140、モモ、頼まれる~寂しいのを我慢するには元気の充電が必要なの~中編

「ごめんね、バル様。私なら呪われちゃってもあんまり影響はないけど、バル様達が私のせいで呪われちゃったら皆困ると思ったの。それに私もね、バル様達が怪我しちゃったらやだもん。賭けの女神様もディーのことすんごく気にしてて可哀想だったしね。女神様には出来ることはするけど結果はわかんないよってちゃんと言ったから、大きなことにはならないと思うの」


 一生懸命説明して伝えると、バル様が桃子の両頬を手で囲んで顔を寄せてくる。じっと黒曜石の瞳に覗きこまれて、額がこつんと当たった。


「モモが呪われても影響がないと言ったな? そんなはずがないだろう。お前が不幸な目に遭うことをオレも周囲の人々も望まない。毎日、笑っていてほしいと、心穏やかに過ごしてほしいと願っている。もっと自分を大事にしてくれ」


「……うん」


 懇願するように落とされた声に桃子は「でも」という言葉を飲み込んだ。バル様が本気で心配してくれていることはわかったからだ。だけど、自分にそれほど影響力があるとは到底思えない。軍神様にたまたま加護を与えてもらっただけのただの五歳児だもん。そんな特別を与えられるほど、なにかを持ってもいないからねぇ。

 

 飲み込んだ言葉を拾うようにバル様が呟く。


「モモが大変な目に遭うくらいなら、オレは自分が呪われても構わん。自力で対処してみせるぞ」


 うん、バル様なら本当に自分でなんとかしちゃいそうだよね。保護者様の包容力に心の中で震えていた五歳児も安心して半分寝そうになっている。ちょっと待とうね、まだ寝ないで!


「具体的にはどのようなことを指示されたんだ?」


「ああしなさいって言うのは言われなかった。加護者はいいよーってアピールしておけばいいみたい。ディーが怪我したのは賭けの女神様が呪ってたせいだから、謝りたいって言ってたの」


「それで加護者の勧誘もしたいと?」


「うん。賭けの女神様はディーのこと好きなんだと思う。恋愛とかじゃなくて、なんて言うのかなぁ。神様に気に入られてるってこと?」


「言いたいことはわかる。だが、ディーカルが素直に頷くかどうか。あの男は自分というものに強い執着を持っている。誰が相手でも自分を侵す者はけして許さないだろう。──話はここまでとしよう。せっかくの料理だ」


 バル様はそう言うと、桃子から手を離して、隣の椅子に腰を下ろす。今日のメニューは、焼き魚に白いソースがかけられたものと、卵サラダ、ジャガイモとキノコとほうれん草らしき炒めもの、そのまま食べられる何種類かのパンと、分厚いパンが一斤まるごとバスケットに入っていた。


「今日も美味しそうだねぇ」


「モモ、パンはどちらがいい?」


「大きいパンを食べてみたいの!」


「わかった。食べやすいサイズに切ろう」


 バル様はパン切りナイフでさくさくと上手に切っていく。切り口がとっても綺麗でじっと見ているとふっと笑われた。


「そんなに首を傾げてはテーブルにぶつかるぞ」


 パンが倒れていくのと一緒に桃子の首も斜めに動いていたようだ。恥ずかしい! はっとした桃子は、頭を真っ直ぐに戻して、ちらっとバル様を見上げる。うぅ、目が笑ってる。五歳児の好奇心はなかなか止まれないものなんだよ。自然と身体が動いて失敗してる。後に残るのは恥ずかしくて顔が熱い桃子である。バル様が二度目の入刀に入った。今度こそ、動かないもん! くっと身体に力を入れて耐えている間にバル様が自分の分を切り終わる。ほっ、今度は綱引きに勝ったね! 


「さぁ、これでいい」


「ありがとう、バル様」


 心の拳を上げている間に、バル様が切った食パンを四等分にしてくれていた。優しい気遣いに感謝しながら、桃子はお皿からパンを取るとぱくっと食いついた。もっふもっふでほんのり甘くて美味しい。口の中が幸せになる。花を飛ばしながら食べていると、口元をバル様に拭われた。パン屑が付いちゃってた?ひょいっとそれを自分の口に入れたバル様の流すような目にどきっとする。食べてるだけなのに、フェロモンがぶあーっと出てるよ! 


 バル様は上品な仕草でナイフとフォークを扱って魚を切り分けている。桃子もそれを見本に真似しながら頑張ってみる。力が足りないから切り口がぼろっとして可哀想な魚になっていく。……下手っぴでごめんね、美味しく食べてあげたいんだけど、この小さい手が上手に動かないんだよぅ。心の中で謝っていると、バル様にお皿を取り替えられた。


「バル様?」


「こちらを食べていろ。今のモモにはまだ難しい」


「でも、可哀想な形になっちゃってるよ……?」


「気にするな。腹に入れば同じだ」


 ふぉぉっ、男前だぁ! 桃子は感動してキラキラした目でバル様を見上げた。



 食事を続ける桃子は、傍に控える使用人達の楽しそうな視線に気づかなかった。普段は五歳児用にしっかりとぶつ切りにされていた魚が、今日だけわざと丸ごと出されていたことにも。屋敷の主たるバルクライは全てに気付いており、穏やかに微笑むロンをちらりと見たことにも。


 メイドさん達の手を借りて、いつものようにまるっと洗ってもらってお風呂をすませた桃子は、久しぶりにバル様のベッドによじ登っていた。よいしょよいしょと両手両足を使って頂上まで辿り着くと、バンザイしてベッドにダイブする。


ぽよんと弾んで受け止められるのが楽しい。はぁー、気持ちいいねぇ。夕方だったけど、いただきますからおやすみまで一緒に居られることが嬉しくて、待ってるだけでも心がうきうきしてくるよね! まだかなー? まだかなー? 心の中の五歳児も身体を左右に揺らしながら待機中です!


「バル様となんのお話しをしようかなぁ? えっと、エマさんに貰った種を鉢に植えたことでしょ。それから、孤児院の子と遊んだことでしょ。ディーのお見舞いに行った時のこともあるね。それから、それから……」


 指を折りながら数えていると片手じゃ足りなくなっちゃった。少し離れていただけなのに話したいことが次から次に出てくる。バル様は明日もお仕事だろうし、あんまりたくさん話しても寝るのが遅くなっちゃうよね。二個くらいならいいかな?


 ベッドの上で右左にころころ転がりながら考えていると、洗面所の方で音がした。顔を上げれば、黒の寝間着姿のバル様が出てきた所だった。髪がしっとりしていて頬もいつもより赤みが差している。お風呂上がりは、バル様の色気が掛け算されちゃうから、見てるだけで顔がぽおっとなる。ほんと美形さんだねぇ。


 バル様はベッドに腰を下ろすと、桃子を横に抱っこして膝に乗せてくれる。どうしたのかな? いつもはベッドの中でお話しするのに。そう思って見上げると、黒曜石のような目が僅かに細まった。


「モモ、大事な話がある。──3日後、大規模な害獣討伐任務が開始されることになった。オレもルーガ騎士団師団長として討伐に向かねばならない。この国では、加護者は国王と一緒に討伐任務に向かう団員の無事を祈り、見送る役目が与えられている。モモが良ければ、オレ達を見送ってくれないか?」


「……うん」


 桃子は小さく返事を返すと、バル様を見つめる。とうとう来てしまった。それが正直な気持ちだった。桃子の不安を打ち消そうとするように、あったかい胸元にそっと抱き寄せられて、頭を撫でられる。


「教えてくれ。モモはなにが不安なんだ? ディーカルの負った傷を気にしているのなら、心配いらない。今回の任務には不参加だが、ターニャには治りが早いと言われている。それともオレ達が怪我をする心配をしているのか?」

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