115、モモ、叫ぶ~隠したお菓子と切り札はここぞという時に使います!~後編

「おいっ、誰か止めろ!」


「お嬢ちゃん、外に出るんじゃない!」


「お戻り下さい、モモ様!」


「モモちゃん!」


 引きとめようとしてくれる声を背中で受け止めて、桃子は道の半ばで立ち止まった。視線の先では露店に突っ込む害獣と戦う人々が、凶悪な爪を剣で受け流したり攻撃したりと、激しい攻防を繰り広げていた。


 団員と請負人が害獣と戦う激しい喧騒の中なのに、不思議なほどバル様とすんなり目が合った。無表情でも美形さんだけれど、驚きに目を大きく見張っていてもやっぱり端正なお顔をしてるね。怖すぎて呑気な思考に逃げてたけど、ここで大きく息を吸う。うんっ、今こそ呼ぶべし!


「──お願い、どうかここに来てください! 軍神ガデス様ぁぁぁぁ──っっ!!」


 桃子はお腹の底から声を出して桃子は叫んだ。その瞬間、上空で光が弾ける。そして、神々しい光を放ちながら軍神様が降臨した。軍服姿に抜き身の剣を片手に携え、ベレー帽の下から美しい赤い双眼が桃子を見下ろす。


「我が加護を与えし者、モモよ、我になにを望む?」


「バル様達が戦えるように、フィーニスの暴挙を止めてください!」


「──応。そなたの願いを聞き入れよう。人の世をかき乱す、罪深き堕ちた人外よ。軍神ガデスの力をとくと味わうがいい」


「身勝手な神が人の声に耳を傾けるとはね。軍神ガデス、昔のあんたからは想像どころか考えもつかない姿じゃないか。それほどに、あんたが加護を与えた者は特別なのかな? それは……心底気に入らないね!」


 口元を歪めたフィーニスが、再びパチンッと指を鳴らす。複数の黒い光りが集まり、桃子に向かって放たれた。


「モモッ!!」


 バル様に焦った声で呼ばれたのは聞こえたけれど、一瞬のことに反応が遅れてしまった。当たっちゃう! 思わずきつく目を閉じると、体が攫われた。


「死なせぬ」


 静かな声に目を開けると、空中で軍神様の小脇に抱えられていた。足元をちらっと見たら、地面にはポコッと穴が開いていて土埃が僅かに舞っている。下手したら身体に大穴が空いていた可能生が……想像したら、ぶあっと冷や汗が背中に浮いた。


 お子様でよかったよぅ!! ちょっと前まで十六歳だったらと思っていたことを忘れて、小さな身体に全力で安堵する。お子様万歳! と称えたら、えっへん! と心の中で五歳児の精神が胸を張った。


 桃子達に気を向けたせいか、黒い渦が消えていく。これでひとまずバル様達の危険は減ったようだけど、安心はまだ出来ない。


「ふふふ、別に今本気で殺す気はないよ。ちょっと腹が立ったからね、可愛い八当たりさ」


「我が加護を与えたと知ってなお、攻撃するとは愚行ぞ。やはりあの時、お前を消滅させておくべきだったか。──お前の兄、レナトスをどうした?」


「オレを封じるために随分と力を使っていたようだから、内側からじわじわと喰らってやったよ。消滅する寸前まで、オレを説得しようとしていたけど。まったく馬鹿な兄さ。他に助けを求めもしなかったんだからね」


「元は同属の、それも兄神を手にかけるとは……もはや語るべきことはなし。お前を今ここで消滅させるが、我が責務よ」


 頭の上で交わされる言葉に、驚きの新事実が何個もあったんだけど、どんな反応をしたらいいの!? 桃子は相変わらず軍神様の小脇に抱えられながら、顔だけは必死に正面に向けていた。そろそろ首が重いです。


「風の精霊よ、モモを守れ」


 軍神様がそう言いながら手を放すと、緑の光がぼんやりと点滅しながら桃子の周りに集まってくる。優しい風が吹いてゆっくりと請負屋さんの前に下されていく。ひょーっ、私空飛んでる! ……はしゃいですみません。激烈とか熾烈とか格好いい漢字がつきそうな、すんごい戦いが始まりそうなんだけど、五歳児の弾む心を押さえられなかったの。軍神様が来てくれたから、ちょっと安心しちゃってるんだよね。心が緩んでるから、ほあっと気合を入れたら、同じタイミングで軍神様とフィーニスの戦いが始まった。


 軍神様が一瞬でフィーニスの前に移動すると、いつの間にかその手に持っていた剣で男を切りつける。しかし、フィーニスはそれを真っ黒な剣で受け止めた。カンッ、キンッ、と切り結んでいるけれど、空中で滑るように動きながら戦っている。


 切りつけられれば、上体を後ろに反らせて避け、後ろに飛んで距離を取り、フィーニスが左の手から黒い光の玉を生み出して、軍神様に何個も飛ばす。軍神様は剣で全ての黒い光の玉を弾き返し、突撃する。鋭い突きに、フィーニスの頬が裂けて血痕が宙を散った。軍神様の方が押しているように見えるけど、不敵な余裕は崩れることがない。


 その時、ガアアッ、ギャンッと狼の悲鳴が複数聞こえた。バル様の方だ! 桃子が慌てて空から地面に視線を戻すと、バル様が突き出した剣の先から、滝のような水鉄砲が飛び出していた。その水圧で灰色の狼達が次々とふっ飛んでいく。


「今だっ、止めを刺せ!」


 バル様が指示を飛ばすと、石畳に叩きつけられた狼達にカイと請負人が剣を振るう。──グギャアアアアッ!! 残り三体を相手にしていた混同チームが害獣を打ち倒した。灰色の巨体がゆっくり傾き、ドドッと横に倒れる。これで全ての害獣が討伐されたことになる。残るのは、フィーニス、ただ一人!


「あれだけの害獣をすべて倒すとは、なかなかやるねぇ。今回の玩具は長持ちしそうで嬉しいよ」


「我が加護者に手出しは許さぬ。お前が行くべき先は無よ。魂さえも塵と化してくれよう。レナトスに悔いながら消え去るがいい」


「モモちゃんがそんなに大事かい? それならオレが苦しみの淵に叩きつけて壊してあげるよ!」


「──苦しむのはお前の方ぞ」


「ぐあっ!?」


 突如、フィーニスが苦痛の声を上げた。その背後には風を纏うバル様がいた。風魔法を使い、風圧で空を飛んで背後から切りつけたのだ。フィーニスの傷口から鮮血が噴き出し、ボタボタと石畳を赤く汚す。ひぇぇっ、痛い! 敵だってわかってるけど、自分の身体が痛い気がして思わず顔がしかめっ面になる。フィーニスはぐらりとよろけた身体で、ぎこちなく振りかえる。その顔は苦痛にゆがめられながらも、口元の嘲りは消えない。


「は、ははっ、まさか背後から襲ってくるとはねぇ。ルーガ騎士団師団長も、随分と卑怯な手を使う」


「何とでも言え。無力な相手に力を振るうような男に、払う礼儀は持ち合わせていない」


「ふふふ、あはははっ、痛い思いもしたことだし、今日は撤退させてもらうよ。あんた達がオレと同じ憎悪に堕ちる日を楽しみにしてる」


「行かせぬ!」


「逃がさん!」


 軍神様とバルが両側から挟み打ちで一閃した場所には、フィーニスの姿はなかった。なんて逃げ足の速い。二人は周囲を警戒するように首を巡らせると、完全に気配がないことがわかったのか、剣を納める。固唾を飲んで様子を見守っていた請負屋からは、助かったという喜びの歓声が上がり始める。


「すまない、モモ。仕留められなかった」


「そんなのいい! バル様達が無事でよかったよぅ……っ」


 足元にぎゅっと抱きつく。緊張の連続で、五歳児の心臓がなんど悲鳴を上げたことか! バル様にひょいっとだっこされる。ほぁぁ、安心する。ぽんぽんと宥めるように背中を叩かれて首筋にすがりつかせてもらう。フィーニスが何者なのかは、軍神様に聞かなきゃわからないけど、危機は脱したみたい。桃子は頭に浮かぶ疑問をひとまず忘れて、今は皆で無事に助かった喜びを噛みしめることにした。

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