141、モモ、頼まれる~寂しいのを我慢するには元気の充電が必要なの~後編
「害獣が街に出た時に怪我をした人がいたよね。だから、ちゃんとわかってたつもりでいたの。ここは私が生きてきた世界よりも危険が多い場所なんだって。だけど、本当は違ってた。あの時、ディーが死んじゃうかもしれないって思ったの。あんなに酷い怪我をした人を間近に見たことがなかったから、すんごく心臓がぎゅってした。バル様達が怪我したらやだよ。置いて逝っちゃ、やだ……」
バル様の胸元に縋りついて涙を堪える。胸が痛くて堪らない。この世界の人からすれば怪我をするのはよくあることで、桃子の気持ちは心配し過ぎだって思われるかもしれない。だけど、桃子にとっては違うのだ。
「モモが恐れているのは、周囲の人間の死か?」
「……おばあちゃん、私が十二歳の時に死んじゃったの。学校、この世界でいうと学園かな? そこから帰ってきたら庭におばあちゃんが倒れててね、急いでお医者さんのとこに運んでもらったんだけど、たった2晩で遠くに逝っちゃった。繋いでた手が、どんどん冷たくなっていくのが怖くて、心細くて、不安で……あんなに辛くて泣いたのは初めてだった」
「モモの母上と父上は一緒にいなかったのか?」
「遠くのお仕事に行ってたから間に合わなかったの。だから1人で見送ったよ。おばあちゃん、亡くなる前に一回だけ意識が戻ったんだ。苦しいはずなのに、私達のことを心配してた。「おばあちゃんは桃子のことをちゃんと見守ってるからね。お母さん達のことは許してあげて。桃子があんまりにもいい子だからお母さん達は甘えちゃってるんだよ」って。おばあちゃんがそう言ったから、私「わかったよ」って答えたの。だけど、そう答えるのがちょっとだけ辛かった」
「……頑張ったんだな」
「うん……っ。だけどね、だから怖いの。バル様達が居なくなるのは怖い。あんなに辛い思いをするのはもう嫌だよ」
真っ白な病院の廊下でひとりぼっちで待ち続けた、長く辛い夜。あの時の気持ちを忘れたことはない。心が壊れそうな不安を抱えて、たったひとりで夜を越したことは、桃子の心に深く傷を残していた。
「それなら、モモに約束を残そう。オレ達は【必ず】戻る。必ずという言葉は約束には向かないが、けして嘘にはしない」
「必ずを、嘘にしない?」
「そうだ。オレは守れない約束はしない。無傷での帰還は難しいだろうが、その代わりに必ずモモのいるこの街に戻ってこよう」
「絶対?」
「あぁ、絶対に、だ。オレ達のことを信じて待てるか?」
「……ちゃんと良い子で待ってるの。だから、大きな怪我はしないで帰ってきて」
「努力しよう」
バル様に鼻の頭にちゅっとされて、ひゃっと驚いたら悪戯な目が笑っていた。桃子もじんわり浮かんでいた涙を拭って笑う。あんなに悲しかったのにおかげで吹き飛んじゃったよ。バル様の言葉は切ないくらいに嘘がない。怪我する可能性を隠さずに教えてくれたのは、私に誠実であろうとしてくれたからだよね。だからかなぁ? 何度不安になっても辿りつく答えはいつも、この優しい人を心から信じたいと思っちゃうんだよ。
「討伐期間はおよそ1ケ月。その間、モモには別の場所で過ごしてもらう。オレが留守の間に、この屋敷の守りだけに頼るのは限界があると判断した。その為に2つの選択肢を用意している。1つは城で暮らすこと。もう1つはルーガ騎士団で暮らすことだ」
「お城とルーガ騎士団?」
「そうだ。どちらもこの屋敷より人目が多く、深夜でも見張りの者は起きている。城では義母上と兄上、ルーガ騎士団にはキルマがいる。その点も考慮し、この屋敷よりもモモを守るのに適していると判断した。どちらでも好きな方を選ぶといい」
思いもしなかった選択肢を示されて、桃子は答えに迷う。どっちの方が周りの人の迷惑にならないかな? 心配なのはそれだ。保護者になってくれているバル様を困らせないように気をつけないとね! でも、本当にどうしよう? 悩んだ桃子はこう聞いてみることにした。
「バル様はどっちの方に私がいれば安心する?」
「身の安全を優先するのならば、城だな。だが、あそこはモモの身体は守っても、心までは守らないかもしれない。ルーガ騎士団は心を優先して守ってくれるだろうが、身を守る点に置いて懸念が僅かに残る場所だ」
「それなら、お城にするよ」
桃子がバル様を見上げて答えを出すと、頭を撫でてくれた手が止まった。ゆっくりと瞬いた黒い瞳に心の中を見透かすようにじっと見つめられる。本当にそれでいいのか? 目がそう聞いている。
「私がお城にいれば、バル様は安心して任務にいけるでしょ? そうしたら任務に集中出来るよね? 我慢は得意だから大丈夫だよ」
えへんと胸を張って言ったら、バル様にぎゅっと抱きしめられた。
「オレの傍でモモに必要以上の我慢を強いることはしない。選ぶ基準をオレに合せなくてもいいんだ。モモの好きな方を選べばいい」
「私が選んだことだよ?」
「本当に、それでいいのか?」
「うん。バル様のお仕事が捗れば、早く帰ってこれるかもしれないよね? 早く会いたい私の為でもあるの。だからね、このくらい平気だよ!」
1人ぼっちでお城に行くのはちょっぴり心細いけど、それは隠しておく。桃子が頑として譲らない顔をしていたからか、バル様の抱擁が弱まる。腕から抜け出して、今度は桃子から抱きついてみる。広い胸元に頬を擦り寄せてほぅっとする。しばらく離れなきゃいけないから元気を充電させてね。
「……わかった。モモの選択を尊重しよう。今回の討伐にはオレとカイがルーガ騎士団を率い、キルマには留守を任せる。その為、キルマは忙しくなるだろう。そこでだ、モモさえ良ければルーガ騎士団で働く気はないか?」
「働くの!」
びしっと右手を上げて、桃子は即答した。貯金瓶の中身が寂しくなったから、バル様が討伐から帰ってきたらなにかお仕事したらダメかなぁ? って相談しようと思ってたんだよねぇ。楽しく使うためにも、お金は大事!
「そうか。では、キルマと話しておこう。モモには城とルーガ騎士団を行き来することになる。疲れない程度にやるといい。城での傍付きにはこの屋敷からレリーナを含めたメイドを数人入れるように頼んでおいた。安心するといい」
「1人ぼっちじゃなくてよかったぁ」
「そんなことはしない。大事な話はこれで終わりだ。次はモモの話を聞こうか。この数日、どう過ごしていたんだ?」
「あのね、エマさんに貰った種を植えることにしたんだけど──……」
うっすらと笑みを浮かべるバル様に、桃子は一生懸命口を動かし出す。指折り数えた中でも楽しかったものを選んで。
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