122、モモ、背筋を伸ばす~ピリピリ空気はのんびりイオンで中和したい~前編

 ぴっかり晴れた空に、トンカン、トンカンと金槌を打つ音が昇っていく。桃子はバル様と一緒にぽっくりぽっくりと進む馬の上で揺られながら、壊れたお店やお家の修復に動いている人々を眺めていた。


 通りではいつも通り商売を開く人もいれば、壁に穴が空いたお店を前に難しい顔で話し合っているおじさん達もいる。その傍ではガタイのいいお兄さん達が木の板を肩にひっかけてわっせわっせと運んでおり、街が早くも再生に歩み出している様子が伝わってきた。


「この分なら修復にもそれほど時間はかからないだろう」


「全然へこたれてないのがすごいね」


「強い街だからな。今回は予期せぬ襲撃で被害を受けた店や家が多いが、修復の費用は国が負担するはずだ。父上は国王として厳しい方だが、民衆をないがしろにする方ではない」


「うん。王様って損得の計算をしなきゃいけないんだろうけど、それだけが全てじゃないよね。もしそれが全てなら、私のことだって加護を与えられた子供が現れたって勝手に発表することも出来たんだし。国同士の駆け引きとか私にはわからないけど、国とか組織とか民族性とか、そう言う垣根を越えて皆が協力出来れば、それは本当の意味で強さになるんじゃないかなぁ?」


 それが理想だからこそ難しいってことは知ってるけど、害獣に襲われることのない平和な世界で生きてきたから、どうしたって考え方は平和に傾く。皆で仲良くじゃ駄目なのかなぁって思っちゃう。


「……モモのような考え方もあるのだな。オレには考えもつかなかったことだ。どの国もまず自国や自分達のことを考える。王は国をどのように守り、栄えさせるのかを。貴族は自分達の利益を増やし、誇り高くあることを。そして人々は自分達の営みを守り続けていくことを」


「バル様達は?」


「ルーガ騎士団は国や民衆を守ることが第一だ。害獣を討伐することもその一つに当たる。だが、オレ個人としての答えは──モモ、お前と共にどうあるかを考える」


 桃子は思わず後ろを振り返った。バル様の真面目で真摯な眼差しと視線がぶつかって、ぽぉっと顔が熱を持つ。桃子は逃げるようにぱっと顔を前に戻した。だって、だってね、今のってすんごい口説き文句だと思うの! 五歳児を照れさせるなんて、バル様のイケメンめ!


「ここ数日、忙しさで屋敷に帰れずにいたが、不思議といつもよりお前のことを考えていたように思う。初めて、個人的な気持ちから誰かのことを気にかけたり、その過去を知りたいと思った」


 淡々とした口調なのに、そこに熱が籠っているのを感じて、恥ずかしさと嬉しさで桃子のぺったんこな胸がどきどきしてくる。はぅっ、こういうぽあっとした気持ちにはなったことってバル様以外にはないから、どう答えたらいいのかな!? えっとえっと、参考になりそうなのは……ドラマ!


1番、アタシもよ、これってきっとラブよね!

2番、妾も一日千秋の想いでそなたを思うておったぞ。

3番、わたしを口説くのなら、もっと甘い言葉を、ちょ・う・だ・い?  


 さぁ、答えは何番!? って、どれも違うかも!? 桃子は湯気が出そうなほど混乱しながら、金魚のように口をぱくぱくさせた。うーうー唸りながらも、女は度胸っと心の中で叫んで、浮かんだ気持ちをそのまま伝えていく。


「あのねバル様、照れちゃうけどとっても嬉しいの。私もバル様のこといっぱい考えてたよ。すんごく寂しくて眠れなくなっちゃったから、レリーナさんのお布団で一緒に寝てもらったりもしてたの。バル様のこともっと知りたいし、教えてほしいなって思うよ」


 恥ずかしいけどしっかり自分の中から言葉を拾って伝えてみる。不格好で、言葉があっちこっちに散らかってるけど、これが十六歳の桃子の全部丸ごと本当の気持ちだった。


 腰を支えてくれていたがっしりした左腕にくっと力が入り、一瞬、ふわっと身体が浮いた。かと思えば、魔法のようなあざやかさでドレスを捌かれて、体勢を横座りに変えられていた。顔を覗き込まれそうになって、慌ててバル様の鍛えられた腹筋に抱き付く。ううぅ、いい腹筋ですね! でも逃げ場が他にない!


「どうして逃げる? 顔を見たいんだが」


「バル様、からかうのよくない!」


「からかってはいない。なんと言えばいいのか……困ったな、上手い言葉が見つからない」


 桃子はびっくりした。バル様も困ることってあるんだね。頭が良くて、とっても頼りになる人だから、なんでもすらすらこなしてしまう印象が強いのだ。でも、そうだよね。バル様だって私と同じ人間だもん。苦手なことだってあるのが当たり前だ。


 バル様の表情に感情があまり出ないのは、とっても自制心が強い性格と、誰もが一度は味わうような心の動くような経験が少なく育ってきたせいなのかもしれない。だから、自分の気持ちを言葉にしようとすると途端に不器用になるのだろう。


「モモ?」


 呼ばれて、桃子は伏せていたバル様の腹筋から少しだけ顔を上げてみる。片頬をつぶしてるから、傍から見るとちょっと間抜けな絵面かな? ふみまへん。無表情だけど、ほっとしたようにバル様の黒曜石の瞳がゆるりと撓む。目元がほんのり赤くなっているのが、可愛い。……カメラ! 今すぐカメラで激写したい! 眼福な一枚になるよ! 


 頭の中でタヌキな先生が指揮棒で黒板の文字を叩く。はーい、いいですか? 今日のおさらいです。【美形なお顔+色気+可愛い=最強】これ、次回のテストに出ますからね。桃子はいい子のお返事を心の中で返した。はーい、忘れません!! 格好いいのに可愛いって素敵だね!


「バル様は可愛いねぇ」


「……オレが、か?」


「うん。格好いいけど可愛いの」


「可愛いというのは、モモの方が似合うと思うが」


「じゃあ、二人とも可愛いでお揃いだねぇ」


 こんなこと言われたら、口元が緩んじゃうよ! 桃子はムズムズするお口が我慢出来なくて、にへーと笑ってしまう。バル様にふんわり抱きしめられた。


「害獣の討伐が終われば休暇が出る。その時は、お互いのことをゆっくり話そう。オレもモモも、お互いがどんな生き方をしてきたのかを知らない。違う世界で育ってきたのだから、理解が難しいこともあるだろうが、足りないものは言葉で埋められる」


「うん、たくさんお話ししたいね。バル様がお屋敷に帰ってこないのは寂しいけど、我慢するよ。待ってるから、ちゃんと帰ってきてね」


 甘えるようにぎゅーっとお腹にしがみ付いたら、バル様がよしよししてくれた。嬉しくて、気持ちがふわふわする。最後にぽんっとされて大きな手が離れていくと、ちょうど請負屋さんの前に来ていた。あっと言う間についちゃったね。ちょっと残念。


 バル様は馬から降りると、手綱を引いて請負屋の細い横道を通り、馬置き場に手綱を縛りつける。そうして、桃子を軽々と抱っこしてそのまま歩き出す。あれ? 今気付いたけど、今日の私って、ほとんど自分の足で歩いてない?  


「バル様、私歩くよ?」


「だっこは飽きたか?」


「ううん。ちっとも飽きてないし、とっても幸せなんだけどね、バル様疲れない?」


「このくらいでは疲れない。……オレは今日も屋敷には帰れん。だから、もう少しこのままでいてくれ」


 淡々とした口調だけど、実はお疲れ気味? ずっとお仕事で忙しそうだもんね。バル様がいいならいいよねと、桃子はこっくりと頷く。バル様が歩き出す。細道を出て、請負屋さんに入っていく。すんごく目立ってます。視線があっちこっちから飛んでくるけど、バル様は気にした様子もなく周囲に首を巡らせている。


「団長、モモ! 私はここにいます」


「ああ、やはりお前の方が先に着いていたか、キルマ」


「はい。とは言っても、僅かばかりですよ。モモも正装ですか。とても可愛らしいドレス姿ですね! このままルーガ騎士団まで連れて行きたいくらいです」


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