101、モモ、眠気を堪える~異世界でのお茶会は女子会みたいなものかな~後編

 妖しい笑い声を上げてミラが喜ぶので、桃子も一緒に笑ってみた。二人の子供が笑い合う姿は傍から見ればほっこりするのかなぁ? 頭の中でタヌキの先生が首を振る。……え? なんか違う雰囲気がする? ホラー系な? ……気のせいだよ!


「そうそう害獣討伐と言えば、お父様のお友達の地方領主の方が数日前にお屋敷に来たんですの。来る途中、害獣に襲われて大変な目に遭われたそうよ。護衛がいくら反撃しても息絶えるまで襲うのを・・・・・・・・・・止めなかった・・・・・・とお聞きしましたわ」


「怖い話だねぇ。バル様達、大丈夫かなぁ……」


「それは心配ないでしょう? あの名高いルーガ騎士団ですもの。害獣討伐は毎年の風物詩みたいなものですわ。わたくし達はお屋敷で旦那様の帰りを待つ奥方のように、動じることなく信じて待てばよろしいのよ。それに、仲はよろしくないそうだけど、庶民からは請負人なる者が討伐に参加するとも聞きましたわ。両方で討伐すればすぐに終わりますわよ」


「ミラは情報通だねぇ」


「当然ですわ! 貴族の淑女たるものこのくらいは知っておかなければ。モモは幼いからこれからお勉強するのではなくて? わたくしのお話を聞いておけばお勉強する時にも助けになると思うわよ」


「うん。教えてくれてありがとう」


 桃子が素直に頷いていると、扉からノックの音がした。ミラが答えれば、案内してくれた執事さんが入室してくる。


「ミラお嬢様、モモ様、紅茶とお菓子をお持ちいたしました。本日のお菓子はこちら、バームクーヘンと呼ばれるものでございまして、数日前にご滞在されていた旦那様のご友人よりお贈り頂いたものです」


「バームクーヘンをモモは食べたことがあって? わたくし大好きですのよ! 我が屋敷では作れないので滅多に食べられませんの」


「えっと、これじゃないと思うけど同じ名前のお菓子なら、ま、前に食べたことがあるかなぁ?」


 元の世界でだけどね。ちょっと言葉に詰まっちゃったけど、ミラはバームクーヘンに目が釘つけで気付いてなさそうだ。ほっ。白いお皿に置かれたそれは、桃子の知るものと一緒だった。大きさは桃子の顔より一回り小さいくらいだろうか。美味しそうな焼き具合の外の層と、内側の優しい色合いが素晴らしい。二人は指でバームクーヘンを持って口に……ころり。


「ふおっ!?」


 桃子の指からバームクーヘンが逃げ出した。さらばぁ! と空中にダイブしたバームクーヘンは赤いカーペットの上でひと跳ねすると、コロコロと走っていく。まっ、待ってぇ!! 思わず伸ばした手の先でバームクーヘンは一口も桃子の口に入ることなく、パタリと倒れた。


「……っ」


 桃子は無言で涙を堪えた。心の中で五歳児が泣いている。食べたかった! 見るからに美味しそうだったのに、さすがに拾って食べるのははしたないだろう。でも、でも、食べたかった!


 執事さんがそっとお菓子を拾い上げて、慰めるように言ってくれる。


「モモ様、お泣きになることはございません。他の美味しいお菓子をすぐにご用意いたしますよ」


「必要ないわ。まったく、モモったら仕方ありませんわねぇ。わたくしのを分けて差し上げますわ」


「それじゃあ、ミラの分が減っちゃうよ?」


「あなたのことをお母様にお話したら、お母様がこうおっしゃったの。『わたしがミラにしてあげたことと同じことを、その子にもして差し上げなさい』って。だから、モモと分け合うのですわ」


 たぶん、いいお母さんなんだろうねぇ。桃子は両親と希薄な関係だったため、普通の母親がどんなものなのか、よくかわからないのだ。ドラマや千奈っちゃんのお母さんを見た限りでは、母とは自分より子供を優先するものなのかなぁとぼんやりと思い浮かぶ。


 千奈っちゃんのお母さんは、桃子にもとても親切にしてくれて、よく遊びに行くと泊まって行ったら? と声をかけてくれたり、大雨の日に家まで車で送ってくれたこともあった。実際にあったことを思い出していると、ミラが不器用な仕草でバームクーヘンを割って、半分を差し出してくれた。


 十六歳なのだから、我慢! と思っていたのだけど、お皿に置いてくれた気持ちが嬉しかったので、五歳児の本能に従うことにした。


「さぁ、仕切り直しですわ!」


 二人は一緒にバームクーヘンに食いついた。口の中で綻ぶバームクーヘンはとてつもなく美味しい。今まで食べたバームクーヘンの中で今一番に輝きました!


「美味しいぃぃ」


「そうでしょう!? 本当に美味しいんですのよ! 地方の特産品なのでこちらでは売っていないのが残念でなりませんわ」


 バル様達にも食べさせてあげたいよぅ。ほろほろ綻ぶバームクーヘンの美味しさを噛みしめていると、そっと紅茶の入ったティーカップが置かれた。執事さんが優しい目で見ている。お姉さんぶっているミラが微笑ましいのだろう。桃子はお礼を言いながら受け取って、紅茶を一口頂く。お口の中になんと! 花の香りが広がってくる!?


「素敵でしょう? これは貴族の淑女の間で流行っている花紅茶と呼ばれるものなんですのよ。お父さまに三カ月も前におねだりして、ようやく最近手に入れましたの。モモはわたくしのお友達だから特別にご用意したのよ」


「ありがとう! すごくいい香り」


 初めて飲む紅茶はバームクーヘンとよく合っていた。ふああああ、幸せ! おいしいものを食べれることに感謝しよう!


「モモは最近なにをしてらしたの?」


「お散歩を……あっ、ああああっ!?」


「ど、どうしましたの?」


 桃子は思わず大きな声を出してしまった。ミラが驚いた顔をしているのを余所に、頭がすぅっと冴えるのを感じた。孤児院、子供、労働、服、帳簿、母親、ソファ、先生。話したことやその時の情景が頭の中でくるくると回り、消えていく。白くなった頭の中に浮かぶ答えは──これだ!


「あのね、聞きたいことがあるの。ミラのお家は東の孤児院に寄付してる?」


「え、えぇ、していますわ。施設の子供たちも喜んでもいると施設長から聞いて、お父様も嬉しかったようで先々月も寄付をしていらしたはずよ」


「やっぱりそうなんだね。ありがとう、ミラのおかげでわかったよ!」


 ずっと抱えていた胸のもやもやが晴れて、桃子はミラに笑顔を向けた。

 見つけたのは、切り札になるかもしれない鍵。そして、それを切り札に代えるのはおそらく、ギルだ。

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