117、モモ、困り顔になる~神様の力を貸してもらうには勇気と覚悟が必要だね~後編

「ルイスさん、連れてきたぜ! ここに来る途中の避難場所に残ってもらった神官も居るんで、この人数になった」


「よくやってくれた、ジャック。──皆もよく応えてくれた。後の責任はオレが全て取る! 治癒魔法を使って怪我人を一人残らず治すんだ!!」


【はいっ、ルクティス様!】


 十代後半から三十代前半くらいまでの男女混同の神官達は、一糸乱れぬ返事を返し、請負屋の中に入ってくる。彼等はルイスさんの指示に従って怪我人を治していく。請負屋の室内で白い精霊が楽しそうに飛び始める。蛍が飛んでるみたいで綺麗。ほとんど1人で奮闘していたタオもようやく援軍が来たのでほっとしてる様子が遠くから見えた。本当に頑張ってくれてたもんね。


「驚いたな。神官にも関わらず請負人も兼業しているのか? それも、これだけの神官を動かすとは……一体何者だ?」


「タオが言ってたの。おいちゃんは無所属の人達の頭になるべき人だって」


「モモは大物を釣り上げたみたいだね。軍神ガデスといい、今回の件といい、えらい相手と繋がりを持ったもんだ」


「ふふっ、それだけモモ様が魅力的ということです」


 レリーナさんが上品に笑う。そうかなぁ? レリーナさんの方が魅力的だと思うよ。美人だし、お胸は大きいし、運動神経もいいうえに、すんごく優しい。す、すごいぞ! いい部分しか思いつかない! あ、一個だけ困った部分があったっけ。なぜなのか、私にだけ残念な美人さんになっちゃうこと。うん、でもこのくらいはマイナスにもならないよね! 自慢の護衛さんです。


 そんなことを考えてると、覚えのある視線を感じた。ムズムズするこの感じは……?


「レ、レリーナさん!」


 裏返りかけた声をかけてきたのは、なんと初心な人代表、ジャックさんだ! 真っ赤な顔だし、拳をプルプル震わせながらだけど、勇気を出して話しかけたみたいだねぇ。桃子はお邪魔にならないように、バル様の腕に引き取られる。こ、これはもしや!? 心の中で盛大に応援する。ジャックさん、頑張れーっ!!


「ジャックさん、でしたね? ルイスさんにお名前をお聞きしました。馬車ではお助け頂きありがとうございました。害獣が溢れる中、神殿に向かうのは大変でございましたでしょう。貴方もご無事でようございました」


「あ、ありがとうございます! あの、オレ……っ」


「はい?」


 不思議そうに首を傾げるレリーナさんに、ジャックさんは首まで赤くしながら、大声で叫ぶように言った。


「オレと交際を前提の友達になってくれませんか!?」


「そっちかぁ!?」


 ルイスさんが奥の方から驚愕の表情で叫んだ。ありゃ? なんか予想よりワンランク下だった? ルイスさんの声のせいか、突飛な告白をしたジャックさんのせいか、誰かが笑い出したのをきっかけに爆ぜたような爆笑が室内に広がっていく。カイも噴き出してる。バル様を見上げると、いつもと同じ無表情だけど目が僅かに面白そうに細められていた。


「結婚を前提の、交際ならわかるけどっ、交際を前提の友達ってのは、初めて聞いたぜ……っ」


「ジャック、お前そこはビシッとキメろよ!」


「男なら恥じらうんじゃない!」


「そんな、いきなりそんなの無理だ! でもあの、オレ本気です! 本気でレリーナさん、貴方に惚れてます!」


 カイが息も絶え絶えに笑いながら言えば周囲の男からもヤジが飛ぶ。真っ赤な顔で反論してるけど、ホストなカイの爆笑を取るとはジャックさんってばやるね! 桃子を遠巻きにしていた人達も笑ってるから、なんだかこっちまで楽しくなってきちゃった。わくわくしながらレリーナさんの反応を伺う。けれど、レリーナさんの方は冷静だ。告白に慣れているのか、表情が崩れない。クールな美人さんは健在ですね!


「申し訳ありませんが、私はモモ様にしか興味がございません。この方を命をかけてお守りするのが私の使命でございますので」


 えぇー!? 断りの言葉にまさかの桃子が登場! その断り方に一瞬目を丸くしたジャックさんはそれでもすぐに飲み込んだ様子で、声を絞って訴える。


「それなら、オレにモモちゃんごと貴方をお守りさせてください。身体は頑丈なんで、いくらでも使ってくださって構いません! 貴方と初めて会った日、凍えきった冷たい目で見られたあの瞬間、ビシャーンッって脳天に雷が落ちたみたいになったんです! 運命だと思いました!!」


 それって、ジャックさんがギャルタスさんに投げ飛ばされた日のことだよね? レリーナさんにあんな冷たい目を向けられたのに、それが好きになった瞬間だったの!? こんな恋の落ち方があるなんて、知らなかったや。皆、恋に落ちる瞬間ってこんな感じなのかな? バル様の胸元をくいっくいっと引っ張って目でこの驚きを伝えてみる。黒曜石のような瞳が瞬く。伝わったかな?


「あぁ、驚いたな。だが……レリーナ」


「はい、なんでしょう?」


「この男に嫌悪感はないんだな?」


「モモ様をお助け下さいましたし、それはございませんが?」


「そうか……」


 バル様が考えるように口を噤む。どうしたのかな? お目々を合わせて会話を試みる。……うん、無理だね! 私にはバル様ほどの読解力がないもん。それからね、さっきから気になってるんだけど、カイ、大丈夫? ジャックさんの恋に落ちた瞬間を聞いたら、小さくなってた笑いが再発したみたいで、まだ口を手で覆って小さく笑ってた。ホストなお顔の目尻には涙まで滲んでいる。そんなにツボだったの? 


 和やかな空気になったその場に、荒々しい足音が近づいていた。足音の主は不機嫌そうな顔でバル様の前で止まると、桃子を見上げてくる。


「ギル、止めとけって!」


 後ろで慌てたように読んでるのは馬車で攫われた時に一緒だった男の子だ。桃子と目が合うとぎくっとしたように顔を逸らされる。そんな、首を痛めそうな勢いで避けなくても……切ない。楽しくなってた心にばしゃっと水をかけられた気分だ。仕方ないことだよね。本来なら国で大々的に扱うくらいに重要なことらしいもん。だけどちょっと泣きたい。お子様の本能に従って、じんわりと視界が滲んでいくのをふぐぐっと堪える。ここで泣いたら余計に騒ぎになっちゃうよね。

 

「おい、モモ。だっこされてないで、お前も手伝えよな」


 ぶすっとした声だったけど、いつものギルと変わらない態度に、和んでいた空気が固まった。周囲からは「なに言っちゃってるんだ、こいつは!?」と言わんばかりの無言の戦慄が広がる。


「ぼ、坊主!? その子、いや、その方は神様の加護を与えられているんだぞ!? そんな厚かましいことを頼んじゃいかん!」


「不敬な態度は軍神様のお怒りを買うわよ!?」


「手伝いならオレ達がするよ! 団長さん方には奥でお休み頂こう!」


「こんなチビになにビビってんだよ。お前はどうしたいんだ? 疲れてるなら休んでもいいけど、そうじゃないならこっち来いよ」


 慌てる周囲の様子を一瞥して、ギルは呆れたように腰に両手を当てる。いつも通りの素っ気ない態度。それが無性に嬉しくて桃子は笑う。バル様を見上げると、気持ちが伝わったみたいですぐに床に下してくれた。よし、保護者様の許可は出たぞ!


「手伝うよ。なにをしたらいい?」


「こっちで飲み物を配ってるんだ。だからお前もそれ運べよ」


「はーい。バル様、行ってくるね!」


「無理はするな。カイ、暫くレリーナの代わりに付いてくれ」


「了解、団長……っ」


「モモはカイから離れないように」


「うん!」


 桃子は元気よく返事を返してギルの元に駆け出した。レリーナさんの代わりを任されたカイが、笑いの余韻で滲んだ涙を拭いながら追いかけてきてくれる。変わらない態度を嬉しがっていた桃子は、ギルがバルクライを睨みつけていることも、バルクライが静かに目を細めて視線を返していたことも、知らなかった。

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