123、モモ、背筋を伸ばす~ピリピリ空気はのんびりイオンで中和したい~中編

「レリーナさん達が頑張ってくれたの。本当はね、動きやすい恰好が好きだから、ドレスはちょっぴり苦手。だけど、キルマに褒められちゃったから頑張っちゃうよ!」


 キルマにきゅっきゅっと小さくなった手を揉まれながら、桃子は答える。気のせいか、花が飛んでる気がするけど、やっぱりキルマもお疲れなのかな? 気のすむまでどうぞと手を揉まれたままでいると、お姉さんが奥からやってくる。


「あの、ルーガ騎士団師団長様と副師団長様、並びに加護者様ですね。会議室までご案内いたします」


「あぁ、頼む」


 バル様が答えると、女の人は頬を染めながら先導してくれる。その様子になんとなく胸がちりっとした。お花屋さんでもバル様に熱視線を送ってる人いたよね。うーん、私お餅を焼いちゃってる? 美味しくないお餅はよくないね!


 女の人は、受付を通り過ぎて奥へ奥へと進んでいく。そうして一番奥まで進むと、二階に続く階段を上がる。会議室となるのは二階みたいだね。バル様達がその後に続くと、先導していた女の人は二階に上がってすぐに足を止めた。木製の扉をノックして入室を求める。


「頭目、お客様をお連れしました」


「あぁ、入ってくれ」


「どうぞ」


 ギャルタスさんの声を受けて、女の人が扉を開きながら部屋の脇に移動する。部屋の中は広くて、大きな円卓が中央に置かれて、その周囲を椅子に座った人達が囲んでいる。その中には見知った顔もあった。


「待たせてすまない。オレ達が一番遅かったようだな」


「気にすることないさ。今日は大物捕りで忙しかったんだろ?」


「随分と優秀な耳をお持ちのようですね」


 ギャルタスさんが指してるのは、今朝の拘束劇のことだろう。キルマが警戒するように声を固くする。だけどギャルタスさんは意に介さず肩をすくめて席に座るように手で促した。そこには三つ空席があって、まん中にはお子様用の高い椅子が用意されていた。


 わざわざ用意してくれたんだね! ありがとうの視線をギャルタスさんに向けると、にっと爽やかな笑みを返された。左右をバル様とキルマに挟まれて、桃子もちょこんと着席する。全員が席についたのを見届けて、ギャルタスさんが立ち上がりながら口を開く。


「それじゃ、会議を始めるとしようか。顔見知りも多いが、初顔合わせの奴もいる。先にそれぞれ自分の所属組織と立場を名乗ってもらおうのがいいな。まずはオレからいく。オレは請負屋頭目のギャルタス・デミックだ。こっちはオレの右腕のフェナン」


「フェナン」


 名前を呼ばれたのは青みがかった黒髪に茶色の瞳の男の人だった。年齢はバル様と同じくらいに見える。全体的に細身で、中性的な雰囲気がある。フェナンさんは、のったり立ち上がってぽつりと名乗ると、温泉に入っているアルパカみたいな顔で眠そうに瞬いて、そのまま着席してしまう。えっ、今のが挨拶だったの?


「悪いな。この通り自由な奴なんだ。けど、腕は十分あるし仕事も早い。裏方に回っていることが多いんだが、ほとんど請負屋にいるからな。もしオレが不在時に用がある時はフェナンに伝えてくれ。次は神殿側の代表者、よろしく」


 ガタリと立ち上がったのはルイスさんとタオだった。良く知る相手だけど、しっかり目と耳を向けておく。


「ご存じの人も多そうだが、神官と請負人の両方をやってるルクティス・クライムだ。ルイスと呼んでくれ。まぁ、今は神官の方は謹慎中でね、オレがここに居るのもおかしな話なんだが……一応、派閥に属さない者達の代表者として参加している」


「一応なんておっしゃらないでくだいよ。──僕はルクティス様、いえ、この場ではルイス様とお呼びした方がわかりやすいですね。この方の補佐をさせて頂くことになりました、タオ・ザルオスです。元は無所属の神官のまとめ役をしていたのですが、ルイス様が頭として立って下さるとのことで、安心して補佐に回っております」


 ルイスさんは苦い顔をしてるけど、それに反論はないようで特にタオの言葉を否定はしなかった。だけど、バル様はその言葉に疑問を覚えたようだ。


「昨日の件で謹慎処分となったのか? 大神官が不在というのに、一体誰がそれを決定した?」


「ご存じの通り、現在の神殿には大神官がいない。だから誰かに言い渡されたわけじゃない。オレが自分から申し出た。古株の神官共をひとまず黙らせないといけないんでな」


「神殿内部での権力闘争か」


「あぁ。朝の一件はオレも聞いた。明日の朝には、神官を輩出していた大貴族が拘束された事実は街中が知ることとなっているだろうな。売られた子供達のことを思えば当然の報いだが、これで三つに分かれていた派閥の一角が崩れたことになる。そこで出て来るのが、古株の神官共だ。今までは大貴族を恐れて息を潜めていた者達だが、邪魔者が消えたとなれば、こぞって我こそ新たな大神官に相応しいと声高に叫び出すだろうよ」


 呆れたようにため息をつくルイスさんに、キルマが訪ねる。


「あなたが大神官の座に付く気はないのですか?」


「責任を取って辞める気ならあるね」


「責任を取る気があるのなら、違う取り方もあるのでは?」


「随分と買ってくれるがね、おいちゃんには荷が重いさ。オレみたいな奴を慕ってくれる奴等を守るために、今は頭であることが必要だと思ったからそうしてるだけだ。新しい大神官が決まったら、辞めてもいいし、残るのなら、また自由気ままに過ごすだけさ」


「ルイス様!」


「悪いな、タオ。オレは神に仕える気は微塵もないんでね」


 のらりくらりと否定するルイスさんの目に陰りを見つけて、桃子は思わず口を挟んだ。


「神様に仕える気がないと大神官になっちゃいけないの?」


 ぎょっとしたような顔を向けられて、桃子はあれ? あれ? と動揺して周囲を見回す。ほとんど目を閉じていたフェナンさんまで、眠気が飛んだように瞬いているし、もしかして変なこと言っちゃってるのかな? 内心ちょっぴり不安に思いながらも、ここまで口に出しちゃったから、自己紹介を添えて自分の考えをそのまま伝えてみる。


「えっと、軍神ガデス様に加護を頂いてるモモです! このままお話ししちゃうけど、聞きたいのは、前の大神官は子供を攫って軍神様に仕立て上げようとするような人だったよ? ってこと。そんな人が大神官になれたのに、なんでおいちゃんが駄目なの?」


「モモちゃん、神官ってのは神と人の間を仲介する人間を指す。神に仕え、神を祀り、神の教えに従う、それが出来ることがまず大前提なんだ。大神官はそんな神官達を纏め上げ、神事を司る。オレは神官としては不真面目だし、仮に大神官に手を上げたところで、他の派閥を従えるだけの力はないだろうな」


「神官というお仕事については、なんとなくはわかったの。だけど、他の派閥の人達は街が襲われた時になにをしてくれたの? 助けようと動いてくれた人はいた?」


「それは…………」


「動いたのは僕達だけです。神殿は治癒魔法を使う時に許可が必要なので、勝手に使うことは許されていない。そして、それを盾にして動かないことを選ぶ者は圧倒的に多いのです。治癒魔法を神聖視し、自らを特別に優れた存在だと錯覚している貴族の神官もまた、残念なことに少なからず居ますから」


 正直に神殿内部の状態を伝えてくれるタオの真摯な態度に、桃子は頷いた。


「そんな中で、おいちゃんやタオ、助けに来てくれた神官の人達だけが、自分も罰されるかもしれないのに治癒魔法を使ってくれた。それは、皆がおいちゃんの言うことならって、信じたからだよね?」


「うん、僕もそう思う。──ルイス様、僕はあなたを尊敬しています。欲に流されず、いつだって正しくあろうとしている。そんなあなたの言葉だったから、あの時、皆が動いたんです」


「だからって、おいちゃんに無理やり大神官を押し付ける気はないよ? おいちゃんが神様って存在に複雑な感情を持ってるのはなんとなくわかるよ。そこにどんな事情があるのか知らないけど、おいちゃんが大神官になりたくない理由が神様に仕えることだったら、考え方を変えればいいと思うの」


「どういうことだ?」


 ルイスさんが不思議そうに首を傾げる。桃子は五歳児の頭を久しぶりにフル回転させながら、どう言えば伝わるのかを考えた。あんまり難しい話は頭バーンってなるからね、苦手なんだよぅ。

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