147、モモ、加護者として立つ~言葉で伝えきれない思いは目で伝えられたらいい~

 レリーナさんの差し出してくれた手鏡の中には、見慣れた五歳児が生まれて初めてのお化粧で可愛く盛られていた。唇にちょこっと乗せられた桃色の口紅と、明るいチークが子供らしい丸い頬を恥ずかしそうに染めている。肩もつかないほど短い黒髪は生花と一緒に上手に結いあげられていて、とっても綺麗。顔のパーツも変わった部分はないはずなのに、気のせいかな、目が大きくみえるよ!


「ほぁぁ、お化粧の力ってすごいねぇ!」


「モモ様は愛らしいお顔立ちをしていらっしゃいますから、少しお化粧するだけで十分でございますね」


 感嘆の声を上げていると、レリーナさんが頬を染めて熱心に桃子を見つめている。お化粧も溶けちゃいそうな熱視線だ。美人さんなレリーナさんは安定の桃子押しである。そもそもこの美人さんの中には選択肢が他にあるの? なんとなく桃子しか浮かんでいないような……気のせい?


 リーンリーンと遠くで鐘が鳴り始めた。いつも時間を知らせる鐘とは音が違う。高く澄んだ音を聞いて、お城のメイドさんの中でも一番年上で纏め役らしき女の人が深く腰を曲げて頭を下げる。それに従い周りのメイドさん達も左右に一列に並ぶと、まん中に二人のお子様を招く。


 隣にやってきたミラは元々綺麗で派手めの顔立ちだったけど、それがさらに磨かれてどっから見ても美少女である。お化粧のおかげでいつもより三歳くらいは上に見えるよ! 私も今ならちゃんと五歳児に見えるかな? これぞ、逆サバ! 


「お時間でございます。わたくし共は加護者様とご一緒に移動いたします。護衛兵が先頭を歩きますので、お続きくださいませ」


「わかったわ。さぁモモ、行きますわよ!」


「皆に頑張れーって言わないとね!」


 無表情なメイドさんの迫力に、声に出して返事をしてもいいものか迷っていたんだけど、ミラのおかげで躊躇いは消えた。あくまで優雅さを出しながらやる気を漲らせるという器用なことをしてるミラを見習って、桃子もせめてもの優雅さとして、ゆっくり動くように心がける。


 レリーナさんが扉を開いて、傍で立ち止まる。レリーナさんは一緒に行けないから、遠くから見守ると言われていた。熱視線のレリーナさんに、桃子は小さく手を振り、動き出したメイドさん達と一緒に部屋を出た。


 廊下で待っていた護衛の兵士さん達がメイドさん達の外に周り、左右に別れたまま歩き出す。どんどん人数が増えていくのが面白い。小さい時に読んだ童話にこういうのがあった気がするねぇ? 呑気なことをなるべく考えて、緊張しない緊張しないと心の中で唱える。別名、現実逃避とも言います。はい、ここ大事ですよー。頭の中でタヌキの先生がぺしぺしと黒板を教鞭で叩いてた。……口から心臓出そうだよぅ。


広い廊下を歩いて進んだ先には、大きなホールがあった。広いバルコニーには、正装の白いマーメイドドレスを着た王妃様と、こちらも白い正装に金色のマントをつけた王様が待っていた。服のボタンも金や銀をふんだんに使った豪華な拵えで、2人のオーラを抜きにしても一目で高貴な身分の人だとわかる。


「素晴らしい。元から愛らしい子達が美しい姫君になったぞ。モモ、ミラ、私にその姿をもっとよく見せてくれ」


「……自重せよ、ナイル。これより守りの儀ぞ」


「少しくらい良いではないか。我が夫ならば寛容さを見せよ」


「母上……」


 すんごい綺麗なのに、やっぱり中身は王妃様だ。王様相手に遠まわしにケチって言ってる!王様はため息ついちゃって、王妃様の傍に控えていたバル様のお兄さんも苦笑してる。あっ、その隣にダレジャさん発見! ミラと桃子の顔を何度も目が行き来して心配顔になってる。


「まぁ、よい。これがこうなのは昔からのことだ。二人共こちらに参れ」


 王妃様の言葉を呆れ交じりに受け止めて、王様が呼ぶ。さすがにそんな2人の前に立つのは緊張するよ。ミラも背筋をピーンとしながら近づいていく。さりげなく手を繋がれた桃子の足も一緒に動く。バル様そっくりなお顔がジロリと桃子とミラを観察する。


「ほぅ……化粧で随分と印象が変わるものよな」


「そうだろう? あぁ、愛らしいなぁ。抱きしめて頬ずりの一つもしたいが今はまずいか。くぅぅっ、腕がうずくぞ!」


「……お前の趣味に口出しする気はないが、王妃としての務めを果たしてからにせよ。ルーガ騎士団と請負人が出立するのだ。そなたには王妃に相応しき振る舞いを求めるぞ」


「あぁ。わかっているとも。この私が本気を出せば深窓の令嬢も恥じらって窓を閉ざすぞ。だが、この国では私は戦う王妃として知られているのだから、清楚を装う必要はあるまい。今更そんなことをしても無駄だ。皆、私がこうなのは知っているからな!」


 男前な王妃様だね。朗らかに笑う姿が清々しくて、格好いい! ミラの目もキラキラしてる。わかる。わかるよ、その気持ち! 女神様とはまた違った感じで憧れちゃうよねぇ。女性らしい魅力とは別に、男性にも負けない気概というか、溌剌とした感じが同性として気持ちいい人だなぁって思うんだよね。


「もうよい。そなたとその者達は役目を終えたら好きにせよ。だがその前に」


「役目を果たさねば、だな」


 二人は燦々と光が差し込むバルコニーに出ていく。開け放たれた窓から人のざわめきが微かに届く。桃子とミラはバルコニーの両端に誘導される。桃子は右側から、ミラは左側から呼ばれたら出ていくのだ。王様の口上が始まった。


「よくぞ集まった! 今日この日、そなた達は害獣討伐という大きな役目を担い出立する。ルーガ騎士団、神官、請負人、共に闘い、共に守り、おおいに成果を上げて見せよ!」


【はっ!!】


「喜ばしいことに我が国には最近新たな加護者が誕生した。皆もすでに知っていよう。幼子ながら軍神の加護を与えられし者だ。本日の守りの儀は、この者を含んだ2人の者に行ってもらう。加護者よ、前に!」


 王様から声がかかった。桃子とミラは両端からバルコニーに入ると中央の王様と王妃様の傍にゆっくりと足を進める。後ろから護衛騎士とメイドさんが付いてくる。二人の立つ位置には石の台が用意されていて、それに乗ると高さがちょうどよくなった。そこから見えるのは遠くの街並みと、庭から門までずらりと並んだ人々の姿だった。すごい数だ。入りきらない人は門の向こうに並んでるみたい。


 ルーガ騎士団の先頭には一際目立つ濃紺の外套がいた。バル様だ! 片膝をつき、胸に右手を当てて、桃子を見上げている。遠くても目が合ってるのが不思議とわかった。頑張んなきゃ! 足がガクガク震えそうなのを深呼吸で押さえて桃子はミラとタイミングを合わせて口を開く。


「美の女神の加護者たる者より、戦いし者達へ守りの祝福を」


「軍神の加護者たる者より、戦いし者達へ強き力の祝福を」


 二人はそれぞれ右手と左手を窓の下に向ける。それに合わせるようにどこからか精霊が光りながら現れる。どういう仕組みなのかわからないけど、赤や緑の色を放つ精霊達は、楽しげにふわふわと飛んではふっと消えていく。幻想的な美しい光景に桃子はちょっとだけぼうっと見惚れてしまった。

 光りが降りしきる中、王妃様の声が力強く立ち向かう人々の背中を押す。


「お前達は我が国が誇る強き戦士だ! 恐れるな! 立ち向かえ! 怯むな! 迎え打て! そして必ず帰って来い!!」


「害獣を根こそぎ討伐せよ!」

 

 王様の声を受けて、ざっと先頭の人が立ち上がる。バル様と、ギャルタスさんと、おいちゃんだ。それぞれの責任者になってるんだろうね。くるりとそれぞれの部下や仲間を振り返り指示を出す。


「ルーガ騎士団、出発!」


「同じく、請負人、出発!」


「神官はそれぞれ配置につけ!」


 あっと言う間に戦士達が動き出す。バル様の顔がこちらを見上げている。無表情なのになんとなく心配してくれてるのが伝わってくる。桃子はへの字になりたがる口元をにこーっと上げた。泣きそうで口元がひくひくしちゃうけど、頑張って笑顔を作る。バル様は桃子をじっと見て頷きを返すと、濃紺の外套を翻して左右に分かれた人々の間を悠然と門に向かっていく。その後を続くように人が列をなす。波打つ線を描いていた人々が門の外に消えていくのを、桃子は最後まで見送っていた。

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