106、バルクライ、知らせを受ける
* * * * * *
その時、バルクライはルーガ騎士団執務室にて、害獣討伐の重要な要となる神官達と対面していた。
「お初にお目にかかります、バルクライ団長。私は次期大神官候補であられるガラバ・エイデス様の補佐ヒューラ・ルフと申します」
「私はドミニク・ビアンセです。ディアンナ・マイカ様からは、害獣討伐に向かって力を合わせたいとのお言葉をお預かりしております」
「ありがとうございます。しかし当人にお越しいただけないことが残念でなりません。団長も私も、お二方とはぜひ直接会ってお話をしたかったところです」
「ガラバ様もそう申しておりましたな。しかし今回は生憎と都合がつかなかったのですよ。そのお言葉はお伝えしておきましょう」
「こちらも多忙でして、都合がつかなかったことをお詫び申し上げます。けしてルーガ騎士団をないがしろにしているのではないことは、ご理解頂きたい」
キルマージの冷え冷えとした笑顔の当て擦りを、大仰な仕草と無表情でかわす二人は、それぞれの派閥が差し向けただけあり肝が据わっているようだ。腹の探り合いに一歩引いた三人目の使者にバルクライは話を振る。
「お前はどこにも所属していない者達の代表と考えていいのか?」
「は、はい! タオ・ザルオスと申します。その認識で大丈夫です。僕はどこにも属さない人達の代表で来ました」
他の神官に不審に思われないように初対面の振りはしているが、この青年こそ、モモが攫われた時に手助けしてくれた相手だ。まだ年若いが、今回は代表として来るとは予想外な応援だった。
「神殿内部の様子はどうだ? 大神官の失脚からしばらくなるが」
「ルーガ騎士団の方が見守ってくださったおかげで混乱事態は終息しました。ですが今はエイデン様派、マイカ様派、どこにも入らない者と分かれています。お二人のどちらかが大神官におなりになれば自然と纏まっていくと思いますが……」
言葉を濁すのは、二つの派閥代表者の目があるからだろう。内部に送り込んでいる者に報告は受けているが、やはり、思わしくない様子だ。バルクライはヒューラとドミニクに静かな目を向けた。
「害獣討伐部部隊に出てもらう人選は進んでいるのか?」
「えぇ。私達から十五人を派遣する予定でおりますよ」
「こちらも同じく十五人をお付けします」
「僕達のところからは約三十人ほど集まっています」
「……合わせても六十ですか。今回の討伐にはせめて八十は欲しかったところです。やはり次の大神官が決まっていないことが大きいようですね」
「そうはおっしゃいますが、一年前の討伐には六十二人で向かったのですから、少し減りはしましたが、それほど大きな違いはないのでは?」
「こちらとしては、慎重を重ねたい。手厚い守りがあれば団員が動きやすいと考えている」
「団長のおっしゃる通りです。どうか、もう少し増やすことを検討してくださいませんか?」
「上にお伝えすることは出来ますが、この場で明確にお約束はできませんな。団長様は王族であられますから、我等神官貴族一同はご協力するのもやぶさかではございませんが、中にはルーガ騎士団と言えども庶民の団員に同行することを否と申す者もございます。こればかりは強制することも出来ませんからなぁ」
「……大きな治癒魔法を使える神官は神殿内でも貴重な存在です。けして惜しむわけではありませんが、命がかかる場においてその覚悟のないものは却って足手まといになりましょう。ですから、こちらも『お伝えしましょう』とだけお答えしておきます」
でっぷり太った腹を突き出すように胸を張って答えるヒューラに、キルマの笑顔が凍えたものにスライドする。この傲岸不遜な態度に怒りを懸命に堪えているのだ。バルクライはため息一つで苛立ちを消滅させて、団員並に体格のいい実直そうな男を見据える。
ヒューラのようにあからさまに貴族としての傲慢な振る舞いこそ見せないが、バルクライ達の言葉を常に観察している様子から見ても、ドミニクは頭の切れる男のようだ。
「だが、無駄死にする団員が出ることは神殿側も望むところではないはずだ。オレ達は命を張り、害獣討伐に向かう。補佐として同行してくれる神官は必ず守る。命を張らせる為に同行を頼んでいるのではないことは、知っておいてほしい」
「国の為にもご協力をお願いします。それから、我々や貴方方が欲しいのは、無理やりにでも神殿内部を纏められる力のある神官であるはず。私利私欲に塗れた神官(もの)の末路がどうなったかは、もはや誰もが知るところでしょう。新たな大神官がそうならないことを願います」
キルマが冷えた笑みを乗せて睥睨すると、ヒューラの大きな身体が僅かに震えた。バルクライは頭を巡らせる。……陛下に進言するべきか。しかし、神殿という国の中核を担う独立組織に、同じ中核に属すものの対局に位置するルーガ騎士団が口出しするのはどちらにとっても良いこととは言えないだろう。
モモが攫われた事件は終息したとはいえ、大神官という内部の膿を切り出したばかりの傷口はまだ新しく、癒えていないのだ。新たな傷が遺恨となり病んでしまうのは避けねばならない。それが後々大きな問題を生む可能生もある。バルクライは難しい決断を迫られていた。
「まだ日はありますよね? 僕も今回は同行者ですし、周囲に声をかけてみます」
「あぁ、頼む。──二人にもこの件を持ち帰り検討を頼みたい。いい返事を期待する」
「えぇ、お伝えしましょう」
「それでは私も失礼させていただきます」
「僕はもう少し詳しく討伐時期について詳しくお聞きしたいのですが、いいでしょうか?」
「あぁ。こちらも人数について把握しておきたい。キルマ、詳細のメモを頼む」
「はい」
これ以上の進展は見込めないと判断し、バルクライは話を切り上げた。会釈して出ていく二人を見ながら、今後のことを想定する。進言する以外の手も考えてはいるのだ。ただ、それにはどうしても仲介者が必要となり、隊長クラスにその適任者がいないことが問題だった。
扉が閉じて二人の神官が消えると、バルクライは椅子に深く座り直す。直接交渉するのも一つの手ではあるが、それにはキルマが反対した。ルーガ騎士団の団長が自ら交渉に乗り出すのは相手に安く見られる可能生があるというのだ。本音に言えば、師団長という立場がどれほどのものだ、とは思う。プライドや誇りだけでは団員の命は守れない。守るべき者を守れない立場に価値などあるのだろうか?
「頭の痛い問題ばかりですね。気分がすっきりするハーブティーでもお入れしましょう。タオにも入れて差し上げますから少し待っていてくださいね」
「えっ!? あ、ありがとうございます!」
「……キルマが入れるものは上手い。よく味わうといい」
「はいっ。神殿の皆に話すためにもじっくり味わいます」
力強く返事を返すタオを見ていると、モモの恩人である相手に言うことではないが、まるで子犬が主を慕っているように見える。この素直な気質はモモと少し似ているかもしれない。……今夜くらいは屋敷に帰りたかったが、難しいな。
屋敷に帰りたいと思うのは、モモのことが気になるからだ。仮眠をとるためにベッドに横になると、いつも隣にあった温もりを思い出す。モモは一人でも眠れているだろうか。レリーナに頼んではあるが、セージは足りているだろうか。寂しいと泣いてはいないだろうか。そんなことを考えるのだ。そして、そう思う自分に驚く。仕事以外で、これほど誰かを気にかけるのは初めてだった。
「やはりご多忙なのですね。僕にもお手伝いが出来ればいいのですが。手が必要でしたらいつでもお声をかけてください」
「お前には前回も今回も十分助けられている」
執務机に重ねられた紙の束を見たのだろう。申し訳なさそうに落とされた声に否定を返し、バルクライは雲のかかったように重い頭を手で押さえる。頭が重いのは仕事に忙殺されていることだけが原因ではないだろう。モモに添い寝するようになってから格段に睡眠の質が上がってしまったために、今の睡眠では満足出来ていないのだ。それも長く続けば、いずれはそれが当たり前に戻ってしまうだろうが、その前に問題を一掃したいところだ。
その時、ノックの音がした。まるで焦るように音の間隔が狭く、慌ただしく聞こえた。バルクライはすぐに入室の許可を出す。
「入れ」
「失礼します、団長」
入室してきたのはカイだった。表情に緊張の色が見えたために、緊急事態を察して視線で話を促す。すると、部下の口から出て来たのは予想外の事態だった。
「実はレリーナの使いを名乗る請負屋の男が受付に来てまして。──モモと彼女が事件に巻き込まれて怪我をしたと」
その知らせに、バルクライは無意識に荒々しい音を立てて椅子から立ち上がっていた。
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