95、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~魔法編

 小さな雲が空を気持ちよさそうに泳いでいる。お叱りを受けて反省した桃子は、バル様と一緒に庭に出ていた。お屋敷のお庭は広くていろんな果物の木が植えられている。花壇はないけど、足元を押し返す豊かな芝生は力強く根を張っているようだ。


 庭の中程で向き合った二人は、斜め上と斜め下で視線を交わす。だいぶ身長差があるから近いと首が厳しいこともあるよ! ちんまりと巨人? それでも、陽の光の下で見るバル様はため息が出るほど美しい顔立ちで、やっぱり美形さんだと再認識する。


「魔法を教える前に、改めてセージと精霊の関係を簡単に説明しよう。セージとは人間の内に存在する力だ。ただ、その量は人によって違う。少なければ魔法を使うことは出来ない」


「あんまり使える人がいないんだっけ?」


「あぁ。騎士団の中でも一部の人間だけが使用可能だ。魔法を使うにはこのセージを使い、精霊に呼びかける必要があり、その呼びかけに精霊が応えれば魔法が発現する」


「じゃあ、洗面所を使う時に魔法陣に触るのは? 呼びかけなくてもちゃんとお水が出てくるけど、あれはどうなってるの?」


 密かにお洒落だなぁと思っている魔法陣には、今まで何回も触っている。洗面所や部屋の壁に必ず彫られており、手をぺたりと当てると、自分ではわからないくらいほんのちょーぴりセージを使うすることになるのだ。部屋に明かりが灯ったり、洗面所からもお水がてくるのだ。ひっじょーに便利だけど改めて考えると不思議だね。


「基本は同じだ。魔法陣はそれぞれの属性の精霊が惹かれて宿るように出来ている。だから魔法陣にセージを与えることで、そのまま呼びかけになるんだ。違うのは、魔法陣に宿っている精霊は必ず応えてくれることだな」


「普通に呼びかけても応えてくれないことがあるの?」


「あぁ。セージの量が極端に少ない、または呼びかけが上手く伝わらなかった時は失敗する。魔法の不発、弱小、暴発、が主な失敗パターンだ」


「爆発することもあるんだね。私……大丈夫かなぁ?」


 自分のお顔が真っ黒になるくらいならいいけど、お屋敷を壊しちゃっても困るよ。弁償額は花瓶の比じゃない。恐ろしいっ! 不安いっぱいで頼りになる保護者様を見上げる。


「……子供の内の失敗はよくあることだ。屋敷に多少穴が空いたところで問題はない。遠慮なくやっていいぞ」


「それ許可しちゃダメな奴だよ!? 雨漏りを皆でバケツリレーするのはちょっと心惹かれるけど、防ぐ方向でお願いします!」


「直せばいいと思うが……わかった。暴発しそうになったら、オレが魔法の主導権を握ろう。モモは心おきなく練習するといい」


 さらっと出されたOKに、桃子は目を丸くして慌てて止めた。だけど、バル様は何がダメなんだというように僅かに首を傾げる。その顔は最初から最後まで真面目なものだった。……今回は本気で言ってたみたい。穴はなんとしても防がなきゃ!


 バル様、心が広すぎるよ? 悪い幼女に騙されない? 普通、お家にボコボコ穴をあけちゃえば、怒られるなんてもんじゃないよね。全身の水分が涙に変わるまで泣くことになるよ。


 別に贅沢三昧をしてるわけじゃないけど、私に対するお金の掛け方が半端じゃない。これ、絶対に慣れちゃダメなことだ。 ……ゆくゆくは、五歳児なのに新しい宝石をおねだりするような幼児に……そんな成長の仕方はダメェ! 健全な五歳児として過ごし、十六歳に戻りたいです。桃子は切実に願った。


「バル様、穴は防いでね。約束だよ? 絶対に、ぜーったいに防いでね?」


「わかった。防ごう」


 端的に了解をもらえるけど、不安が消えない。はうぅぅぅっ、穴が心配で築きあげつつある信頼が揺ら……ぎません! バル様だもん。これだけお願いしたら、防いでくれるよね? ね?


「まずは両手を前に」


「こう?」


 バル様が桃子の正面に立つと、そう指示した。言われた通りに両手をパーにして突き出してみる。ストップのポーズ!


「次に目を閉じる。今からオレがセージを渡す。いつも夜にしているのと同じだ。それを今回は意識してよく感じ取るんだ」


「うん、やってみる」


「慌てなくていい。ゆっくりと流すぞ」


 大きく節くれだった手がそっと重ねられると、そこから温かな熱が手の平を通して伝わってくる。心地いい温もりは両手から腕を伝い、胸元からお腹を通ってじんわりと全身に広がっていく。まるで陽だまりの中でお昼寝をしているようだ。


「わかるか?」


「すごくあったかい。ぽかぽかして気持ちいい」


「それがセージだ。全身を廻るセージを意識しながら、目を開けるんだ」


 瞼を開くと、バル様の両手が離れていく。桃子は自分の中に廻るセージに頑張って意識を向け続ける。バル様は桃子の背後に移動していく。


「今度はセージを両手から少し外に出すことをイメージする。そして、言葉で精霊に呼びかけるんだ。『風の精霊よ 助力を乞う』と」


「風の精霊よ 助力を乞う!」


 呪文を言うことに照れを感じながらも、桃子は大きくはっきりと言葉を紡いだ。セージがブワリと身体から出ていくのを感じた。緑の光がどこからともなくゆっくりと集まり出して、次の瞬間、ぷしゅーっと消滅した。


「……あれぇ?」


「ふむ。途中で霧散したな」


「失敗しちゃったってことだよね」


 桃子は自分にがっかりした。最初から上手くいくとは思ってなかったけど、やっぱり残念だ。途中まで上手くいってた気がしたから余計にそう思うよ。落ち込んでいると、慰めるようにバル様が頭をぽんぽんしてくれる。


「よくあることだ。もう一度やってみよう」


「うんっ! 魔法が使えるようになるまで頑張るよ!」


 桃子はふんっと両手を握りしめてバル様をきりっと見上げた。魔法を使えるようになったら、スティックの代わりにフォークを、うーん、尖ってて危ない? じゃあ、スプーンで魔法使いごっこを……はっ、またしても五歳児の精神に思考が……っ! えー? しようよー。楽しいよ? 


「モモ?」


「セージに意識を集中だよね! ちょっと待っててね」


 怪訝そうなバル様の声に桃子は再び我に返ると、ブンブン頭を振って自分の中にあるセージに意識を向けた。

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