127、モモ、受け入れる~ごめんなさいって言われたら、もういいよって許せる人になりたいなぁ~

 孤児院を訪問した桃子達は、大柄の女の人、ナターシャさんに迎えられて、接客室に通されることになった。


 軋むソファに腰を下ろすと、庭から元気な笑い声が聞こえてくる。むっきむっきでスキンヘッドの男の人が男の子を肩車しており、その周囲に子供達が集ってはしゃぎ回っているのだ。彼はナターシャさんの夫のヨドンさん。二人は請負人だったけど、今回の件を引き受けて夫婦で住み込みで働いてくれるんだって!


「急なことでしたのに、よく引き受けてくださいましたね。請負屋の頭目の人選ですから信用はしていますが、どうして引き受けてくださったのか、お聞きしても?」


「あたし達は子供が出来なくてね、いずれは養子を取ろうかと考えていたんだよ。だから今回の話を貰った時に家族が増えるなら喜ばしいと思ったのさ。それに、請負屋で働いてた子達とは顔見知りだから、そんなこと聞いちゃ放っておけなくてね」


「そうですか……今日、人身売買にかかわっていた大貴族の屋敷でこの施設から売られた子供を2人保護しました。食事も満足に与えられていなかったようで、心身ともに衰弱しており、街の医療施設に預けています。その子達の体調が整い、聴取が終わればいずれここに送り届けますので、優しく接してあげてください」


「売られて辛い目に合っていた子供達だ、よくしてやってくれ。もしなにかあれば請負屋、またはルーガ騎士団まで知らせてほしい」


「わかったよ。こっちが落ち着いたらその子達の様子も見に行こうかね。突然施設長が変わったことに戸惑ってる子も中には居るんだ。どちらの子供ももうあたしの子だ。気長に接するつもりだよ」


 良い人達が施設の経営者になってくれたようで桃子は安心した。それはバル様とキルマも同じだったようで、優しい眼差しが庭で遊ぶ子供達に注がれている。幸せそうな光景に桃子も自然と笑顔が浮かぶ。今思えば、息を潜めるように部屋に籠っていたことの方がおかしかったんだよね。きっと、あの子達はいつ飛んで来るかわからない叱責や暴力に脅えながら、耐えていたのだ。今回の一件に深く関わった桃子は、目に見えた明るい変化を嬉しく思った。


 その時、コンコンと控えめなノックの音がした。ナターシャさんがバル様とキルマに確認する。


「子供達かもしれないね、入れてもいいかい?」


「あぁ」


「構いませんよ」


 二人が頷くと、ソファを離れたナターシャさんがドアを開く。そこには、ギルが立っていた。服装も使い古して薄汚れていたものから綺麗なものに変わっている。桃子はソファから両肘を使って降りると、近づいてくるギルに駆け寄った。


「ギル、昨日ぶりだね! 怪我の具合は大丈夫?」


「神官が治してくれたから平気だ。お前、なんでそんな格好してるんだ?」


「偉い人に会いに行ってたからだよ。やっぱり変かなぁ?」


 桃子はドレスの両裾を手で持ち上げて自分を見下ろす。お姫様ドレスを着させてもらってるわけだけど、こっちの世界の人に比べると顔立ちに華が足りないからねぇ。黒い目も黒い瞳もバル様とお揃いだからけして嫌いじゃないの。けれど、やっぱり派手さは足りない自覚はある。


 レリーナさん達はいつも褒めちぎってくれるけど、絶対に身内びいきが入ってると思う。桃子的にはお子様ドレスとかフリルたっぷりの服を着せられると、服に負けてる気がしてきちゃうんだよね。それにドレスは動きにくいから苦手意識がどうにも消えない。でも、着れるだけありがたいってことは、忘れてないよ! 


「別に……」


 ギルが口ごもるように呟いてそっぽを向く。複雑そうな顔をしてる。いつもと違う反応に、桃子は首を傾げた。なにか言いたいことがありそう? じぃっと見つめてると、ギルが半ズボンのポケットに手を突っ込んで折りたたんだ紙を突きつけてきた。


「やる!」


「なぁに?」


「見てみればいいだろ」


 ブズッとした顔にそう言われて、桃子は四角く折りたたまれた紙を開いていく。そして、驚いた。それは、ギルが捨てたと言っていた桃子の依頼書だったのだ。


「これって!」


「お前の依頼書。あの時は……悪かった。本当は、ちょっと意地悪してやろうと思っただけなんだ」


 口ごもるように謝ってくれる。さっきの顔はどうやって謝ろうか悩んでたのだ。素直じゃないけど、ギルははやっぱり良い子だったんだねぇ。捨てられちゃったならしょうがないって諦めていただけに、返ってきた依頼書に胸がジーンとした。


「本当に嬉しい。ありがとう、ギル!」


 パアアアッと満面の笑顔でお礼を伝えたら、ギルは真っ赤な顔で声を詰まらせる。その、素直で新鮮な反応に心があったかくなった。バル様とキルマは桃子達の会話から大体の事情を察したのか、そこには触れずに労いの言葉をかけてくれる。


「モモが随分と助けてもらったようだな。保護者として礼を言う」


「私からもお礼を。モモ、いいお友達が出来てよかったですね」


「うん! 捕まっちゃった時も害獣が出た時も一緒だったの。孤児院の子達と協力出来たのはギルのおかげだよ」


「別に大したことしてない」


「照れなくてもいいのに」


「……ばーか!」


「ふぎゃっ!?」


 桃子は、ギルに素早くドレスを捲り上げられて悲鳴を上げる。ふわぁんと翻ったドレスから、いやんと白いパンツが顔を覗かせてしまう。なにが悲しくて十六歳にもなって、パンツ丸見えにされなきゃいけないんだろう。予想外の仕打ちに、五歳児の涙腺は決壊寸前だ。桃子はバル様の座るソファまで逃げ戻って長い足に縋りつく。


「バ、バル様ぁぁぁぁっ!!」


「おいで、恥ずかしかったな」


「この馬鹿息子が、女の子になにやってんだい!」


 ナターシャさんが大声で叱りつける中、すっくとソファから立ち上がったキルマがギルの頭を鷲掴み、ギリギリと力を入れている。


「私の前でモモを泣かせるとはいい度胸ですね? お仕置きです」


「いだだだだっ! もうしない! もうしないって言ってるだろ!!」


「当然です。見なさい。大きな目に涙を溜めて、柔らかほっぺも真っ赤です。──こんな気の引き方では、バルクライ様には到底勝てませんよ?」


 キルマに耳元で囁かれたギルがぎくりと身体を固くする。うぅぅ、聞こえなかったけど、何を言ったんだろう? バル様に目元にちゅっと慰めの口づけを落とされて、抱き上げられる。ぽかんとしたナターシャさんの目が痛い。パンツを見られちゃったこともバル様のちゅうも両方とも恥ずかしいよぅ。桃子は熱い頬を両手で押さえた。誰かこの場を上手に収めて! 


 そんな胸の中の叫びを察したのか、バル様が桃子を抱えたままゆっくりと立ち上がる。


「仕事もあるからな、今日はこれで失礼しよう」


「あ、あぁ、ギルが悪かったね。これから、女の子に対する態度を叩きこむから、モモ様、どうか無礼を許してやっておくれ」


「……うん」


「女の子に対するマナーをしっかり勉強することですね」


「わかったから手を放せって! いってぇぇっ!!」


 最後に一握りしてキルマがお仕置きを終わらせる。両手で絞られた頭を抱えて蹲るギルは、涙目になっていた。私も涙目だし、お相子ってことで許してあげよう。こうして、一連の騒動は騒がしい終結をしたのである。あー、恥ずかしっ!

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