116、モモ、困り顔になる~神様の力を貸してもらうには勇気と覚悟が必要だね~前編

 騒ぎが収まり、カイを先頭にルーガ騎士団の団員と請負人が集まってくる。周囲はだいぶ荒れてるけど、被害は最小限に食い止められたみたい。軍神様が空中から地面に降りてきて、バル様の前に立つ。バル様は桃子をそっと地面におろしすと、片膝をついて、胸元に左手を当てた。その背後に従うように立っていたルーガ騎士団の団員達が同じように膝を折る。あっ、それ知ってる! ルーガ騎士団の敬礼だよね!


「軍神ガデスに感謝を。モモの声に応じて頂けたおかげで人々を救うことが出来ました。第二王子として、またルーガ騎士団師団長としても、国を代表してお礼申し上げます」


「馬車の時も今回のことも助けてもらって、ありがとうございました!」


 桃子もバル様の隣で両手を前に揃えて、精一杯丁寧に頭を下げる。


「礼は受け取ろう。だが悪しきものを野放しにしたは、我等神の失策でもある。アレは遥か昔、我と同じ神であった。しかし、自ら加護を与えた人間を呪い、悪しき存在に身を堕としめたのだ。レナトスは我が友でもある。故にその懇願を聞き入れ封印という形で収めたが、過ちであったようだ」


 軍神様が赤い目を眇めた。消滅したと言うその神のことを悔やんでいるのかもしれないね。神様達の事情はわかったけれど、自分が加護を与えた人を呪っちゃうって、よっぽどのことだよ。それだけ強く憎んでたってことなの? 神様だったっていうフィーニスと加護を与えられたその人の間に一体なにがあったんだろう? 桃子の中では新たに疑問が浮かんでくる。


「あの、フィーニスが人を呪ったのはなんでなんですか?」


「それは言えぬ。人に法があるように神にも守らねばならぬ定めがある。その中でも最も犯してはならない禁忌をあの者は破ったのだ。悪しき存在となったあの者は、神だけでなく人間そのものを憎んでいる。だが、バルクライ、そなたの与えた傷が癒えるまでしばし時間は稼げよう」


「その猶予がどれほどあるか、お分かりになりますか?」


「そうよな……おそらく早くとも一月はかかろう。堕ちた身では治癒魔法は使えぬからな。しかし、傷が癒えればアレは再び災厄を引き連れ、お前達の前に現れようぞ」


 それは桃子も、そしてたぶんバル様も感じていることだった。害獣による襲撃は終結されたけど、今回のことはほんの始まりに過ぎない予感がビシバシしてるよぅ! 今回は皆助かったけど、大けがをした人だっているし、次回も上手くいく保証はない。こう思っちゃうのはすんごい欲張りなんだろうけど、誰にも怪我はしてほしくないんだよ。不吉な予感に慄いてプルプル震えていると、軍神様に頭を撫でられた。


「そなたは此度も、我が加護を与えるにふさわしき者であるとその行動で示した。なればこそ、今回の件に関わらず我はそなたに力を貸し、その声に応えよう。モモ、我は封印に使いし地を調べに行く。なにか見つけし時はそなたにも知らせよう」


 軍神様はそう言い残すと、一瞬の白い光となって消えてしまった。神様って素早いね。膝を上げたバル様に再びだっこされると、カイ達ルーガ騎士団の人達もさっと立ち上がる。遠巻きにしていた請負人の人達が近づいて来れば、お店の中にもほっとしたようにざわめきが戻っていく。


「団長! そろそろ請負屋の頭目も戻ってくるはずですよ。中で待たせてもらいましょう」


「あぁ。怪我をした者は手当てを受けて身体を休めろ。今回の危機は脱したと判断していい」


 カイは普通だけど、ルーガ騎士団の団員さんと請負人の視線が痛い。あのぅ、そんな凝視されても、なんにも出てきたりはしないよ!? 軍神様を呼ぶって決めた時から覚悟はしてたけど、請負屋さんの中に戻ったら、周囲の無言の視線がバル様の腕の中にお邪魔中の桃子にやっぱり飛んできた。


 戸惑った様子でざわついている人達に、桃子も困り顔になっていく。空気が固いよぅ。うーんと、えーっと、お、踊るべき? そうしたら空気柔らかくなる? それならあの、簡単なので良ければ踊るよ? 唯一まともに踊れそうな、キャンプファイヤーで覚えた踊りを心の中でこっそり提案してみる。


 どうしようか困っていると、レリーナさんが走り寄って来た。


「モモ様!」


「レリーナか」


「お止め出来ずに申し訳ございませんでした、バルクライ様。モモ様がご無事で本当にようございました! 飛び出して行ってしまった時にはどうなることかと……っ」


「な、泣かないでレリーナさん! 軍神様が来てくれたからかすり傷もないよ!」


 目を潤ませる美人な護衛さんに桃子は慌てる。あたふたと両手を左右に動かしていると、バル様に両脇を抱えられてレリーナさんに差し出された。細い両腕が羽ばたくように広がって、ひしっと抱きしめられる。豊かなお胸に顔が埋まりかけてアップアップと息が詰まる。慌てて顔を横向きにずらせば、ルイスさんと目が合った。


 請負屋から飛び出した時、呼びとめてくれた沢山の声の中にルイスさんのものもあった気がする。だけど、今は何を思っているのかわからない目をしていた。観察しているともとれるその真剣な眼差しは親しみやすかったおいちゃんにはなかったもので、やっぱり軍神様に加護を与えてもらってるから、見方が変わっちゃったのかもしれない。そう思ったら、どうしようもなく寂しくなった。


「おいちゃん……」


 ぽつんと呟いた声が届いたのか、ルイスさんがこっちに近づいてくる。桃子はレリーナさんの腕の中で、桃子は狭まる距離から逃げるように、豊かなお胸に顔を伏せさせてもらう。心を楊枝でつつかれてるみたい。反応が怖くて全力で逃げたくなる。誰かシーツを投げて! 今すぐその中に隠れたい。


「団長さん、ちょっといいか? モモちゃんと話をさせてほしいんだが」


「……確か、モモを助けた請負人だったな? 人攫いの件では助かった。見た通り、本人は周囲の視線が堪えているようだから、どこか人目のないところで休ませてやりたい」


 レリーナさんのお胸に埋まる桃子の様子を見てか、バル様がやんわりと断りを入れてくれる。後頭部に視線を感じるけど、桃子はただいま留守です! と背中で語ってみる。実際は語るほどの威厳と貫禄はないんだけどね!


「正確には請負人兼神官でもある。少しだけだ、頼む。──モモちゃん、おいちゃんと話すのは嫌か?」


「…………」


 落ち込んだように声尻を弱めるルイスが気になって、桃子はレリーナさんのお胸からちょっぴり顔を上げた。まだ留守だよ、留守だよ……目で訴えながらルイスさんに目を向ける。

 

 再び二人の視線が結ばれた。ルイスさんの顔は予想と違って前と変わらない柔らかなもので、ほっとしたように口元を緩めている。……あれ? さっきと違う?

混乱して桃子は目をぱちくりする。


「モモちゃんが軍神の加護持ちだったってことには驚いたけどな、おいちゃんとしては、モモちゃんとはこれからも普通に仲良くしたいと思ってるよ」


「本当?」


「本当だとも。でもな、それとは別に1つだけモモちゃんに頼みたいことがあるんだ。今度話だけでも聞いてほしい。──あぁ、ようやく来たな」


 ルイスさんの視線が入口に向けられる。レリーナさんが振り返ったので、桃子の視界にもその光景が見えた。


 ジャックさんが先頭を走り、その後ろにぞくぞくと続く馬には白い衣装が波打っている。ルイスさんの声に応じてくれた神官さん達がやってきてくれたのだ。その数、およそ30人。彼等は請負屋の前で馬を止めると、慣れない様子で馬から降りてずらりと並ぶ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る