143、バルクライ、その感情を理解する 後編
「すぐにとはいかないが、可能だ。丁重に弔ってやってほしい。今回、国王の臣下に連なる大貴族が罪人となったため、このことを重く見られた陛下は、極刑をもって償わせることを王命とされた。亡くなった子供達のせめてもの慰めになればと思う」
「ルーガ騎士団の皆さんに感謝を。子供達の捜索に尽力してくださったこと、ありがたく思う。亡くなった子達のことは、孤児院の子供達には今はまだ伏せておきます。彼等が成長し、物事が正しく判断できる日がくるまでわしと妻、そして貴方方の胸だけに秘めましょう」
「あなた方の気持ちはわかった。こちらもそのように対応しよう。まだ生存の可能生が残された子供達もいる。引き続きルーガ騎士団は捜索を続けていく」
「どうかよろしく頼みます」
「あぁ。また、こちらから報告に伺わせていただく」
「この時期は団長さん達も忙しいだろうに、わざわざ来てくれてありがとうよ。あたし達が泣いてる場合じゃないね。子供たちの為に頑張っていかなきゃ。だよね、あんた?」
「そうだとも」
悲しみを堪えて前を向こうとする夫婦に一礼して二人は立ち上がった。部屋を出ると見送りに出てくれた夫婦の後に従って、来た時の道を辿るように廊下を進んでいく。玄関が開かれると、外は来た時よりも強い雨が降り続いていた。重く垂れこんだ濁った雲に空が隠され、街全体が薄暗い。
「雨が小雨になるまで中で待ったらどうです?」
「いや、気にしないでくれ。仕事があるので失礼する」
「わかりました。気を付けて帰ってください」
「あぁ」
扉が背後で閉じられる音を聞きながら、バルクライは軒下で馬番をしてくれていた少女に多めの金を払い、手綱を取受け取り馬の背に騎乗した。
「ありがとう、また声をかけて!」
少女は近くの家に飛び込んでいく。この雨だ。他に客は見つからないと思って切り上げたのだろう。ふと、隣に動きがないことに気付く。不審に思いながら振り向くと、手綱を握ったまま雨に濡れるのも構わず、カイが深く俯いていた。全身を強張らせている部下にバルクライは声を落とす。
「……どうした?」
「団長、オレは極刑でさえ温いと初めて思いました。貴族だ大貴族だ、そんな身分に胡坐をかいて、人身売買に関わったあいつ等は人間の皮を被ったおぞましい魔物だ。子供に死ぬほどの苦しみを与えて楽しむなんて、到底人間のすることじゃない。四肢を裂いて害獣の餌にしてもまだ償いには足りないでしょう。じゃなけりゃ、遺体も残されなかった子達が、あまりに……っ」
いつも軽口を叩きながらも冷静に物事を見極める男が言葉を詰まらせた。報告書を見ているバルクライには、尋問で罪人達の口から出た言葉がどんなものなのか間接的に知り得ていた。そのため、部下の憤りは理解出来た。
「気持ちはわかる。だが、オレ達が直接手を下すわけにはいかない。それをすればオレ達も奴等と同じ罪人だ」
「ですが、オレは!」
「お前は私刑の元に汚した手で、孤児院の子供達に、モモに、触れられるのか?」
憤りに囚われかけていたカイの表情に動揺が生まれる。明るく笑っていた孤児院の子供も、いつも無邪気なモモも汚れというものを感じない。だからこそ尊く思えるのだ。
「……すみません。熱くなり過ぎました。尋問者が冷静さを欠くなんて情けない」
「キルマでも報告書に皺を作らないように苦労していた。直接尋問役を果たしたお前の心情を思えば無理からぬことだろう」
「そう言ってもらえると救われますよ。あー、頭が冷えました。オレが罪人になると嘆く女の子が多そうなんでやりません。さすが、団長は冷静ですね。オレももう少し精神力を鍛えることにします」
カイは苦笑しながら片目を閉じる。気持ちを持ち直せたようだ。バルクライはカイの馬に目を向けて騎乗を促す。馬が同時に駆け出していく。馬上で手綱を握りながらバルクライは目を眇めた。……冷静に見えたか。バルクライは自分の気持ちを顧みて、必ずしもそうではないと思っていた。もし被害にあったのがモモならば、カイの抱いた憤怒を憎悪に変え、剣を抜く自分の姿がいとも簡単に想像出来てしまったのだ。それを危険だと、ルーガ騎士団師団長としての自分が囁く。
「……だが、もう遅い」
自嘲を混ぜてルーガ騎士団師団長に返す。今まで、バルクライの中に揺らぎは存在しなかった。どんな時でも感情を制し、自らに冷静と冷酷を科してきた。だが、そこにモモが関わると途端に揺らぎが生じる。今や、あの幼女はバルクライを一人の男にしてしまう唯一の存在となっていた。五歳の幼女にしか見えない彼女に対して、どうしてこうも強く心を揺らされるのかが、ずっとわからなかった。だが昨日、彼女の話を聞いて腑に落ちたのだ。
平和な場所で生きてきたという少女。他人の怪我にも心を痛め、不安になっていた子。時折見える十六歳の精神はしなやかで、そして他人がもたらす不条理をも許そうとする心は、誰よりも高潔で美しい。その心にこそ惹かれたのだ。これがバルクライの出した唯一無二の答えだった。
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