146、モモ、強く願う~保護者様達のためならば、お子様は頑張りたくなるのです!~後編


 反応が気になって、自分達を囲んでいる兵士さんの様子を伺う。桃子の視線にもすぐに気付いたようで、ちらりと目が向けられて、とっても自然に逸らされる。お仕事中だから? あんまりにも真面目なお顔をしてるから、五歳児の悪戯心が囁く。ねぇねぇ、変顔してみようよ? めっ、お仕事の邪魔しちゃダメでしょ! 1回だけならいいと思うの。やっちゃえぃ。 く……っ、心が揺れちゃう!



「──モモ」


「ひゃいっ」


 バル様に絶妙なタイミングで名前を呼ばれて、返事が飛び跳ねる。美形なお顔をそろそろと見上げると目が細められた。バ、バレて、る? 黒曜石の瞳がゆっくりと瞬いた後にじっと見つめられる。はいっ、良い子にしてます! 目で返事を返すと、無言で頷かれた。こうして時々発揮されるバル様の超能力のような察しの良さには慄くしかない。保護者様レーダーがどっかについてるの?



「加護者様はこのお部屋にお入りください。お支度が整い次第、別室でお待ちの国王様と王妃様の元にご案内いたします」


「レリーナはモモの支度の手伝いを。ジャックはこの部屋の前で待機だ。別室に移動時には護衛兵と共に行動してくれ」


「かしこまりました」


「了解しました」


「それでは私も別室で待たせて頂きましょうかな。ミラのことは心配していないが、城の使用人に我儘を言うのではないぞ」


「もうっ、お父様、バルクライ様の前ですのよ! わたくし、我儘なんて言いませんわ!」


 ミラはお父さんのダレジャさんからツンとそっぽを向きながらも、バル様の反応を気にしている。目の端でちらちらと様子を伺うように見てるけど、バル様の表情に変化はない。ルーガ騎士団を率いる団長さんからすれば、ミラも桃子もあんまり大差なく見えているのかも?


「元気なことだ。──行ってくるぞ、モモ。大役を果たす姿を見守っている」


「……うんっ。行ってらっしゃい、バル様」


 バル様が行っちゃう。そう思ったら、急に寂しさが込み上げてきて、喉が詰まった。なんとか明るい声で言いきったけど、バル様にはわかっちゃったかな? 一瞬だけ強くぎゅってされて廊下に下される。潤んだ涙をパシパシ瞬いて誤魔化していると、ミラが手を差し出してくれた。 


「一緒に頑張りますわよ!」


 握られた小さい手の中に桃子のさらに小さな手が収まる。ぽかぽかした体温が伝わってくると安心して心が落ち着いてきた。護衛兵士さんの一人が扉を開いてくれる。よしっ、どんなお支度をしなきゃいけないのかわかんないけど、やる気は十分! 静かに見つめているバル様に手を振り、モモ子は心を決めた。いざ、お邪魔しまーす!


 中にはすでにお城のメイドさん達が待っていて、桃子とミラを左右に別れさせる。手が離れてしまったことを五歳児が寂しがる。だけど、そんな感傷は一瞬で消えることになった。怖いくらいに無表情なメイドさん達にあっと言う間に囲まれたのである。ふぎゃっ!? と上がりそうになった悲鳴を飲み込んでいると、そっと顔に手が添えられて、確認するように触られる。あのっ、あのっ、今からなにされちゃうの? 


「とても柔らかくて綺麗な肌でいらっしゃいますね。大人用の普通の化粧品では荒れてしまいそうですから薄くはたく程度にいたしましょう。加護者様をこちらの椅子に」


「はい。モモ様、お手伝いいたします」


 指示された椅子によじ登ろうとしたら、レリーナさんが後ろから抱っこで乗せてくれた。ありがとう! 椅子やドレッサーは子供用ではあるけれどミラくらいの子にぴったりのサイズに作られていた。さすがに私にぴったりだと他のメイドさん達がやりにくいもんねぇ。桃子は乱れていたドレスの裾を整えられて、髪を二人のメイドさんにいじられる。同時に顔にも何かをパタパタされている。頬っぺたと鼻と額を優しくたたかれるのがくすぐったい。


 しばらくそうやってマッサージのような動きに身を任せていたら、動きが止まって、次は小さなガラスケースみたいなのに色が一杯乗ったお皿を差し出される。


「目尻の色は何色がよろしいですか? ここにない色もこちらでお作りすることも出来ますわ」


「えっと、ドレスと合わせた色の方がいいんだよね? レリーナさんはどんな色がいいと思う?」


「そうですね……どの色もお似合いかと思いますが、赤、青、紫、緑、このあたりはドレスともお似合いかと思いますよ」


 センスがありそうなレリーナさんの助言に従って指を迷わせていると、反対側でお化粧をしてもらっているミラから声が上がった。


「どうせならわたくしと同じ色にしませんこと? せっかく一緒に立つんですもの、1つくらいモモとお揃いが欲しいですわ!」


「いい考えだね! じゃあ、ミラはどの色がいい?」


「そうですわねぇ。わたくしのドレスは赤、モモのドレスは青、それならば紫がいいと思うわ。だって二人の色を混ぜると、その色になるんですもの」


 ミラが二人で頑張ろうと遠まわしに言っているのがわかって、桃子は嬉しくなった。さっそく、ぴっとその色を指差して、笑顔でメイドさんを見上げる。


「紫でお願いします!」


「えぇ、ではその色にいたしましょう。目尻に色を入れますので目をお閉じくださいませ」


 桃子はメイドさんの言葉に従ってきゅっと目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る