136、モモ、心がそわそわする~大事な人を心配する気持ちは誰でも同じはず~

 四番部隊隊長の負傷がルーガ騎士団本部に衝撃を奔らせた翌日、桃子はディーカルのお見舞いに行くためにお屋敷からお出かけ中であった。

 

 今日も天気は晴れ! 青空に伸びた雲が薄く広がっている。割り箸でくるくる巻いたら、美味しい綿あめが出来そうだ。平和な景色に心をちょっぴり癒されながら、そわそわする自分の心に、落ち着いてーと宥めておく。ルーガ騎士団に繋がる道には、昼に近い日差しを浴びた人達が元気に行き来している。それだけを見ていると平和そのものに見えるけど、今この瞬間にもルーガ騎士団ではバル様達が害獣討伐の準備を進めているんだろうね。


 馬上の桃子の背後には、護衛役のレリーナさんが一緒に騎乗してくれている。昨日見た光景が忘れられなくて、昨日はなかなか眠れなかった。レリーナさんと一緒のお布団に潜り込んで、バル様達のことを思った。バル様達はもうすぐ害獣討伐の任務に行っちゃう。だけど、ディーがあんな大きな怪我をしたんだもん。その任務の危険さを改めて考えさせられた。


 振り子のように心が揺れちゃってるよぅ。心の中で十六歳に影響された五歳児も涙目だ。こんなんじゃ駄目だよ! そう思っても不安な気持ちが消せない。誤魔化すためにほっぺたを膨らませていると、後ろのレリーナさんに話しかけられた。


「ご不安ですか?」


「……うん。バル様がちゃんと帰って来てくれるか心配になっちゃったの。ディーだって4番隊の隊長さんだから強い人なんだよね? だけど、そんな人でもあんなに大きな怪我をしたんだもん。……やっぱり、怖いよ」


 失う痛みを知っているから、怖いのだ。大事な人を思い出に変えるのはとても辛くて苦しいことだから。桃子は弱気な自分を吹き飛ばすようにぶんぶん首を振って、レリーナさんを振り返った。


「ごめんね、もう言わない! バル様達を困らせちゃうから、今のは内緒にしてね? ディーのお見舞いになにか買っていこう」


「モモ様、貴方様のご不安を完全に取り除くことが出来ない私を、どうかお許しくださいませ。ですが、その思いを秘めるのではなく、バルクライ様にお伝えしてはいかがでしょうか? あの方はモモ様を大事に思っていらっしゃいます。けして無碍にはなさいませんよ」


「うん、そうだよね。バル様は優しいから、私がそう言っちゃうと、安心させようと努力してくれるよね? だけど、これって私がどうにかしなきゃいけない問題だと思うの。大事な人が害獣をやっつけに行くことを心配してるのは、私だけじゃないもん。団員さんの家族は皆同じ気持ちを抱えているんじゃないかなぁ? 不安を抱えて待つのは勇気がいるけど、それが相手を信じるってことだよね?」


 だったら、桃子もバル様を信じたいと思ったのだ。この世界に来た時に、ただの五歳児同然の桃子を無条件で受け入れてくれた優しい人。一度この人を信じると決めたのだから、最後まで信じ抜きたい。たとえ、それで二度と癒えない傷を心に負うことになったとしても、後悔はしないと思った。


「モモ様はお強くていらっしゃいますね」


「ううん。今はまだ強がりなの。だけどいつか、えっへんって胸を張って笑顔で「大丈夫だよ、いってらっしゃい!」って言いたいな」


 まだ言える勇気はないし、心の中の五歳児はやっぱり寂しくて半泣きだけど。実際にバル様が害獣討伐に出発することになったら、涙を我慢するのにすんごく頑張らなきゃいけないと思う。甘えたがりでごめんよ。


「バル様達を心配させないためにも、もっともっと頑張んなきゃね!」


「ふふっ、それでこそモモ様ですね。ご無理はいけませんが、私共も出来る限りのご協力をいたしますよ。ロンさんを中心とした使用人一同もきっとモモ様のお力になりたいと望むことでしょう」


 昨日のことを思い出して、桃子は思わず笑ってしまった。お屋敷に帰ったら、さっそく皆にプレゼントを配ったのである。どの人も笑顔で受け取ってくれたので、桃子もとても嬉しかった。ダンディーなロンさんには抱っこまでしてもらっちゃったよ。「ありがとうございます」って囁かれて、ほあってなったのはバル様には内緒である。渋くていいお声でした。


 いつもレリーナさんやメイドさんが多かったから、本当にごく偶にしてくれるロンさんの抱っこはなかなかレアなのである。ロンさんも意外と腕ががっちりしてるんだよね。レリーナさんを鍛えたって聞いてるから、ロンさんも戦える人なんだろうねぇ。そう考えると、バル様のお屋敷って強いのかも?


「お見舞いの品はどのような物がいいでしょう?」


「物が食べられる状態かわからないから、今回はお花にするよ」


「わかりました。では一番近くの生花店に寄りますね」


 変わらぬ日常を営む街の中で、レリーナさんが馬の手綱をさばく。ディーの怪我は大丈夫かなぁ? 目を覚ましててくれるといいけど。そんなことを思いながら、桃子はしばらく馬の背に揺られていたのだった。

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