126、モモ、お菓子をもらう~仲良くなった人とのお付き合いは太く長くしたいよね~後編

「口の悪いキルマも見てみたかったなぁ」


「モモにはとても聞かせられませんよ。教育にもよくありませんから。モモはそのまま健やかに育ってくださいね」


 うん、時々思うんだけど、キルマ達は私が本当は十六歳ってことをうっかり忘れてる時があるよね? 今がまさにそうだと思うの。十分健やかに育ってるから、心配ないよ? しょっちゅう、五歳児の精神に引っ張られてるだけで!


「騙されちゃ駄目よ、モモ! そいつの本性はそんなお綺麗なものじゃないわ!」


 リジーが敵意を剥き出しにしてキルマに人差し指を振り下ろす。ビシィッと音が鳴りそうな勢いだったよ。荒々しい語尾といい、並々ならぬ感情が込められているのが伝わる。


「モモにおかしなことを吹き込まないでください。素直過ぎる子なんですから、お前の言葉を本気にしたら困ります」


「全部本当のことでしょうが! 忘れたとは言わせないわ。あんたのせいで私は失恋ばかりしていたのよ!」


「え? キルマのせい?」


「えぇ、そうよ。──初めて好きになった人は、そいつを女と勘違いして一目惚れ。そのうえ、私に紹介を迫ってきたの。実の兄だって説明しても信じなくて、私がそいつの美しさに嫉妬して嘘をついてるのだと罵られたわ!」


 うわー、なんてしょっぱ過ぎる初恋だろうか。悲劇だよぅ。なるほど、それでキルマと仲が悪くなっちゃったんだね? え? まだ話は終わらない?


「二番目に好きになった人は、せっかく恋人になれたのに、家に遊びに来た時にそいつに鉢合わせしてまた一目惚れ。男だと言っても信じなくて、私の目の前でそのまま告白しやがったわね!」


 これはまた、強烈なエピソードが飛び出してきちゃったよ。男運が悪かったのかな? だって、恋人の目の前で他の人に告白をするなんて正気の行動とは思えないよ。


「その後も、好きになったりいいなって思った男に限ってそいつに惚れちゃうのよ! あげくに、全然似てないとかお兄さんの方が綺麗とか、むしろ男でもいいからお付き合いしたい、なんて言い出す奴まで出てきて……っ!!」


 キルマってば恐ろしいモテっ振りだね!? これが美人なお兄さんを持って生まれた妹の宿命なの? いやだぁ、辛すぎる。でも、相手の男の子も、女の子の可愛さをこんな露骨に比べるなんて酷いね! キルマが両手で腕を擦りながら、麗しいお顔の眉間にギリリと皺を寄せる。


「おぞましいことを思い出させるんじゃありませんよ! まったく……何度も言いましたが、それはお前に男を見る目がなかったことと、お前自身の魅力不足が原因でしょう? 恨みごとを私にぶつける前に、男を引きつけられるような女性らしさを勉強しては?」


 ど直球の正論にリジーの顔が羞恥と怒りで真っ赤になっていく。可愛い顔が般若だよぅ。 


「言わせておけば、この、男女──っ!!」


 おんなぁ!! んなぁ! なぁ……。リジーの怒声が、エコーがかかるように響いた気がした。 ビシィッと空気にヒビの入る。なにごと!? って戸惑う間もなく、キルマを中心に冷気が噴き出すのを感じた。すっと桃子の耳から音が遠ざかる。バル様が胸板と片手で桃子の耳を押さえていたのだ。きょとりと見上げると凪いだ黒曜石の瞳が聞くなって言ってるみたい。キルマが恐ろしいほど美しく微笑んで、ことさらゆっくりと口を動かしている。


「××××××?」


 キルマがたった一言なにかを言うと、耳からバル様の手が放れていく。途端に笑い声が耳を打つ。受付前はシーンと静まり返って、雪が積もったような重い空気なのに、ギャルタスさんの爆笑だけが伸びやかに響いているのだ。なんだろ、この変な空気? 桃子は周囲の人達を見た。ルイスさんは苦笑してて、タオは震えてるし、フェナンさんはちょっと目を大きくしている。驚くようなことがあったってこと? 


「……ご、ごめんなさい……」


 しかも、あれだけ反抗していたリジーが蒼い顔をしてキルマに謝ってる!? あの一瞬でなにがあったの? そんな意味を込めて、桃子はバル様を見上げた。バル様からは無言のハグを得る。わーい、ぎゅっとされた。嬉しいな、嬉しいな。って、違うよ! 五歳児の精神に引きずられて嬉しがってる場合じゃない!


「わかればよろしい。母さんに心配をかけないようにお前から手紙を送ってあげなさい。それから、害獣討伐時期が過ぎたら村に戻ることです。請負屋は村にもあるのですから、どうしても請負人になりたいのならそちらで働きなさい。運動神経のないお前には村の方が安全です」


「……うるさいわね」


「お前が嫌っても、私はお前の兄です。妹の心配くらいはしますよ。──さて団長、そろそろお暇しましょうか。報告を受けた孤児院の様子も帰りがけに一度確認しておきたいです」


「あぁ、そうだな」


「では、私は馬を連れてきますね」


 キルマが颯爽と請負屋を出て行く。俯いたリジーの頭をくしゃくしゃっと軽く撫でたのが見えた。リジーは撫でられた頭を両手で押さえている。茫然とした顔が赤くなっていく。般若から可愛い女の子に戻ったねぇ。リジーは周囲の注目を集めているのに気づいたのか、気まずそうにする。


「あの……皆さん、騒いでごめんなさい。あいつの顔を見たら、ついかっとなっちゃって」


「ただの口喧嘩だろ? ちょっとばかし派手だっただけで拳は使ってないからな、今回は大目に見てやるさ。ただし、請負屋で騒ぎはご法度だ。それは忘れずにな」


「……はい」


 リジーは悄然と頷いた。けれど、その顔はどこかすっきりしている。ずっと抱えていた不満を吐き出せたことがよかったんだろうね。兄妹の仲もちょっぴり修復出来たんじゃないかな。


「ところで、モモとバルクライ様はどういう関係なの? あいつもモモのことはよく知ってるようだったけど」


「ええっと、私は軍神様から加護を貰ってて、バル様が後見人になってくれてるの。それで、キルマやカイとも顔を合わすことが多かったから仲良くしてくれてるんだよ」


 あんまり詳しくは言えないから、重要な部分はぼかしながら簡単に説明をする。


「あなたが加護者なの!? じゃあ、昨日軍神を呼んで騒ぎを収めたのもモモってこと!?」


「えっとえっと、そうだけど、加護者っていうのはあんまり気にしないでほしいの! 私はただ軍神様を呼んだだけで、後はルーガ騎士団と請負人と神官の皆が頑張ってくれたから助かったんだもん」


 安全な場所から呼んでも来てくれない気がしたから、危ないとこで身体を一回張ったくらいしかしていない。加護を与えられてることだけが大きく取り上げられてるけど、五歳児の桃子には出来ることなんてそんなことくらいしかなかった。悔しさは噛み砕いて、その事実を自分でしっかり覚えておかなきゃね。


「モモも同じように頑張っただろう? 危険に飛び込むのは感心しないが、咄嗟に軍神を呼ぶ判断を下したのはいい選択だったな」


「えへ、そうかなぁ?」


「まだ小さいのに、モモったらすごいのね。私も見習わなきゃ……」


 感心するようにリジーが呟いている。桃子はバル様に褒められたら嬉しくて照れた。嬉しさに心の中のうさぎが飛び跳ねてるよ。五歳児精神も一緒にバンザイして飛び跳ねた。嬉しさに楽しさが+されてる。誰得かな? もちろんモモ得です!


「モモ、そろそろ行くとしよう。頭目、ルイス、今回は世話になった。次回も有意義な話し合いが持たれることを期待する」


「こちらこそ」


「今回は会えてよかったよ」


 代表同士で挨拶を交わすとバル様は請負屋の出入り口に歩み出す。桃子はバル様の肩から顔を出して、見送ってくれる五人に小さく手を振ったのだった。

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