138、バルクライ、守るための策を巡らす

* * * * * *


 その日の朝、二週間の調査に出ていた索敵部隊がルーガ騎士団本部に帰還した。それはディーカルがルーガ騎士団に担ぎ込まれてから、二日が過ぎた日のことであった。バルクライは二人の隊長と一人の副隊長に対して道中の労を労う。


「三人共ご苦労だった。任務の報告をしてくれ」


「わしの部隊には負傷者はなしです。害獣との交戦数五回。シタラク境界の周辺での害獣は狂暴化傾向は見えず、繁殖期の増殖も例年と同量くらいでしょうな。伝令の変異体イールの影は見られんかった」


「こちらは軽症者が二人です。害獣との交戦数六回。イオエ街道を北西に進み、半周して戻りました。こちらもイールの姿は目撃されませんでした。しかし凶暴さは例年よりも強いかと。数も昨年よりも多いと思います」


「四番隊からは僕がご報告します。交戦数四回。ルバーン森を巡回しました。その内一回、イールと交戦により隊長が負傷。団員にも軽傷が三人出ました。ディーカル隊長以外は今後の任務に支障はないです」


 ルダ、マーリ、リキットから、それぞれの所属部隊の報告を受けて、バルクライは軽く頷いて答える。


「わかった。ディーカルからも話は聞いている。伝令が間に合わなかったようだな。今回の討伐には、四番隊長には治療に専念してもらう。あいつは出たがるだろうが、肋骨が二本も折れているのに討伐に向かわせるわけにはいかない。リキット、今回はお前に四番隊を率いてもらうぞ」


「団長、リキット副隊長の負担が大きくなるでしょうから、補佐を二人つけては? 四番隊の中で信頼出来る相手を彼自身に選んでもらえば隊長不在に動揺している団員も落ち着きを取り戻すでしょう」


「いえっ、副団長。僕は一人でも大丈夫です!」


「お前が努力家なのは知っているが、一人で全てを背負うことが上に立つ者の仕事ではない。人を束ね率いるには同じ人の協力が不可欠だ。ディーカルにはお前という右腕がいた。お前にも補佐は必要だ」


「団長……」


「あなたにまで倒れられてしまっては四番隊の団員を束ねられる者が居なくなりますよ。討伐任務まで後三日ですからね、万全の準備体制を取るためにも受け入れてくださいませんか?」


「はいっ。すみません、僕が未熟でした。隊長に任されたからと気を張り過ぎていたようです。うちの隊でも補佐向きの団員は何人かいますから、彼等に聞いてみようと思います」


「ああ、そうしてくれ。皆、今日はそのまま身体を休めて構わない。明日、報告書として改めて提出してくれ。以上だ」


《はっ! 失礼します》


 びしりと背筋を伸ばして、一礼すると三人の索敵部隊隊長は執務室を出ていく。バルクライは軽く溜息をつきながら、背もたれに寄りかかる。いよいよ大規模な害獣討伐が始まるのだ。


「団長、今日は屋敷にお帰りください。モモは我儘一つ言わない良い子ですが、きっととても寂しがっていますよ。それに、あのこと・・・・もまだ話していないのでしょう?」


「あぁ……」


 バルクライが熟考していたのはなにも害獣討伐の任務についてだけではなかった。自分が任務に向かう間、モモの所在地をどこにするか、これは慎重に検討しなければならない問題だ。


 加護者としての立場を明確に示したとは言え、外見や筋力は五歳児の幼児そのものなのだ。中身が十六歳でも、悪意のある者にとって、彼女を攫うのは欠伸が出るほど簡単なことだろう。モモとしばらく離れなければいけないこともあり、せめて過ごしやすくしてやりたいとバルクライは思っていた。


「やはり気が進みませんか?」


「心配ではある。義母上や兄上のことは信用しているが、城の者全てがモモに好意的とは限らない。オレが傍で守ってやれない間に、あの子が傷つくようなことがなければいいが……」


「モモが加護持ちと知りながら悪意を向ける者がいると?」


「あるいは、利用しようと近づく者もいるだろう。モモを加護者と正式に明かしてから、屋敷にあの子宛ての品が随分と届いているそうだ。ロンに対処は任せているが、オレが討伐に出ている間に直接接触を図ろうとするかもしれない」


 モモには教えていないが、宝石やパーティの誘いなど、彼女宛ての贈り物が連日届いている。それはまるで蜜に集う虫だ。その虫は虎視眈々とモモを喰らおうを狙っている。それに気がかりはまだある。ディーカルが、自分の見舞いに来てくれたモモの様子がおかしかったと言っていたのだ。


「ルーガ騎士団内では私が居ますから、下手なことはさせませんが、城となるとこちらは手を出しにくいですね」


「ルーガ騎士団と国王軍の騎士は全くの別物だからな。……あまり取りたくない手段だが、仕方ない。キルマ、少し抜けるぞ」


 バルクライは書類を片付けながら重い腰を上げた。モモから贈られたペンで書類にサインをしていたキルマが手を止めて怪訝そうな顔を向けてくる。


「構いませんが、どちらに?」


「城だ。昔の知り合いに会ってくる」

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