149、モモ、招かれる~お茶会でのおしゃべりは仲良しのきっかけになるかも~後編

 タルトを崩しながら、口の中の幸せを噛みしめていると、台車を転がしながらやってきたメイドさん達が、紅茶の用意をしてくれた。いい香りふんわり広がってさらに幸せな気分になる。メイドさんが無表情なのがちょっぴり怖いけど、テキパキした仕事ぶりはレリーナさんと一緒だ。


 王妃様が上品な仕草で紅茶を飲む。桃子もお子様カップをくいっと傾けて紅茶を頂く。温かい飲み物ってそれだけでほっとするよねぇ。苦味のないさっぱりした香りが口の中に広がる。こちらは砂糖が入れてないから、タルトの甘さと合わせるとちょうどいい感じ。そこまでが計算されてる組み合わせ? お菓子の組み合わせなら、私はチョコレートとホットの麦茶が好き! 


 三人の間に至福の無言が流れる。ミラと王妃様の頬が緩んでるね。桃子もむぐむぐと口を動かすのに忙しい。はぁぁ、幸せだよぅ。そう言えば、バル様もあんまり甘い物を食べてる印象がないんだけど、どっちなんだろう? 王様と同じで実は苦手なのかな? それとも食べられるけどたくさんは要らない派? ちょっと王妃様に聞いてみよう!


「王妃様、王様は甘いものはお嫌いなんですか?」


「あいつは辛党だからな。時々目の前で食べてやるんだが、そうすると眉間に皺を寄せて無言で渋面になるものだから面白いぞ。普段はバルクライと一緒でほとんど表情を動かさない男だから、たまに小さな悪戯で顔面を動かしてやってるんだ」


 あの威圧感たっぷりな王様相手に大胆な悪戯をするね!? さすが王妃様、強い。これにはミラも驚いたようでティーカップを受け皿に戻すと隣室を気にした素振りを見せながら、王妃様に問いかける。


「王様はお怒りになられませんの?」


「そんな可愛い悪戯で怒る男ではないさ。嫌な顔はするが、果物の菓子ならば食べることもあるぞ。だからあいつとティータイムする時は嗜好に合ったものを用意してやってるんだ」


「楽しそうです。それじゃあ王様は辛党、王妃様は甘党、ジュノラス様も甘党ってことで……バル様はどっちでしょう?」


「あら、モモは一緒に暮らしているのに知らないんですの?」


「バル様と甘いものを一緒に食べたことはあるんだけどね、それほど好きな感じはしなかったし、かといって嫌いな感じでもなかったからわかんなくて」


「バルクライはすすめればどちらも食べるが、自分から菓子を口にすることはめったにないぞ。甘い物の良さを知らんとは愚かな男共だ」


「お父様も甘いものはあまり召し上がりませんわ。男の方ってほとんどそうなのかしら?」


「いや、口に出さんだけで意外と多いと私は思うぞ。ただ男らしさとやらを求めて隠してるのかもしれないな。好きなものは好きと言えばいいものを、面倒な思考をするものだ」


 鼻で笑う王妃様は上機嫌に新しいタルトに手を伸ばす。今度はいろんな果物が盛られた豪華なタルトだ。王様もこういうお菓子なら食べられるのかもね。


「そう言えば、開発部にもいたな」


「開発部?」


「先程バルコニーでモモとミラが手を翳した時に精霊が降りてきただろう? あの仕組みを作ったのは、魔法開発部と呼ばれる部署で、普段はセージを使った日常品を作り出しているんだ。そこのトップが大の甘党でな、なかなか面白い奴だぞ」


 魔法と科学を合わせたような日常品を作ってる部署の一番偉い人なら、すんごく頭がいい人なのかな? 桃子の中で浮かぶイメージでは、エリート風の外見の白衣を着たおじさんが周囲の白衣の人達から天才と崇められていた。それを皮肉な笑顔で振り払い眼鏡の縁を指で押し上げている。


「城に居れば、モモも会う機会があるかもしれないな。それはいいとして、私はモモに聞きたいことがあるんだ。バルクライをどう思う?」


「とっても優しい人だと思います。それから周囲をよく見てる人だとも。私のことも、気にかけてくれることがとっても嬉しくて、バル様のお役に立ちたいなぁっていつも思います。実際はその逆で、迷惑かけちゃってることの方が多いかもしれないですけど」


「わたくしもバルクライ様をお慕いしておりますわ! お強くて容姿端麗でいらっしゃって、部下の方からのご信頼も厚いとお聞きしてますもの」


「そうかそうか。モモとミラがそう思ってくれていることは、母として嬉しいぞ。それでは二人は恋敵となるのか?」


「恋ではライバルですけど親友でもありますわ!」


 ミラは胸を張るように堂々と答える。だけど、桃子は首を傾げた。親友と呼ばれることに抵抗はない。むしろすんごく心浮かれる響きだ。でも……。


「恋、なのかなぁ? バル様のことは大好きだけど」


「モモったら、あれだけバルクライ様にくっついていてわかっていらっしゃらないの!? 恋かどうかの判断なんて簡単ですわよ。モモはバルクライ様を他の誰かに取られても許せますの?」


 ミラに言われてぼんやりと想像してみる。バル様の隣にいつも綺麗な女の人がいて、その人をお膝に乗っけたり、熱い視線を向けて……涙がじんわり滲んできた。胸がすんごく痛いよぅ。


「あ、あら、泣くことはないでしょう?」


「ひぐっ、泣いてにゃい……」


「言えてませんわよ。ね? 嫌だったのでしょう? それがバルクライ様をお慕いしている、つまりは、恋をしている証なのですわ! わたくしもどこの馬の骨ともわからぬ女にバルクライ様を取られるのは我慢なりませんもの!」


 零れかけた涙をミラが手巾で拭ってくれる。お高そうな手巾が桃子の涙で滲む。ミラの言葉には不思議な説得力があった。恋と言う字がストンと心にはまったのだ。いつの間に、こんなに想っていたんだろう? 五歳児の精神に隠れて十六歳の恋心は私の知らない内に育っていたのかな。でも、恋って漫画やテレビで見てたのと違うみたいだ。だって、こんなに誰かに会いたくて胸がぎゅってしてくるなんてどれも言ってなかったもん。


 桃子は、生まれて初めて自覚した恋を抱きしめるように、左胸を小さな手で押さえた。

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