144、モモ、お迎えを待つ~大役の朝は緊張と驚きで大忙しだよ~

 ルーガ騎士団と請負人が害獣討伐に出立する朝が来ちゃった。桃子はこの日の為に特別に用意された清楚な青いお子様ドレスを装着していた。このドレスの特別とは、素材の布は当然のように最上級の物なんだろうけど、胸元の大きな赤い宝石と踝まで伸びたスカートにちりばめられた宝石もすごい。紫色の小さな宝石はアメジストなのかな? その眩しいばかりの輝きが桃子の震えを誘う。マナーモードが解除できないよぅ。


 二重の緊張に震えながら、桃子はバル様のお迎えをお屋敷の玄関ホールの前で待っていた。傍ではレリーナさんとロンさんが待機している。ロンさんにはバル様が到着したら呼んでくれるって言われたんだけど、緊張でそわそわしちゃってたからここで待たせてもらうことにしたのだ。


 あぁぁぁ……緊張ってどうやったらとれるの!? 誰か掃除機で吸って!? 今日この日、桃子は加護者として初めてのお役目を果たさなければいけないのだ。大勢の人の前に立つだけでも膝が大笑いしちゃいそうなのに、それでもって決められた口上を言わないといけないから、大役だよぅ。って、こんな弱気じゃダメダメ! バル様達の出立をちゃんとお見送りしないと! お子様らしいもっちりした頬っぺたを両手でぎゅっと押し付けて、桃子は練習した口上を口の中で繰り返す。


「えっと、軍神の……」


 口の中で覚えた言葉を小さく呟く。傍で見守ってくれていたレリーナさんが微笑んでくれた。わーい、合格頂きました! 落ち着いてさえいれば噛んだりしないと思う。ちょっぴり自信を持ったところで、扉が外側から開く。外からの光を背負って、団服に濃紺の外套を靡かせたバル様が入ってくる。いつもの外套と違うけど、こちらの色合いはバル様がより知的に見える代物だった。ますます格好いいよ! 


 桃子は駆け寄って足に飛び付く。えへっと見上げると、バル様の目が穏やかに瞬いて、片腕に抱きあげられた。端正なお顔が近づくと照れちゃうけど、今日からしばらく会えないから目は逸らさない。バル様のお顔をこの目に焼きつけなきゃ!


「迎えに来た。準備はいいか?」


「うんっ」


「これから登城になるが、モモはあちらでドレスアップの仕上げだ。ロン、屋敷のことはお前に一任する。予定通りに」


「はい、お任せください。モモ様のお荷物はすでにお送りしてございます。屋敷のことも滞りなく進めましょう」


「頼む。レリーナは御者台に乗れ」


「えぇ、わかりました」


「今日からモモはしばらく城で暮らすことになる。慣れないことも多いだろう。周囲の者の助けが必要だ」


「バルクライ様がお留守の間はより一層気を引き締めて、私共がモモ様をお守りいたします」


「任せたぞ」


 レリーナさんの力の籠った返事に、バル様は静かに頷くと桃子を抱えたまま玄関ホールから外に出ていく。外には馬車がすでに用意されていた。その時、御者台から人影が飛び降りてくる。おぉぉぅ!? なにごと!? 桃子はびっくりして、バル様にしがみ付く。不意打ちのどっきり攻撃に心臓が一生懸命走っちゃてるよ!


「び、びっくり……」


「大丈夫か? ──ジャック、あまり驚かせてやるな」


「すんません。つい横着を。久しぶり、モモちゃん。いや、今は雇われの身だから、オレもモモ様と呼んだ方がいいのかな?」


「正式な場と城の者がいない場所ならば今まで通りで構わない。ただし」


「よーく、わかってますよ。権力者に隙を見せればどうなるかは、請負人なら仕事上よく知ってますからね。礼儀作法は、レリーナさん、に、教えていただきましたし、旦那の顔に泥を塗る真似はしません」


「え? どうして、ジャックさんが?」


 以前請負屋でお世話になったジャックさんがびしっとした格好で立っていた。バル様と一緒に来たというのも驚きなら、雇われの身という言葉も初耳である。バル様にどういうこと? って目を向けると簡単に説明してくれた。


「今回、レリーナには表面上メイドとして入城してもらう。メイド兼護衛という立場は変わらないが、モモはもうただの幼女ではない。守りは厚くするべきだ。その為に、もう一人新たな専属護衛としてこの男、ジャック・ランスをオレが不在の間雇うことにした。身元の確認と今までの実績も調べたが十分こちらの条件を満たせていると判断した」


「どんな条件?」


「本人の技量、周りの評判、意志だ。意志という点では問題ないだろう。この男は雇ってもらえるのなら、無報酬であろうと構わないと言うくらいだ。こちらを裏切る理由もない」


「オレがモモちゃんと……その……レ、レリーナさんをお守りしますんで!」


 自分で言いながら照れたのか、顔を真っ赤にしてジャックさんが宣言する。おおぅ、いつの間にか自分を売り込んでいたんだねぇ。これが恋する力かな!


「ジャックさん、なにかあった時は必ずモモ様を優先してくださいね?」


「オレは、貴方が悲しむことはしません。これでも腕には覚えがあるんで、信じて任せてください。モモちゃんも、これから仲良くしてくれ!」


 こうして桃子の専属護衛に期間限定ながらも、ジャックさんという新たなお仲間が加わったのであった。桃子はそこで、内心はっと気づく。これはもしやチャンスでは……! そう、元の世界では千奈っちゃんに「モモちゃんにはまだ早いみたい」って言われた恋バナが出来るかも!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る