150、モモ、ぷしゅーっとなる~新しい場所って緊張もするけどわくわくもするよね~

「扉を開けろ」


「はっ」


 王妃様が命じると扉の前に立っていた兵士さんがさっと動いて、扉を開く。桃子は思わずぺこっとしたくなる頭を下げないように気をつけて、部屋の中に入る。ついつい下げたくなっちゃうけど、前にバル様に言われたからね。五歳児だけど学習力はあるのです! ちょっとばかり心の中で胸を張っておく。でも、兵士のお兄さんにご苦労さまですって気持ちも忘れずとってあるからね!


 王妃様招待のお茶会がお開きになったのがついさっきのこと。ミラはお酒で顔を赤くしたダレジャさんと一緒に帰って行った。足取りはしっかりしてたから馬車でお屋敷に帰る分には大丈夫そうだけど、笑い上戸っていうのかな? ダレジャさんがずっとにこにこしっぱなしだったのがちょっと面白かった! バル様はお酒に酔うとどうなるんだろう? よいよいに酔ってるところが想像つかないね。


 それで今、桃子は王妃様に1ケ月居候させてもらうお城のお部屋に案内してもらっていたのだ。場所は1階の角部屋で、日当たりがよく気持ちのいいお部屋だった。あっ、お屋敷のメイドさん達がいる! 見知らぬ部屋に対する緊張が、ぷしゅーっと抜けていく。レリーナさんとジャックさんも後ろにいるからね、安心感が増量中ですぞ!


「1階の端、ここがモモの部屋だ。中にあるものは全てお前のものだからな、好きに使っていいぞ」


「ほわぁぁ」


 思わず間抜けな声が出てしまったのも仕方ないと思うの! そこはとても可愛いお部屋だった。庭に続く窓際には緑で統一された長いカーテンがついており、差し込む日差しは温かく白い大理石の床を照らしている。お部屋には桃子の大きさに合わせたお子様椅子とテーブルもあって、バスケットには果物が詰められていた。


 入って右手には子供用の化粧台。そして奥のベッドはお約束のようにピンクの布がかぶせられた天蓋付きのもので、傍には薔薇の彫刻がされている白く背の低い棚がある。下の段には大きめの薄い冊子の本が並べられており、その上には小さな木の箱と薔薇の髪飾り、それからきらきらしい石がいっぱいついた豪華過ぎる宝石箱が置かれていた。最後の物が見るからにお高そうで目に眩しいよっ! 思わず身体をひねりつつ、手の甲でその輝きから目を守った桃子に、王妃様が笑いながら贈り主のことを教えてくれる。


「そこに手紙があるから読んでみるといい」


 桃子は小さな棚に乗せられていたお手紙を取って開いて見る。すると、そこにはバル様達のメッセージが1つずつ残されていた。


 

モモへ 


オレからは髪飾りとパズルを送るよ。1ケ月なんてすぐだからね、良い子で待っててな。

                                           カイ



私からはリンガのクッションと、絵本を贈らせていただきます。字の練習をしていると聞きましたので、読みやすく楽しそうなものと、モモに必要そうなものを選びました。楽しんで頂ければ嬉しいです。 

                                           キルマ



なにを贈ろうか迷ったんだが、モモが喜べばと思い宝石箱にした。その中には以前渡した首飾りも入っている。モモの好きなものを入れるといい。      約束は守る。


                                          バルクライ


 桃子は初めて貰った3人からのお手紙と贈り物に胸がいっぱいになった。思わず手紙を大事に抱きしめていると、王妃様が穏やかに微笑む。


「嬉しそうだな。そんなに喜んでもらえたのなら、あの3人も嬉しかろうよ。ベッドの中を見てごらん。そこにも贈り物があるようだぞ」


 王妃様に抱っこで連れられてベッドを覗き込むと、そこには大きなお人形と、リンガのクッションが置かれていた。しかもそのお人形はバル様を模しているようで、黒い髪と黒い目に心なしかきりっとした顔立ち、さらにルーガ騎士団の団服を着ているのが可愛い! 王妃様が取ってくれたお人形をぎゅっと抱きしめて柔らかな手触りを堪能しながらレリーナさん達を振り返ると笑顔で頷いてくれた。


「こんなに可愛いお人形をありがとう! 絶対に大事にするね」


「喜んで頂けて嬉しゅうございます。バルクライ様とお離れになるモモ様のお慰みになればと思い、使用人一同で力を合わせてお作りいたしました。私共もモモ様からの贈り物を大事に致します」


 メイドさん達が手首につけたブレスレットを揃って見せてくれる。息の合った仕草に笑顔が零れる。


「なるほど。モモは随分とバルクライの屋敷の侍女達に慕われているようだな」


「僭越ながら、モモ様は身分が下である私共もとても大事にしてくださるのです。ですから、私共もモモ様をお助けしたいと心より思うのです」


「そうか……温もりのある関係はなによりも大事にすべきものだ。この城では特にな」


「心得えてございます」


 言葉の意味がよくわからずに桃子が首を傾げていると、王妃様が床に下してくれた。桃子はバル様人形を抱きしめながら遠くなったお顔を見上げた。


「そこから庭にも出れる。先々代の王妃は花が好きだったそうでな、庭もそれに合わせて作り直したそうだ。見事なものだぞ。散策するにはちょうどいい」


「バル様のお屋敷には果物の木が多いです」


「そうなのか? この庭にも植えるように言ってみるか。そうすれば散歩中に食べられるぞ」


 名案だとばかりに笑う王妃様だけど、中身の勇ましさと王妃様然とした外見とのギャップがすんごい。もし私がよぼよぼのおばあちゃんだったら、入れ歯が飛び出すほど驚いたかもしれないねぇ。だって、金色のティアラが乗ってる鮮やかな髪は綺麗に編まれて結いあげられてるし、もともと迫力のある美人さんのお顔もお化粧でど迫力! って感じにされてるんだもん。ドレスもとっても似合ってて、シャララララって効果音が似合う王妃様なオーラが出てるんだよ! はぁー、眼福眼福。


「さて、案内はこの辺りでいいだろう。私も王妃の仕事に戻らねばならんからな。モモはのんびりしているといい。なにかあれば私を訪ねておいで。夜は共に食事を取ろう。楽しみにしているぞ」


「はいっ、ありがとうございました!」


 ぺこっと頭を下げてお礼を言う。王妃様はにっと笑むと颯爽と踵を返して部屋から出て行く。きっとお仕事が忙しいんだろうねぇ。どんなお仕事なのかはわからないけど、王様と一緒に難しい問題の対応をしているのかも。私もまずはお城に慣れなきゃね! じゃあ、最初に……。


「あなたのお名前を決めようね?」


 桃子はバル様人形に、にっこりしながらそう言った。

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