105、モモ、奮い立つ~困った時の助けは誰かを思いやる心だったりする~後編
「……わかった。私達も協力するわ」
女の子がそう言った瞬間、外でおかしな風音がした。ゴーゴーとドライヤーを耳元でかけてるような暴風音が聞こえてくる。同時に、馬車の仲が激しく揺れて馬が大きく
「な、なんだあれは!?」
「どうなってんだ! やべぇぞ、逃げろ!」
馬車の震動が止まると、慌てふためた様子が伝わってきた。なにが起こっているのかわからないけど、馬車が止まっている。脱出するなら、今しかない!
「レリーナさん、ギル、どうにかして扉を開けよう!」
「はいっ。このボロ具合なら、蹴りつければ扉を壊せるかもしれません。モモ様、その子達と一緒に離れていて下さい。──はぁっ!!」
言われた通りに他の子達と後ろに集まると、レリーナさんが勢い良く足を振り上げた。風がなるほど蹴りに力を乗せて振り抜き、ブーツを扉に叩きつける。ドォンッ! と音がして馬車が一瞬揺れた。扉が軋み、目に見えて簡素な扉が撓んだ。その蹴りの迫力に、頬とお腹の痛みを一瞬忘れる。レリーナさん、かぁっこいい……っ!
「もう一回! やぁっ!!」
ミシミシと木製の扉が悲鳴を上げる。しかし、そこは簡素と言っても馬車の扉なだけあって壊れるまではいかないようだ。
「くっ、固いですね」
「レリーナさん無理はしないで。他の方法を考えてみよう」
「あの、扉よりも壊しやすそうな部分を探すのは?」
今まで黙っていた女の子が遠慮がちに意見を出してくれる。けれど、男の子がため息をついて首を振る。
「扉は閂(かんぬき)が下されてるし、床や壁って言っても馬車の板だぞ。ぶち抜けるほど脆くはないだろ」
「どうしよう……」
「でも、でも、やってみなきゃわからないわ!」
「……静かに! 外から変な音に混じってなにか聞こえてくる」
ギルが扉を睨む。全員口を閉ざして耳をすませる。桃子も必死に耳を使う。すると、暴風音の中にドカッ ドカッと重いものをぶつかりながら近づいてくる。よく耳にするそれは、馬が駆ける足音だ!
「誰かこっちに近づいてきてるんだ。助けを求めれば聞こえるかも!」
桃子達は扉に飛びついて必死に叩く。ガンッガンッガンッ、お願い、気付いて!!
口を開くたびに頬が痛むし、腕を動かせばお腹も痛む。だけど構ってられないよね! こんな声を出したのは初めてってくらいの大きさで叫び続ける。
「ここにいるの!!」
「お願いします!」
「助けてぇ!」
「開けて! 開けて!」
「誰でもいいから来てくれ!!」
「助けてくれっ!!」
叩き続けたおかげなのか、馬の足音がすぐ近くで止まった。相変わらずドライヤー音はしてるけど、外側からガンガンッと返事のように音が返ってきた。皆、ぴたりと動きを止める。
「おいっ、モモちゃんと護衛の子は無事か!?」
「えっ!? おいちゃん!?」
「よかった。無事だな。よし、今開けてやるからな!」
どうしておいちゃんことルイスさんが来てくれたのかがわかんないけど、助かったみたい。
外側から扉が開く。薄暗い場所に外の日差しが差し込んで眩しい。逆光の中、ルイスさんの姿が見える。ちょっとぼやけてるけど、その後ろには馬に乗った男の人達がいるようだった。おいちゃんのお友達?
「なんてこった。お前達は孤児院の子か? モモちゃん、あぁ……酷いな。左頬が真っ赤だぞ。他に痛いところは?」
「ちょっとお腹が痛いだけ」
「腹もやられたのか? 護衛のお嬢さんも怪我をしてるようだし、請負屋で手当てしような。だが、先に移動だ。ここは危険だからひとまず離れよう」
「なにが危険なのですか? 外はどうなっているのです?」
「馬車の前を塞ぐように大きな風の渦が出来てる。こっちに来ない内にさっさと離れよう。おーい、この子達を乗せてやってくれ。モモちゃんは、オレが乗せてやるからな」
両脇に手を差し込まれてひょいっとだっこされた。お子様の身体は小さいからひょいひょいだっこされ放題だよ。片腕で抱えられて馬に乗せられる。その後ろにルイスさんが騎乗する。
「モモ様をよろしくお願いしますね」
「おう。おいちゃんに任せとけ。お嬢さんは怪我に障らないように無理はするなよ」
「私のことはいいのです。モモ様のことを優先してください」
「あの、心配しなくても行き先は同じです。貴方にはオレと相乗りしてもらうことになるんですけど……」
身体がおっきな男の人がそわそわしながらレリーナさんに話しかけている。うっすらと頬が赤い。体格はおいちゃんより大きくてがっちりしてるけどピュアそうな人だ。レリーナさんが美人さんだから照れてるみたいだね。
「えぇ。お願いします。──はっ!」
「あ……」
男の人がぽつんと声を落とす。伸ばしかけた手をさりげなく下ろすのを見ちゃったよ! 負傷してるから手を貸そうとしたんだろうけど、レリーナさんの動きの方が早かったようだ。気落ちしないで! きっと話せるチャンスはまだあるよ!
心の中で声援を送っていると、視線が合う。あれ? なんか見たことあるような? けど、どこで見たことあるのかはちょっと思い出せない。
「お? 風の渦が消えてくぞ」
おいちゃんの声に桃子は馬車の前に顔を向けた。白い竜巻のような渦が空に細く伸びていく。その中に、緑色がきらきらと光っている。あれは──風の精霊だ。
「やれやれ、無事に消えたな。まるで馬車の位置を知らせるように発生してくれたから助かったぜ。一度見失っちまったから、あの風の渦が見えなきゃ追いつけなかったかもしれない」
「そうなの? 不思議な偶然だねぇ?」
「運がよかったんだろう。あんな魔法を使うとなったら人並み外れたセージが必要になるから、普通の人間にはまず無理だ。あぁでも、神なら出来るか」
なんてな、と笑うルイスさんに、桃子はぴんときた。神様なら、桃子に加護を与えてくれた軍神様がいる!
「こっちは準備出来たぞ!」
「おぉ。請負屋に向かうぞ。モモちゃん、動くからじっとしておくんだぞ。お互いの事情はそこで話そうな」
ルイスさんに頭を撫でられて、桃子は頷きながら背後の固いお腹に頭を預けた。ずっと緊張状態だったから、ようやくほっと力を抜けるよぅ。痛むお腹を避けるように腰に片腕が添えられると、馬がゆっくりと動き出した。
「……軍神様、ありがとうございます」
背中のルイスさんに聞こえないように、桃子はこっそりと晴れ晴れしい空を見上げてお礼を伝えた。
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