124、モモ、背筋を伸ばす~ピリピリ空気はのんびりイオンで中和したい~後編

「うーんっと、あのね、これは話を聞いて私が勝手に思ったことなんだけど、神官の立場って簡単に言うと、人と神様を繋げる役割の人を指すんだよね? だから、大神官の立場も、言いかえれば神官の代表者であって、神様と国や人を繋げる役目の人。そう考えればいいんじゃないかなぁ?」


「なるほど、面白い発想です。物事の見方が一つ変わっただけで大神官という立場が随分と身近なものになりました。モモは頭がいいですねぇ」


 キルマが褒めるように微笑んで、よしよしと頭を撫でてくれる。桃子はふにゃんと笑う。しっかり伝わってたようでひと安心だ。美人さんになでなでしてもらっちゃったよ。頭を使った甲斐があったね! ルイスさんは呆然としたように掠れた声で桃子の言葉を繰り返す。


「考え方を、変える……」


「ルイス、お前が立つなら今までいなかった類の珍しい大神官になるだろう。ルールを破れば罰を受けるのは当然のことだ。請負屋でも罰則はあるからな。けどそこに理由があるなら、減刑もあってしかるべきことだろ。神殿がもしお前に罰を下すというのなら、お前の行動で助けられた者達が神殿に不服の申し立てをするかもな?」


 遠まわしだけど、ギャルタスさんが言ってるのは、神殿がルイスさんを罰するならこの国の人々がルイスさんの味方に回るということだ。請負屋の頭目の発言なら、影響力は強いんじゃないかな?


「……少し、考えさせてくれ。今はこれ以上の返事は返せん」


「それで十分さ」


 ルイスさんは目を伏せて考え込むように口を噤むと椅子に戻った。そろそろとタオも腰を下ろしてるけど、その顔は心配そうに隣に向けられていた。そんな二人を励ますように、ギャルタスさんが爽やかに笑う。どこかで風鈴が鳴る音が聞こえそうだよ。桃子は右手を上げてはい! はい! と主張してみる。


「ギャルタスさん、街の人が動く時は私も仲間に入れてほしいの」


「モモ!」


「ひゃあっ」


 バル様に強く呼ばれた。びくっと震えながら隣を見ると、バル様に真剣な表情で首を左右に振られた。……駄目ってこと? でも、どうして?


「モモ、お前は表立って神殿の人間に入れ込んではいけない。お前はもう、国王とは別格の力の所有者となった。モモがルイスやタオに入れ込む態度を見せれば、神殿内部の権力闘争はたちまち激化するだろう。それでは助けたいと望む彼等にも累が及ぶ可能性がある」


 戸惑う桃子を庇うように、ギャルタスさんがバル様に反論する。


「そりゃないだろ、団長さん。たとえ子供でも立場は加護者のモモちゃんの方が上だ。あんたがいくらこの国の第二王子でも加護者に対して指図する権利はないはずだ」


「オレはこの子の後見人だ。これはモモ自身と陛下に正式に認められている」


「あなたこそ加護者であるモモを利用しようと考えているのでは? 話を聞いた時から疑問に思っていたのですよ。どうして請負屋はモモを受け入れたのです? 頭目、あなたは最初からこの子が加護者であることに気付いていたのではないですか?」


「いいとこを突くじゃないか。あんたは?」


「ルーガ騎士団師団長バルクライ・エスクレフ・ジュノール様より、副師団長を任されているキルマージ・サン・ティラムです。この子の保護者の一人を自負しています。それでこちらの疑問には答えて頂けるのですか?」


「はははっ、試すつもりが試されたか。いいさ、答えようじゃないか。副師団長さんの推測が正解だ。なにしろ、オレは耳がいいんでね。神殿の騒動が起きた時に軍神が加護を与えた子供がいたと、一瞬だけ流れた噂。それが気になっていたんだ。そんな時に、レリーナが護衛をしている子供が請負屋にやってきた。勤め先は今も団長さんの所だと言うじゃないか。それさえ知れば二つを繋ぐのは簡単だったよ」


 なんと! それじゃあギャルタスさんは最初から桃子が加護者ってことを知った上でお仕事をくれたんだね。全然気付いてなかったよ。だってそんな素振り少しもなかった気がする。


 あっさりと認めたギャルタスさんに、バル様が剣のように鋭く尖った目で切り込む。


「お前はオレ達のなにを確かめようとしていた?」


「加護者の力を利用する者達なのかをだ。オレにはモモちゃんに一方的な貸しがあるんでね。保護者になる者が危険なら、どんなことをしてでも引き離すつもりだった」


「それはつまり、あなたがモモを利用したということですか」


「うん? 私にはなにも覚えがないけど?」


「モモちゃんが知らないだけだよ。オレは大人だからな。利用できるものは利用するし、使えるもんは何でも使う。五歳の子供を受け入れたのは、モモちゃんの能力をかったからじゃない。君が団長さんに繋がる加護者であることを知り、あわよくばこの状況を引き寄せられるかもしれないと思ったからだ」


 大胆にも堂々と利用したことを認めたギャルタスさんに、桃子はパチクリと瞬く。重い沈黙とピリついた空気が濃度を増す。バル様とキルマが静かに怒っている。眉間の皺がすごいことになってるよ。良くない感じだね。桃子は空気を変えるために、ひとまず率直な質問をしてみることにした。ギャルタスさんを見上げて尋ねる。


「役に立った?」


「なに?」


「私はギャルタスさんの役に立ったなら、それでいいよ」


「は……? あのな、ちゃんとわかってるかい? オレはモモちゃんを利用したんだぞ?」


「うん、わかってるよ? でも、別に私は意地悪されたわけでも、殴られたわけでもないもん。ギャルタスさんはお仕事を紹介してくれて、フィーニスが現れた時も守ってくれたよ。だから利用されたんでも、いいの。それよりも、ルーガ騎士団と請負屋さんと神殿の神官さん、皆で協力して害獣をやっつける方が大事でしょ? 皆、仲良くしようね!」


「ぶっ、はっはっはっはっ! こりゃあ参った!」


 唖然とした様子のギャルタスさんに笑顔を向けたら、なぜかルイスさんが爆笑しだした。えぇー? 上手に纏めたつもりだったのに、なんで笑われてるの? 愕然とルイスさんを見つめたら、笑い過ぎて咽(むせ)られた。なんで?


「はぁー、ははっ、笑った笑った。モモちゃんにこんなこと言わせても、お前さん達はまだギスギスしてるつもりか?」


「やれやれ、モモのおかげで気が抜けました。いいでしょう。本人がこう言っているのですから、私達もこの件でこれ以上あなたを責めることはしません」


「今後、モモをこの手のことで利用することはオレが許さない。だが、ギャルタスがモモを請負人として受け入れたことで、今まで薄くしか繋がってこなかった三つの組織が手を結ぶきっかけになったのは事実だ。ルーガ騎士団は、この繋がりを同盟として強固にしていきたいと考える。お前達はどうだ?」


「神殿は同意しよう。大神官うんぬんは保留としても、害獣討伐時にはよろしく頼む。モモちゃんもよろしくな?」


「請負屋も同意するぜ。ぜひとも仲良くしてほしいね」


 三つの組織の代表者達はそれぞれ硬く握手を交わしてる。キルマもフェナンさんとタオと握手してるね。五歳児心がうずく。私は? 私は? ってバル様を見上げてたら抱き上げてくれた。そのまま皆と握手に向かう。きゅっきゅっと握って、仲良し仲良し。タオ以外は結構手ががっしりしてた。他の皆は武器を振りまわすことがあるからだよね。うんうん、これで所属は関係なく仲間だね!


「ま、今回の会議はここまでとしようぜ。次の時には書類を準備しておくから、協力関係を結ぶことは仲間内に周知しておいてくれ。それと……借りは必ず返すのがオレの信条だ。モモちゃん、もしいつかどうしようもないほど困ったことが起きたら、オレのとこに来るといい。オレの持つ全てを使ってモモちゃんの助けになってやる」


「……うん」


 本当は気にしなくていいよって、なんだったらお菓子で許すよって、笑って言いたかったんだけど、ギャルタスさんの目がそれを拒んでたし、バル様にそうしなさいって頷かれたから、桃子は首を縦に振った。そうしたら、小さな声で「悪いな」ってギャルタスさんが言ったのが聞こえてきた。頭目の立場だから必要に応じて桃子を利用しただけで、やっぱり根は面倒見のいいお兄さんなんだよね。うんうん、わかってるよ、バル様。だからね、慰めるようにぎゅっと抱きしめなくても大丈夫だよ? 私のハートは無傷です!


 かくして、紆余曲折の末に、ルーガ騎士団、請負屋、神殿、という三つの組織による同盟がここに成ったのであった。

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