137、モモ、そぅーっと手を伸ばす~人の温もりって不安を優しくとかしてくれる~
「……失礼します?」
ルーガ騎士団本部の医務室の扉は全開に開かれていた。自由に入ってもいいよーってこと? モモは首を伸ばして顔だけ入室すると、きょろきょろと部屋の主、ターニャ先生を探した。けれど、その姿はどこにもない。代わりにデスクの奥に並ぶベッドで身体を起こした人がいた。
「ババァなら留守だぜ? おっ、チビスケじゃねぇか。久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ディー! 良かった、意識が戻ったんだね!」
桃子はパタパタとベッドに走り寄る。ディーはクッションを背中に当てて楽な態勢をとっているようだった。まだ自力で身体を起こしているのは辛いのかもしれないね。シャツの間から見える包帯が痛々しいけど、昨日より顔色はいいみたい。目に見えた変化があって、桃子はほっとした。
「お前にまで情けねぇ姿を見られちまってたみたいだな」
「昨日ね、たまたまルーガ騎士団に来てたんだよ。そうしたら、ディーが運ばれてきたからびっくりしちゃった。あの、これ、お見舞いのお花なの。それで、怪我は大丈夫? 痛くない?」
「おお。ほとんど痛くねぇし、今は平気だ。それでわざわざ見舞いに来てくれたのか、ありがとよ。酒はもらったことがあるが、オレに花を寄こしたのはモモが初めてだぜ」
「嫌だった?」
「いんや、なかなかねぇ体験でわりと面白れぇわ」
「私が花瓶を探して生けて来ましょう。どうぞモモ様は4番隊長様とお話しをしていてくださいませ」
「悪いな、姉ちゃん」
レリーナさんが気を利かせてそう言ってくれた。桃子が渡した小さな花束をディーから受け取ると、小医務室を出て行く。負傷していてもディーがいるからこの場を離れても桃子は安全だと判断したのだろう。
「あの姉ちゃんはモモに付いてんのか?」
「うん。元はバル様のお屋敷のメイドさんでね、戦えるから護衛としてバル様が付けてくれたの。ディーの怪我は神官さんに治してもらえないの?」
「普通の怪我なら良かったんだがなぁ。オレは肋骨が折れちまったから出来ねぇんだよ。変なくっつき方しちまうと、今度はわざと折らなきゃいけなくなるから面倒臭せぇんだわ」
「折れちゃってるの!? それじゃあ馬に乗って帰ってくるのは、すんごく痛かったんじゃない?」
「そりゃあな。揺れる度に激痛だったわ。オレもいろいろ怪我はしてきたが、今回の奴が一番きつかったぜ。痛み止め飲んでも痛すぎて効きが悪くてよぉ。まさに悪夢の行軍って奴だ」
「うぅぅ、私も痛くなりそうだよぅ。本当に大変だったんだね。今は大丈夫?」
「あのババァは口煩いが腕は確かだからな。後は酒があれば文句ねぇんだけどよ。酒さえ飲んでりゃ、オレなら3日で治っちまうかもな」
話を聞いてる側が痛くなってきそうな大けがを負ったのに、上機嫌で軽口を叩くディーは至って元気な様子だ。心配で縮こまっていた心が優しくとけていく。笑ってるディーカルの元気そうな姿を確認出来たことが、桃子にはとても嬉しかった。
だから、最後の確認を兼ねて、意を決す。恥ずかしいけど、これを確認しないと最後の心配が消えて行かないのだ。だから、そぅーっと手を伸ばして、お腹の上にあるディーカルの大きな手にちょこっと触る。──暖かい。生きてる人の温もりがじんわり伝わってきて、鼻の奥がつんとする。滲みかけた涙を我慢していると、バル様ともカイやキルマとも違う、大きくて乾いた手が柔らかく桃子の小さな手を包んだ。
「どうした、チビスケ。お前の方が元気ないな? 団長と喧嘩でもしたか?」
「ううん、してないの。……ディーは生きてるね」
「こんな怪我でくたばるほど四番隊長の看板は軽くねぇぜ。それに、団長の看板はもっと重いはずだ。まぁ、今回はな、オレがすげぇ不運だったってだけだ。こんなもんすぐに治してやるさ」
ガシガシと頭を撫でられた。乱暴な仕草だけど優しい手だ。心配していた桃子が今度は心配されている立場になっていて、くすぐったくなる。
「えへへ、ありがとう、ディー」
「よし、笑ったな。団長もその方が安心するぜ」
にこーっと笑顔を向けると、にやっと笑みが返された。両耳のピアスと相乗して、パンクさんらしい格好いい笑みだ。扉側から足音が聞こえてくる。レリーナさんが戻って来たみたい。しかし、桃子の予想は外れることとなる。
「隊長、怪我の具合はどうっすかー?」
「おい、まだ寝てるかもしれないだろ?」
「起きてるぜ。なんだ、お前等手ぶらかよ。見舞い品に酒の一つでも持ってこいや」
「冗談きついですよ。そんなもん持って来たらオレ達、ターニャ先生に半殺しにされますって!」
「昨日まで意識なくて、オレ達死にそうなほど心配してたんですよ。先生から、オレ達にも隊長に酒だけは与えんなって厳命下ってます」
「あのババァ……先手を打ちやがったな」
4番隊の団員さんだね。ぽんぽん言葉を交わしてるけど、楽しそうだ。桃子が見ているのに気づいた団員さんが膝を曲げて視線を合わせてくれる。
「団長に保護されてる子だよな? わざわざ隊長のお見舞いに来てくれたのか?」
「うん! ディーには前にも助けてもらったことがあるの。だから、怪我のことが心配になっちゃって」
「さすがオレ等の隊長っすね! こんな小さな子にも慕われてるなんて、鼻たけだかっすよ」
「鼻たけだかってなんだ。
「えぇ!? 違ったんすか? オレはてっきり、たけだかだとばかり思ってましたよ。隊長って意外とはくしきって奴っすね」
「お前なぁ、そりゃあ褒め言葉じゃねぇよ。そんなんで学園をよく卒業出来たな」
「自慢じゃないっすけど、補習の常連でした!」
「本当に自慢になってねぇぞ。モモ、この残念なのがオレのとこの団員だ。戦闘能力は高いんだが、おつむの方がだいぶ弱くてな。オレも苦労させられてる」
「ははっ、ひでぇ!」
「隊長も副隊長にはよく叱られてるじゃないですか」
「うるせぇ。少なくともオレは補習を受けたことはねぇぞ」
「おおっ、そいつは凄い! 四番隊の奴等はだいたい補習組ですからね」
「……リキットには黙っとけよ。そんなことがあいつの耳に入ったら、知力を向上させるって、座学講座をやり始めるぜ」
「副隊長は四番隊らしからぬ真面目さっすからね。オレ等の知力を今更上げてもあんまり意味はないと思うんすけど」
「頭使い過ぎて体調崩す奴等が続出するだろうよ」
四番隊は仲良しなんだねぇ。親しそうなやりとりを聞いてるだけで面白くなってくる。桃子は新しい情報を手に入れた! 四番隊の副隊長さんにも会ってみたいね。でも、ディーはいい隊長さんなんだろうね。団員さん達もこんなに早くお見舞いに来てくれるんだもん。これ以上は邪魔しちゃ悪いかな? そう思ってたら、レリーナさんが花瓶にお花を活けて戻ってきてくれた。
「えっ、隊長のお見舞いの方ですか?」
「私はそちらに居られるモモ様の護衛です。どうぞお気になさらず」
レリーナさんの美しい微笑みに、団員さん達が照れたようにデレっとする。美人な護衛さんだもんねぇ。レリーナさんが棚の上に花瓶を置くのを見計らって、桃子は声をかけた。
「レリーナさん、そろそろ帰ろうと思うの。──ディーと会えて安心したよ。またお見舞いにくるね」
「おぉ。オレはしばらくここの世話になってるからよ。どうせ暇してる。いつでも遊びに来いよ」
「うん、また来る!」
ディーの言葉に、桃子は元気よく頷いた。これだけ元気なら、本当にすぐ治してしまいそうだ。でも、怪我は大きいのは事実だから、不自由もするかもしれないよね。その時に手伝えるように、また様子を見に来よう! 桃子は密かにそう決めた。
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