120、モモ、真似をする~罪深いのは色男か、五歳児の好奇心か~
別れを惜しみに惜しんだ王妃様の熱烈なハグから解放された桃子は、お城の門の前でバル様の馬の背にちょこんと乗せてもらっていた。後ろからお腹に回された大きな手が、桃子の小さな身体を支えてくれている。すぐ傍には騎乗したカイもいて、バル様と今後のことを話していた。
「カイ、貴族達の尋問は数名で行え。こちらが動くのと同時にキルマも屋敷を抑えてたはずだ。1人は次の大神官候補に挙がっている家の主なだけに、証拠はあっても強く反発する者も出るだろう。だが、一切容赦はするな。罪状は全て暴き出せ」
「了解。一つ残らず吐かせてやりますよ。団長はこれから花屋と請負屋に行くんですよね?」
「あぁ。モモが世話になったからな。挨拶と必要な話をするつもりだ。請負屋はキルマにも同席してもらう」
「バル様、難しいお話をするんだよね? わたし、その時は別の部屋にいた方がいい?」
「いや、参加してくれ。モモが一番横の繋がりがある」
「わかった。なにが出来るかわかんないけど、頑張る!」
実際、お話をするのはバル様とキルマなんだろうけど、役に立てるのなら手伝いたい。桃子が気合い十分な返事を返していると、カイの様子がちょっとおかしくなる。小さな声で呟いているみたい。
「……モモがいるなら……いや、やっぱり……あー、あの、請負屋でキルマ達がちょっとした騒ぎを起こすかもしれませんけど、大目に見てやってください」
「キルマがか?」
バル様の眉がぴくりと動いた。きっと驚いたんだね! わかるよ、その気持ち! だって私も驚いたもん。キルマのイメージって、桃子をだっこするのが好きで、男の人なのに美人過ぎて、幼馴染のカイにはちょっぴり辛口、でもそこには親しみがあるんだよ! って印象かなぁ? バル様の副師団長になるくらいだから、お仕事もバリバリこなしてそう。
「実は今日、請負屋でキルマとあいつの妹のリジーを会わせるつもりなんです。団長にはもしもの時の仲裁役をお願いしたくて。あいつ等、ちょっと仲が拗れてて、面倒臭いことになってるんです」
桃子は知ってる名前が出てきたことにびっくりして、カイに尋ねる。
「えっ!? リジーってキルマの妹さんなの?」
「モモもリジーを知ってるのか?」
「お花屋さんで一緒に働いてた子なら、そうかも」
「そう言えば、そんな話も聞いたな。そうか、それじゃあ、オレが見つける前にモモが先に会ってたのか」
リジーとキルマが、兄妹なんて気付かなかった! あっ、ということは、カイの幼馴染でもあるってことだよね。カイのことを気にしてたのは、お兄ちゃんであるキルマに会わないようにしてたからかな?
「団長、すみません。実はオレ、モモが働いてたことを前から知ってたんです。キルマにリジーを探してほしいと頼まれて、街を探してた時に偶然知って」
「あのね、私がカイにも内緒にしてってお願いしたの」
振り返りながらバル様を見上げて、お叱りがカイに飛ばないようにしっかりと事実を伝えておく。カイは怒らないであげてほしい。私が勝手にやったことだもん。それに、プレゼント計画は諦めてないからね! カイとは請負屋さんで話した時に伝えてあるから、黙っててくれてる。ありがとう。もうちょっとだけ、待っててね。バル様も一度大きな雷を落としているからか、落ち着いた様子で頷いてくれた。
「モモの願いを無碍に出来なかったのはわかった。軽率だとは思うが、すでに十分叱った。だから、同じことで叱りはしない。カイ、お前はモモが安全だと判断したんだな?」
「はい。残り1日で依頼を完了することと、レリーナも同行しているという話だったので、目をつぶることにしました」
「ならば、この件は不問としよう。それから、キルマとリジーのことも仲裁くらいなら構わない」
「ありがとうございます! モモにもお願いしていいかな? モモがいれば少しは歯止めにもなるはずだし、二人共冷静に話が出来るかもしれないからね」
「うん。じゃあね、喧嘩してたらダメって言うの!」
「ははっ、そいつはいいな。少なくとも、キルマはそれで冷静さを取り戻すはずだ。それじゃあ、オレは先に騎士団に戻ってます」
「あぁ。モモ、オレ達も行くとしよう」
「はーい。カイ、お仕事頑張ってね!」
桃子が手を振ると、カイは甘―いウィンクを返して、手綱を打った。駆け出す凛々しい後ろ姿を見送りながら、あのウィンクできっと女の人達を惚れさせちゃうんだろうなぁと思っていた。まさにハンターウィンク!
バル様が手綱を操って、ゆっくりと馬を動かしていく。うーっ、五歳児の心がウズウズする。ねぇねぇ、私もやりたい! やってみようよって誘われてる。止めとこうよ。絶対止めといたほうがいいって。そう思うんだけど、五歳児の好奇心が抑えられない! 桃子はバル様を振り返ると、カイの真似をしてパッチンとウィンクしてみた。
「可愛いことをする」
「五歳児の好奇心がね、好奇心が……」
「耳まで赤いな。わかっている。愛らしい仕草だった。モモは幼子なのだから、恥ずかしがることはないだろう?」
「でも、本当は十六歳だよぅ」
バル様の口端が面白がるように上がった。……すんごく恥ずかしい。いつものことだけど、五歳児の心が抑えられなくてやらかすと、後で恥ずかしくなるんだよねぇ。学習能力のない子でごめんよ。
桃子はバル様のお腹に頭を預けて、熱くなった頬を両手で隠した。優しい微笑みを貰えたんだから、ウィンクしたかいはあったよ。羞恥心という代償を払って、今日の眼福を手に入れたんだ! ってことにしておこう。緩やかな速度で駆け出した馬の背の上で、桃子は顔の熱を冷ますことにした。
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