96、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~夜編

 窓から見える外が真っ暗になった頃、玄関の方から物音がした。ソファで丸くなっている内にうとうとしていた桃子は、バル様が立ち上がった震動で目を覚ました。うむむ、眠いね。目をパチパチさせて眠気を飛ばしていれば、上から美声がぽつりと降ってきた。


「……来たようだな」


「わーいっ、お出迎えだねぇ。私も行きたいの」


 桃子はバル様に両手を広げて抱っこをせがむ。すまぬ。だがしかし、今の余は一歩たりとも動きたくないのだ! 軍神様の振りをして心の中で宣言する。バル様は幼児全開の桃子に嫌な顔一つせずに抱き上げてくれる。その優しさが出来たばかりの傷口を優しく覆ってくれるようだ。……ぐずっ。余は泣いてなどいない。泣きそうなだけである。


 桃子はバル様の首にぎゅっとしがみつく。揺れが少ない腕の居心地は大変素晴らしいです。バル様抱っこのプロになった? もし、バル様が幼稚園の保父さんだったら大変なことになってたよ。園児と保護者のマダムに大人気のバル先生。私が抱っこしてほしくても、順番がなかなか回って来ない! ふぅ、バル様が今のバル様でよかった。


 バル様は桃子を抱き上げたまま玄関ホールに進んでいく。ホールにはレリーナさんとロンさんが既にいて、カイとキルマからルーガ騎士団の外套を受け取っているところだった。二人はバル様に一礼すると、そのまま下がっていく。仕事が出来る感がすごいする。レリーナさんもバル様に怒られなかったかなぁ? プレゼントがしたいっていう、私のちっさな野望のせいだから、ちゃんと謝っておこう。やっかいな護衛対象でごめんよ。


「こんばんは。今夜はお邪魔しますね、バルクライ様。──モモ、こちらに来て下さい。可愛いお顔をよく見せてください」


「うん?」


 どうしたのかな? キルマがちょっと暴走気味? バル様の腕からさっと攫われて、美麗なお顔がどアップに迫ってきた。あのー、さすがに近すぎませんか!? と思ったら、きゅっと抱きしめられた。


「モモは小さいですねぇ……ああ、可愛いです。私の癒し……」


「ハハハ、すみませんね団長。キルマの奴、ここんとこ胃に負担をかけているようでして。おいおい、潰すなよ? モモが眉を下げて困り顔になってるぞ」


「後少しだけです。はぁ……」


「お疲れ様。お仕事頑張ったんだねぇ」


 肩に温かなため息が当たる。そんなにお疲れならばと、桃子はキルマの頭をなでなでしてあげた。さらさらで綺麗な銀髪が麗しい。うっとりするような手触りだ。お手入れしっかりしてるのかな? 私はメイドさん達にまるっと洗ってもらってるからよくわかっていないんだけど、前よりも髪に艶があるよ。なでなで、なでなで、な……バル様の視線が強くなってきたぁ!


 カイがあちゃあと言わんばかりの様子で、額を手で押さえてる。どうすればいいのこれ? って目で尋ねるとキルマに視線を向けられる。なるほど。了解、カイ補佐官! 


「ねぇねぇ、キルマ。皆でご飯食べよう! 今日ね、私バル様と魔法の特訓してたの。そのお話もしたいなぁ。うん、残念ながら最後は精霊さんに弄ばれて終わっちゃったけどね……」


 桃子は遠い目をする。だってね、あの後何度もやったんだけど、精霊さんは呼んだー? って来たかと思うと、応えるとでも思ったかぁ! って言わんばかりの裏切りをするのだ。呼びかけに集まってくれるかと思えば、途中でどっかに行っちゃうから魔法が出ないで失敗しちゃうの。


 何度も何度も繰り返して、お腹がスースーしてきて、バル様ストップがかかった。最終的にセージを分けてもらって今日を締めたのである。ぐすんっ。


「弄ばれた、ですか?」


 キルマが興味を引かれたのか顔を上げてくれる。その時、いいタイミングでキュゥーっとお腹が鳴った。ナイスだね!


「モモはお腹が空いてるようだぞ。ついでにオレも空いてるよ」


「キルマ」


「えぇ、わかりました。モモ、そのお話は夕食を頂きながらゆっくりとお聞きしましょうね」


 バル様にだっこが移る。ほっ。無言の視線からは解放された。廊下を進むバル様の肩から顔を覗かせてカイと視線を合わせる。二人は頷き合う。任務を完了しました、カイ補佐官! 見事だったよ、モモ隊員! 厳しい戦いだったけど、次は栄気を養うためにも夕食を頂こう! 次の戦いに備えてですね、カイ補佐官!

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