102、モモ、答え合わせを望む~いがみ合うより手を取り合えば大きな力になるの~

 欠伸を堪えるようになって五日目。同じ日数だけバル様に会えていない桃子の目は今日もしょぼついていた。五歳児になっているせいなのか、それともバル様の魅惑の添い寝がすっかり癖になっているのか、やはり眠れていないのだ。でも今なら眠れちゃいそう。なんで出来ない時に限って眠くなっちゃうのかなぁ?


 ゆるい震動が揺りかご効果を発揮しているのだろうか。馬上という危険地帯に居ながら、うっかり眠りそうになっている。豊かなお胸のぽんより具合をこめかみに微かに感じながら桃子はぽやぽやとそう考えていた。


「大丈夫ですか? そろそろ請負屋に着きますよ?」


「がんばるの……」


「眠いのですね。一昨日、昨日と探していますが今日見つかるとも限りませんよ?モモ様のお身体に障るといけませんし、体調を整えて後日にいたしませんか?」


「でもバル様がいつ帰ってこられるかわからないし、努力するけどね、私がそれまでに眠れるようになるかも微妙だもん。やっぱり短期決戦がいいと思うの。そのためにも、本人を捕まえなきゃ」


「では、こういたしませんか? 今日捕まえられなければ1日だけお休みとしましょう。モモ様の幼いお身体には適度の休息が必要でございますよ」


「……うん、そうする」


 口調を強めるレリーナさんに、桃子は迷ったものの結局了承した。幼い身体は十六歳の時よりも弱くて脆い。もどかしくて、うがぁってなるけど元の身体と同じ扱いは出来ないもんねぇ。それに、レリーナさんがただの護衛ではなくて親身に心配してくれてるのはちゃんと伝わっていた。


 依頼書のこともあるからどうしても気が急く。捨てられちゃってたら諦めるしかないけど、どんな結果になっても覚悟は出来てる。辛いけどね!

 

 眠くて半分しか開かない目で、道を行き来する人々の中にギルがいないかを探す。請負屋に仕事を貰いに来るはずだから、捕まえるのは簡単だって最初は思ってたのに、これがなかなか見つからない。行き違いになってるの? 今日こそは! と桃子は下がる瞼を必死に瞬かせた。


 その時、脇道から出てきた子供を見つける。紺色の髪に着古した服を身に着け歩く後ろ姿は、ずっと探していたものだった。


「レリーナさん!」


「お任せを!」


 察してくれたレリーナさんが、馬の横っ腹を足で軽く蹴り速度を上げさせる。近づく馬の足音に気付いたのか、ギルが振り返った。そして一瞬驚くと慌てたように走り出す。


「待って、ギル! ……サバク先生のこと、知ってるよ!!」


 駆け出そうとしていた足が止まり、ギルが振り返った。空色の目がこちらの真意を推し量るように暗く光っている。桃子は慎重に、けれどにっこりと誘いかけた。


「私とお話ししてくれるよね?」



 ギルが会話に応じる代わりに桃子とだけ話をすると言った。レリーナさんが一緒だと自分に分が悪くなると感じているのだろう。桃子は反対するレリーナさんを説き伏せて見えない場所で待機する形で納得してもらうと、人目につかない狭い裏路地でギルと話をすることにした。

 近くの木の柵に乗っかって、ギルが桃子を見下ろす。


「話ってなんだよ」


「サバクさんは悪い人、だよね? 寄付してもらったお金を正しく使ってないもん」


「……なんで、そう思うんだよ?」


「最初に違和感を感じたのは、孤児院でサバクさんに会った時だよ。ギル達の服はみんな着古した服だったのに、サバクさんだけ綺麗な服を着てた」


 それが桃子のずっと無意識に引っかかっていたことだったのだ。ミラとお茶会をしていた時にお母さんの話がちらりと出たが、その時に思ったのだ。孤児院の先生という立場のサバクさんは、そこで暮らす子供達からすれば保護者、つまりは親にあたる人のはずだ。なのに、普通の親が子供の服よりも自分の服にお金をかけるものなのかなぁ? と疑問に思ったのだ。


「私には親っていうのがよくわかんないんだよねぇ。だから、それだけで黒って決めつけるにはちょっと根拠が足りなかった。だけどね、孤児院に寄付しているお家の子が先々月にもお金を寄付してるって言ってたんだよ。なのに、ギル達の服を買えないわけがないもんね?」


 ダレジャさんの熱い人柄を見るに、きっと快く大きな金額を寄付してくれたはずだ。はっはっはっと白い歯を煌めかせるダレジャさんを想像する。冬も寒さ知らずに元気そうだ。


「お前、本当に子供?」


「えっ!?」


 ちょっと逸れたことを考えていたらギルに突っ込まれた。空色の目が桃子を鋭く見ている。疑わしそうにじっとりと見られて、冷や汗がじわっと背中に浮く。


「たったそれだけのことでそこまで思いつくなんて、普通じゃないだろ。お前、変。孤児院のチビはもっと子供だぞ」


「ご、五歳だよ? それにギルだって似たようなものじゃない?」


「……まぁ、オレには関係ないからどっちでもいいけど」


 めちゃくちゃ怪しまれてます! 倒れかけた五歳児の張りぼてを必死に支えるけど、興味が失せたように半眼を逸らされた。セ、セーフなの?  


「話を戻そうね! ギルが否定しないってことは、サバクさんのことは合ってたのかな?」


「そんなこと孤児でもないお前には関係ないだろ。それとも自分が裕福な暮らしをしてるから、面白がってるのか? 知ってどうする気なんだよ?」


「えぇっと、そう、交換条件! 孤児院のことを解決するかわりに私の依頼書を返してほしいの!」


 冷えた目を戻されたので、咄嗟に思いついたことを伝えてみる。ただ手助けしたいと申し出てもギルは絶対に拒否する気がしたのだ。うん、意外と名案なんじゃないかな? けれど、ギルは馬鹿にするように鼻を鳴らした。


「解決なんか出来るかよ。サバクの奴がやってるのはな、お前やオレには絶対に解決出来るレベルの問題じゃない。奴はオレ達を売り物として扱ってるんだからな!」


「まさか子供を売ってるの!?」


「これでわかっただろ。ガキの手に負える話じゃねぇんだよ。お前の保護者だって下流か中流の貴族だろ? 奴が取引してる相手には上流貴族もいるんだ。だから、オレ達がどんなに訴えても簡単に揉み消されて、もっと酷い目に遭う。お前の依頼書は捨てた。残念だったな? 取引はどっちにしても出来ないぞ」


 ギルが吐き捨てたのは人身売買の現実だった。昏い目を地面に落とすと、木の柵から飛び降りた。桃子はそのまま去ろうとする小さな背中に待ったをかける。


「私の保護してくれてる人なら中流貴族より立場は上なの! それに犯罪関係にも強いから絶対に助けてくれる。だから、サバクさん、ううん、サバクの罪を暴くためにも、孤児院の皆を助けるためにも、私と一緒に証拠を手に入れようよ!」


「……中流以上って、本当なのか?」


「嘘じゃないよ。それに証拠になりそうなものは、もう知ってるの。孤児院に行った時に見つけた帳簿がたぶんそう」


「お前の依頼書はもうないってのに、どうして関係ないオレ達のことを助けようとするんだよ」


「私自身に力はないけど、頼りになる知り合いがいて、助けられそうな立ち位置にいるからだよ? それに知ってる子達が辛い目に逢ってるのに、見なかった振りをするのは、なんかヤダもん」


 忙しい時期にすんごく心苦しいけど、証拠さえバル様に渡すことが出来れば、きっとすぐにルーガ騎士団として対応してくれるだろう。証拠は隠滅される前に確保しなきゃだし、そうすれば、バル様にかける迷惑は最低限で収まる、はず!


「依頼書のことは今はいいよ。全部終わってからまた話そう。今は協力するのかしないのか、ギルの返事が聞きたいの」


「……孤児院のことはオレ達の問題だ。だから、今回だけ手を結ぶ。今回だけだからな!」


 桃子が差し出した小さな手を、そっぽを向いたままギルの手が包んだ。 

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