただ一人で出かけるなんて、今日の苦行と比べれば霞んで見える。
「そう……期待しないで期待しておくわ」
「なにそれ。矛盾しているよ? ……ああ、お腹が空いてきちゃった」
「もうすぐ夕飯時だもの。今日からは食生活を正していくわよ」
「んー……ロトちゃんって料理できるの?」
純粋な疑問だった。
仄音自身、一人暮らし歴が長く、学生時代はきちんとした生活を送っていたため自炊をしていた。だから最低限の料理は出来た。
「得意ではないわ」
「そ、そうなんだ。因みに今日は何を作る予定なの?」
嫌な予感を覚えた仄音は恐る恐る訊いた。
するとロトは「そうねぇ……」と手に持ったエコバックを覗きながら考え込み――
「ライスオーブかしら……」
「なにその七つ集めたら何か起こりそうな料理は?」
「失礼ね。代々天使に伝わっている由緒正しいおにぎりよ」
「おにぎりなの!?」
大層な名前の割に手軽な料理で仄音は思わず声を大きくした。
「ほ、本当に大丈夫? それにおにぎりだけなの? おかずは?」
「心配しなくていいわ。きちんと美味しいのを振舞ってあげるから」
毅然とした態度で言うロトだが、その態度だからこそ仄音は不安に駆られた。今までの経験上、ロトが胸を張って語ることは碌でもないことが多いのだ。
それに朝食なら兎も角、晩御飯がおにぎりだけなのは辛いだろう。何かしらおかずが欲しいと思い、一瞬仄音は自分が料理しようかと考えた。
「ふふふ、楽しみにしていてね」
「くっ……そんなに眩しい笑顔を向けられると……」
仮面越しでも分かるほどの笑顔で張り切っているロトに苦言を呈すには勇気が必要で、それが足りなかった仄音はただ自身の弱さを歯痒く思った。
「それにしても今日は沢山買ったわね。でも、これでやっと最低限かしら?」
「そうだね。まだロトちゃんの布団とか買っていないし……あっ! あぁっ!? 弦を買い忘れたよ!?」
衝撃の事実に仄音は愕然としてロトへと凭れ掛かる。
そうだ。仄音の中の第一目標と言っても過言ではないギターの弦を買い忘れた。もっと言えば最新のゲーム機であるステッキも、だ。
「これは決定したわね」
「え?」
「明日もお出かけね?」
にこりと笑みを浮かべて言うロトに、仄音は目の前が真っ暗になった。
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