121、モモ、お礼を伝える~お金はすんごく大事だけど、大金は手元にあると怖いもの~

「失礼する。この店の責任者は貴方だろうか?」


 バル様がカウンターで店番をしているおじさんに声をかけているのを、桃子は足元から眺めていた。お店の中は繁盛しているみたいで、女の人達がお花を選んでいる。だけどそれも美形なバル様が現れたことで目が釘付けになってるようだ。ほぅ……っていう感嘆のため息が聞こえてくる。でも、そのおかげでドレス姿の桃子には気付いていなさそう。店番のおじさんも驚いたように固まって、はっと我に返ったようにあたふたと口を開く。


「は、はぁ、そうですが。ルーガ騎士団の方がなんのご用で?」


「この子が世話になったので挨拶に来た」


 ひょいっとバル様に抱えられた桃子は、カウンターの影から登場した。右手を上げておじさんに挨拶をする。


「こんにちは、モモです! エマさんはいますか?」


「あっ、ということはもしや貴方様方は」


「この場では相応しくない話だな。よければ場所を移して話したいのだが」


 バル様がおじさんの言葉を遮る。二人の肩書に気付いたのか、おじさんは緊張した面持ちになる。昨日の噂が街で広がり始めているってことだね。桃子が抱えられたので、バル様に釘付けになっていた女の人達も怪訝そうな顔をしている。この分じゃ、バレちゃうのも早そうだよ。


「そ、そうですね。詳しいお話は奥でしましょう。──おーい、お前! ちょっと来てくれ!」


 その提案を呑んだおじさんは、店の奥に向かって呼びかけた。すると、ふくよかな女の人がノシノシとやってくる。おじさんと並ぶと、おじさんの方が細い。どちらも四十代前半くらいかな? 


「おやまぁ、素敵なお客様だこと。貴族のお嬢さまと護衛の騎士さんかしら? それで、あんたはどうしたの?」


「馬鹿っ、母さんが言ってた子と保護者の方だ! 奥で話をするから店番を頼む。母さんは庭だよな?」


「えっ!?」


 目を丸くして口元を押さえるおばさんを庇うように、おじさんが申し訳なさそうにバル様にぺこぺこと頭を下げる。


「粗忽者な女房で申し訳ない。どうか気を悪くせんでください」


「構わない。騎士であることは事実だからな」


「寛大なお心に感謝します。そいじゃ、場所を変えましょうか」


 おじさんが先導してくれる。ちょっと前に来ていた場所だからなんか懐かしいなぁ。ちらりと見えた作業場には、完成した花冠が何個も置かれていた。売れてるってことかな? だったら嬉しいね! 桃子はバル様に運ばれながらにこにこしてしまう。


 おじさんはリビングにバル様を誘導すると、テーブル前の椅子に座るように促してくれた。バル様が桃子を椅子に下ろしてくれる。だけど、やっぱりここのテーブルも高いんだよね。ご飯を頂いた時はクッションがあったから助かったんだけど。


「ちょ、ちょっと待ってくださいね! 今、台になりそうなものを」


「問題ない」


 おじさんはあたふたしてる様子だから、恥ずかしいけどバル様のお膝にお邪魔した方がいい? なんて悩んでいると、再び抱えられてお膝に移動していた。今回は仕方ないよね。桃子はきりっと真面目な顔を作ることに専念してみた。おじさんはほっとした様子で窓を開いて外に声をかける。


「母さん、お客さんだぞ!」


 呼びかけると、ドアが外側から開いて、エマさんが顔を出す。リビングの中にいる桃子とバル様に驚いたように胸を押さえる。けれどそれも一瞬で優しい笑顔に変わる。


「あらモモちゃん、可愛いらしい装いねぇ」


「母さん! この方はルーガ騎士団のバルクライ団長と軍神の加護を受けられている方だ。そんな言葉遣いじゃ失礼だぞ!」


「いや、そんなに硬くならずともいい。モモがとても世話になった。今日はその礼と、貴方から提案されたことについて話しに来ただけだ。公式の場でないのだから、気をつかわないでくれ」


「……そうですか?」


「私もその方が嬉しいなぁ。エマさんには優しくしてもらったから、お花屋さんで働くのもとっても楽しかったよ。貰った種はね、植木鉢に植えるつもりなの」


「あらあら、そうなのね? お水は時々忘れても大丈夫なくらいお手軽なお花なの。生命力が強い種だから、誰でも楽しく育てられるのよ」


 まだ躊躇いがちなおじさんを他所に、目尻に皺を寄せてエマさんが応えてくれる。こういう反応を返してもらえると安心する。軍神様の加護を受けていると言っても、私自身は神様の威を借りてる五歳児に過ぎないもんね。


「花冠もね、今日も好調だったのよ。まだお昼前なのに売れきれちゃったんですもの。だからモモちゃんにはこれを受け取ってほしいの」


 エマさんは食器棚に歩いて行くと、引き出しから白い巾着を取り出す。膨らみ方がずっしりで、大金な予感がする! 桃子は困ってバル様を見上げた。


「モモが間接的に稼いだ金だな。ただ貰うことに気が咎めるのなら、こうすればどうだ? 売上の一部を貰う代わりに、モモは他の店では花冠の作り方を話さないようにする。これならば対等だろう?」


「お金を貰わなくても話さない方がいいのなら、話さないよ?」


「モモが嘘をつくとは思っていない。だが、それではこの店の品格が問われる」


「そうよ、モモちゃん。こんな素晴らしい案を無償で頂くのは品がないことだわ。だからね、気にせず貰って頂戴」


「……うん、わかったよ」


 なんだかコロコロと丸めこられちゃった気がするけど、バル様が薦めるってことはそうした方がいいってことだよね? 桃子は恐る恐る白い巾着を受け取った。お、重いねっ! 震えそうだよぅ。そのままバル様にパスする。でもこれで、バル様達にプレゼントが買えるかも! 


 バル様は懐に巾着を入れるとおじさんに尋ねる。


「今後は請負屋に預けてくれればいい。モモ専用の預金場所を用意する。あぁ、そう言えば、店先で見た花は随分と種類が豊富だったが、外の国に買い付けに行くことはあるか?」


「えぇ。ついこの前も隣国のノンスに行って来たばかりです」


「ならば、今度買い付けに行った時に、変わった噂話などがあれば拾ってきてもらいたいのだが、頼めるか?」


「へぇ、そのくらいなら構いませんが。あの、それは昨日の害獣となにか関係が?」


「それを調べる為に情報が必要なんだ。このことは、外には漏らさないでくれ」


「わ、わかりました」


「まぁ、まだお若くていらっしゃるのに私の息子よりしっかりしているわねぇ」


「母さん!」


「ほらほら、あなたはモモちゃんと交わす契約書を持ってらっしゃい。私は紅茶を入れるわ。お二人共、飲んでいって下さいな」


 エマさん強し! 慌てるおじさんを上手にあしらって、お茶を入れに向かう姿には逞しい母の強さが見えた。

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