第九話『ゲームセンターの破壊神―1』

 がらりと場所が変わってゲームセンター、

 正直、買い物とは関係ない場所だったが、賑やかな雰囲気に釣られて二人は足を運んでしまった。


「ねぇ、あの子メイド服を着ているよ」


「うわ、こんなところでコスプレかよ……」


 ゲームをプレイしていた人々は手を止めて、それぞれの感想を述べている。口に出さなくても目が語っていた。


「初めて来たけど随分と煩いのね。目に悪そうだし……」


 そんな軽蔑の視線を気にすることなく、ロトは周りのネオンに光ったゲーム機をまじまじと観察する。角張った派手な箱に、人々を楽しませる技術が詰め込まれていると思うと感心した。

 一方で、少しだけ感情が戻っていた仄音は昏い双眸で俯いている。


「まだ無表情なの? 人見知りにも程があるわよ?」


「……ごめんね」


 ただ一言謝って仄音は項垂れる。本当に恥ずかしくて仕方なく、謝罪の言葉はほんの少しだけ正常だった思考の働きだ。


「いい加減慣れなさい。周りを気にするだけ無駄よ。だって他人だもの」


「そんなことを言われても……」


「はぁ……」


 渋りまくる仄音に呆れたロトは彼女の気を逸らして上げようと適当なゲーム機に手を付けた。

 それはUFOキャッチャーだった。お金を入れてアームを精密に動かし、景品をゲットする。運が良ければ一発で取れ、運が悪かったら大金を吸い取られる。博打に近いゲームだろう。


「ロトちゃん……大丈夫だよね?」


 大丈夫とはUFOキャッチャーのやり方を知っているのか? それを踏まえて、ちゃんとプレイ出来るのか? そういうことを心配していたのだが、体調を聞かれたと勘違いしたロトはコクッと頷いた。


「本当かな……って、えぇ……」


 不安を感じつつ肝心の台へと視線を移すと、ガラス越しに映るのは天使の輪。勿論、玩具であり、頭に付ければ電源を入れれば光るというアミューズメントの景品らしいだろう。

 しかし、天使が天使の輪を狙うとはどういうことなのだろう。天使だったら本物の神々しい輪っかを出せるのではないか。

 仄音はジトーっとロトを見つめてしまう。


「どうやって遊ぶのかしら? ……ふむ、これは壊れているわね。取り敢えず、叩けば直るのでしょう」


「ちょ、ちょっと待って! そこにお金を入れるんだよ!」


 まるで映らないブラウン管テレビを直すかの如く、ムラマサを創り出して台を叩こうとするロトを、仄音は咄嗟に止めた。

 そもそもムラマサだと叩くのではなく、刃物なので斬るになってしまい、台に傷が負ってしまえば最悪は弁償しないといけないのだ。


「ほら、此処に投入口があるでしょ!」


「そう、ここに百円を入れるのね」


 ムラマサが消え、ロトは言われた通りに百円玉を投入し、ピコンッという軽い電子音と共に気分を盛り上げるためのBGMが流れ始める。


「なるほど……これでアームを動かすのね」


 プレイし始めるロト。その瞳は好奇心の炎を灯している。

 いざアームを動かし始めた。しかし、左右上下に動くレバーを適当にぐりぐりと動かしてボタンを押し、アームはほぼ初期位置の場所で降下して空を掴んだ。


「ろ、ロトちゃん? アレを狙うんだよ?」


「分かっているわよ」


 もう百円を入れてロトは慎重に景品を狙う。が、何度やっても明後日の方向へアームが行き、景品に掠ることもない。ただ何もない空間に降下する。

 その異様な光景を前に仄音は苦笑いを浮かべるしかできない。


(UFOキャッチャー初プレイだろうけど、あまりにも下手過ぎるよ。もしかして、ロトちゃんって機械音痴?)


 プレイするほど上手くなっているが常人には程遠く、まるで幼児がプレイしているようだろう。

思い返してみれば一緒に家庭用ゲーム機で遊んだ時、何度もプレイしても初心者を脱却しなかった。スマホの設定について訊かれた事だってあった。


(うーん……でも最低限は出来ているし、ただ苦手なだけなのかな……)


 仄音が考え込んでいる時、既にロトは千円を使っていた。

 漸くアームが景品に触れるようになったが下手なのは相変わらずで、寧ろ景品が遠ざかってしまっている。


「仄音、両替してきてくれる? このままじゃ終われないわ」


「え? 別にいいけど……って一万円……」


 仄音は受け取った諭吉を見て、ロトを一瞥する。

 ロトは見るからに目をぎらつかせて、獲物を見る目で景品を睨んでいる。

 ああ、これは負けているギャンブラーの瞳だ。今、引いたら損。しかし、景品を取れば元は取れる。そういう期待を胸にプレイして、最終的に大損するアレだ。

 恐らく、止めたところでロトはレバーから手を離さない。それこそ全額を投入したとしても獲る気なのだろう。

 同じ経験があるからこそ仄音は何も言わなかった。ただ不憫に思い、大人しく両替機を探してゲームセンターを彷徨う。

 ショッピングモールに入って初めての単独行動だった。


「なんだかんだ言って慣れてきたなぁ……」


 完全に恥ずかしさが消えたと言ったら嘘になるが、それなりに平然としていられる。今なら一人でも外出が出来ると自負し、同時に人間の慣れは恐ろしいと思った。

 仄音は学生たちの横を颯爽と通り過ぎる。ガラスが割れたような大量のメダルを補充する店員を見て、ずらっと並んだゲーム機の角を曲がった。


「あ、これが両替機だね」


 大きく両替機と書かれた機械を前に、仄音はふとロトとの出来事を思い出した。


「そういえば素っ気ない態度を取っちゃったなぁ……ロトちゃんに謝らないと」


 レストランや服屋さんでのこと。仄音は羞恥心に打ちひしがれて感情が鈍っていたので、迷惑を掛けてしまっただろう。だからきちんと一言謝って、今度こそ楽しい買い物をしよう。

 そう決心し、近くにあった両替機で一万円を両替して、落とさないようにしっかりと握り締める。

 周りを気にして駆け足気味にロトの元へと戻ると――そこには火花をバチバチと散らした台と焦ったロトの姿があった。

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