125、モモ、お菓子をもらう~仲良くなった人とのお付き合いは太く長くしたいよね~前編

 事件は階段を下っている最中に起こった。ぐぅー。どこからか、そんな音が聞こえてきたのである。誰かお腹空いてるのカナ? って、知らない振りをしてたのに、二人の保護者様にはお見通しだったみたい。


「そろそろ昼飯の時間だな」


「モモ、お腹が空いたのですか?」


「はぅっ」


 バレてたー!! お腹の音が鳴ってしまった犯人……桃子は、時間を確認するバル様とさらっと聞いてくるキルマに戦慄した顔を向けた。抱っこで階段を下っていたから、バル様以外には聞こえてないよねと油断してたら、周囲にもばっちり聞こえてたみたい。びっくり顔の桃子に、前と後ろを歩いてたギャルタスさんとルイスさんの笑い声が追撃してくる。


「はははっ、顔でしゃべってるな。突然お澄ましなんてしたら誰だってわかるぜ」


「恥ずかしかったのかい? 幼くても女の子だなぁ」


「お二方共、笑ったら可哀想ですよ!」


「いつもはこんなに鳴らないもん……」


 後ろからタオが味方に回ってくれるけど、恥ずかしさは消えない。桃子はバル様の胸板に懐く。グリグリすり寄ると、片腕で抱きしめられた。落ち着くハグにほろりとくるね。バル様達だけならそんなに恥ずかしくもないけど、これだけ囲まれてる中で鳴っちゃうと、さすがに五歳児と言えども羞恥心が顔を出す。これはほら、難しいお話をしていつもより頭を使ったせいだよ! ほんとだもん! と、心の中で言い訳をしておく。だって恥ずかしい。これでも十六歳の乙女です。


「モモの為になにか持ってくればよかったですね」


「屋敷まで我慢出来るか? それともどこかで食べて行くか?」


「お腹は鳴ってるけど、まだいけるの!」


「……ん」


 一階についたところで、フェナンさんが緩慢な仕草で振り返り、ぬっと握り拳を差し出してきた。相変わらず眠たそうな顔をしてるけど、なんだろう? はっ、きっとこれだね! 同じように拳を突き出してちょんと当ててみる。テニスの試合が終わった後に、クラスの男の子達がこれやってた。格好いいコミュニケーション!


「……違う」


「えっ、違うの!?」


 なにこれ、さっきより恥ずかしい! わくわくしながらやったのに勘違いだったよぅ。羞恥の傷を心に負って、言葉の少ないフェナンさんを見上げるとパチリと瞬かれた。それじゃあ、その握り拳には一体どんな意味が?


「モモちゃんには伝わってないぞ。声に出して言ってやれ」


 ギャルタスさんが笑いながらそう言った。素直に頷いたフェナンさんは、ゆったり口を開く。


「手を出す」


「こう……?」


 手をパーにして差し出すと、ちょこんとキャンディらしき包み紙が一つ置かれる。


「それ、美味しいからあげる」


 心なしか満足げに頷いて、フェナンさんはごそごそとズボンのポケットを探って自分の分を取り出している。ふぉぉっ、天の恵み! 腹ぺこ桃子は思わずきゅっとキャンディを握りしめた。この気持ちをどう表したらいいのかな!? ただ単純に食べ物を貰えただけじゃなくて、野生動物にちょっぴり触れたような感動があった。噛まれなかった! みたいな。フェナンさんの雰囲気が、寛いでるアルパカみたいだからかな?


「モモ、お礼を」


「うん! ありがとう、フェナンさん」


「ん。また、遊びに来るといい」


 目が細められた。中性的でマイペースな人だけど、なんとなく癒される。良い人だなぁ。さっそく包み紙を開いてキャンディを取り出す。色は薄黄色で、ほんのりバターの匂いがしてくる。やった! バターキャンディだね。パクッと口に含むと、バターの香りと優しい甘さが口に広がる。ほぁぁぁぁ、美味しくて幸せー。コロコロ転がしながら喜んでいると、残った包み紙をさりげなく貰ってくれたキルマが優しく微笑む。


「ほっぺたが膨らんでますます可愛らしいですね。甘いものが好きなら私も美味しいお菓子を贈りましょうか。楽しみにしていてくださいね」


 キルマの麗しい微笑みに、こそこそと視線を向けていた屈強な請負人達が揃って鼻の下を伸ばしてる。バル様達が居なかったら絶対にナンパされてたね。確かに美女と間違うくらいすんごい美人さんだけど、キルマは男の人ですよ!


 周囲の注目を浴びてる中、バル様が出入り口に向かっていく。今日はこれで解散みたい。でも、他にもなにか大事なことがあったような……?


「リジー……?」


 キルマが呼んだ名前で思い出す。そうだったよ! うっかり忘れかけてたカイの頼まれごとが、目の前にやってきた。


「な、なんであんたがここに!? それに、バルクライ様とモモちゃんまで?」


「お前こそどうして請負屋に……カイの仕業ですね。まったく、見つけたなら教えてくれればいいものを」


「あいつ、謀ったわね……っ」


「なんだ? 二人は知り合いなのか?」


 呆れたようにため息をついたキルマと、苛立たしそうに腕を組むリジーに、ギャルタスさんは興味を持った様子で尋ねた。


「私の妹ですよ」


「妹? ははー、似てない兄妹もいるもんだな」


「私は父方の祖母に似たので、家族の誰にも似ていないのですよ。妹は母にそっくりです」


「なによ、その気持ち悪い口調! あんたみたいな奴、私の兄なんかじゃないわ。絶対に認めないんだから!」


「そんなことを言っても事実は変えられませんよ。それに、この口調の方がなにかと使い勝手がいいのです。お前こそ少しは可愛げを身に付けたらどうですか?」


 バチバチバチィ!! 睨み合う二人の間に火花が散ってる。恐ろしい。桃子は間を取りなすように、のん気な振りをして声をかける。


「キルマはいつもその口調だよね? ほんとは違うの?」 


「そんなことはありませんよ。ただ、私も男ですから、子供の頃は生意気で口も悪かったのです。ルーガ騎士団に入ろうと決めた時に、丁寧な話し方をするように矯正したので、今ではこちらがすっかり癖になってしまいました」


「昔はその顔と言葉の落差が激しいと評判だったからな」


「正しくは悪評ですよ。そのせいで無駄に上級生に絡まれることも多くて、カイを巻き込んでよくお話し合い・・・・・・をしたものです」


 それって、【お話し合い】と書いてケンカって読む? って、聞きたくなったけど、キラキラしい笑顔のキルマを前にしたら飲み込むしかないよね! 


 聞き耳を立てていたらしい周囲の請負人達の絶望した視線が物悲しい。【男】という単語を聞いちゃったんだねぇ……。それにしても、口調を意識して直したって、実際にやってみると結構大変だよね。私も敬語が苦手だから、よく、なんちゃって敬語になってるもん。出来るだけ丁寧さは心がけてるんだけど。


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