94、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~お叱り編

 鐘一つ分の朝寝坊をして、着替えた桃子達は朝食を取り、のんびりとした時間をテラスで過ごしていた。ちなみに、桃子が朝寝坊の相談をしておいたため、ロンさんが出来たてでなくても美味しく食べられる物を料理長さんに頼んでくれていた。

 

 パンはロールパンと厚いお肉が挟まってるサンドウィッチがあり、細かい野菜と丸くしたお肉がゴロゴロ入っているミネストローネと、サラダがついてた。桃子はロールパンを頂いて、バル様はサンドイッチを食べてた。ボリュームがあるけど、男の人だからか、ペロリと5つも平らげていた。朝からがっつりだね。見ているだけでちょっとお腹が満たされた気がした。


 昨日バル様がお兄さんに貰ったという、ほんのりレモン味のクッキーを齧(かじ)りながら、お花屋さんのことを言い出すタイミングを伺う。なんて伝えればいいかなぁ……そう考えていたらソワソワして見えたのか、バル様は読んでいた本をテーブルに置いて、桃子に言った。


「ずっと何もしないのも退屈だろう。今日は魔法の練習をしてみるか?」


「えっ!?」


 突然のことにびっくりした。思い出したぞ! バル様に軍神様からの伝言を伝えに行った日に、風の精霊に追いかけられたんだった。無意識にセージを使っちゃったんじゃないかってことだったけど、それを気にかけてくれたのかな? 


 うんうん、ファンタジーと言えば魔法だよね! しかも、自分が使えるかもしれないとなれば、やっぱり胸が弾む。わくわくどきどきしちゃうよ! でも、その前に伝えなきゃいけないことがあるわけで……口がもぞついた。言わなきゃ。実は隠してたけど、お仕事してましたって言わなきゃ! だけど、お怒りのバル様を想像するだけで胃がきゅっとしてきた。心の中で五歳児がしゃがんでぷるぷるしてる。保護者様の反応がこあいぃ。


「どうする?」


「あの、魔法したい、ヨ!」


 外国の人かな!? 動揺のあまりに声がひっくり返った。バル様の目が細くなっていく。はわわわわっ!! 不審に思っている様子だ。勇気を出すんだ、桃子! 自分を励まして、乾きつつある口を開く。  


「バル様にお話しなきゃいけないことがあって。その、バ、……バ、バル様、ごめんなさい!!」


 心を込めて、90度のお辞儀を披露する。そのままの体勢で、自白をしていく。


「請負屋さんでお仕事を貰って、お花屋さんで3日間働いてたの! エマさんって言う店長さんに、元の世界にあったアイディアを伝えて、それでアイディア料を払いたいって言われた!」


「…………」


「それで、保護者であるバル様とお話したいから、一度お店の方に来てほしいって……?」


「………………」


「あ、あのー、お、怒って、る?」


 古いドアが軋むように顔を上げていくと、うっすらと眉間に皺を寄せたバル様が見下ろしていた。ずももももーっと背後に重圧的な効果音が聞こえそうだね!? 迫力ありすぎて、膝が震えるよぅ。


「……レリーナを護衛につけたのは失敗だったか。別の護衛を用意する」


「待って! レリーナさんには私が内緒にしてってお願いしたの! バル様、護衛の人は変えないで!! レリーナさんじゃなきゃやだよぅ……っ」


 まさかの言葉に、桃子は泣きそうになった。そんなにも大事になるなんて思いもしなくて、声が震えた。必死にお願いしても、バル様には静かな怒りが漂っている。


「だが、主に報告しない、ましてや、大事な情報を隠匿するとは、信頼を著しく損なう行為だ。モモの言いなりになるだけでは護衛としても三流だと言わざるをえない」


「聞いて、バル様。ちゃんと理由があるの。バル様の信頼を損なわせた責任なら私にあるよ。レリーナさんじゃなくて、私のせいなの!!」


「……理由を聞こう」


「どうしても自分で働いたお金が欲しかったの。それに、バル様に甘えてばかりじゃなくて、この世界でもちゃんと頑張りたかったんだ」


「オレには十分頑張っているように見えるが」


「ううん。全然足りないよ! だって、バル様達だってルーガ騎士団で頑張ってるでしょ? それに比べたら私なんて甘えてばっかりだもん。だから私もね、一緒の場所ではなくても、同じこの世界で出来ることを探していきたいの」


 小さくても、五歳児でも、この小さな足で一歩一歩前に進んでいきたい。いろんなことを体験して、たくさんの物を見て、いつか、助けてもらった分の何倍も、バル様達の助けになりたかった。


「気持ちはわかった。だが、モモには自分の立場に対する自覚がもう少し必要だ。見る者が見れば、モモは攫ってでも欲しい人間だ。請負屋は異国の人間もいる場所だ。護衛が薄い状態で万が一のことがあれば、モモを助けるのが遅くなってしまう。その先は……言わなくてもわかるな?」


「……うん」


 利用されるか、命を奪われるか。考えるのが怖くなるほど恐ろしい目に遭うかもしれないってことだよね。バル様の言ってることは正しい。桃子は考えの足りなかったことを反省して、しょんぼりと肩を落とした。ぽんぽんと頭を撫でられて、膝の上にそのまま逆向きで乗せられる。


「レリーナを護衛から外すつもりは最初からなかった。彼女ほどモモに尽くす護衛はいないからな。全ては、モモに自覚を促す為についた嘘だが、嘘は嘘だな。すまない。だが、オレがモモを心配していることは理解してほしい」


「ちゃんとわかったよ」


「二人共ミラと茶会をする前日まで外出禁止とする。この罰をもって今回の件は終わりとしよう。……明日からしばらく忙しくなる。屋敷に帰れない日もあるかもしれない。以前渡した首飾りがあれば、オレが留守の間もセージは問題なく受け取れるだろうが、なにかあった時の為にロンとレリーナにはモモの体質として伝えておく。モモにはなるべく屋敷に居て欲しいのが本音だ。請負屋に行くことも、二人だけでは許可出来ない」


 バル様が言ったのは罰にもならない罰だった。桃子に否があるはずがない。隠しておいてもいい本心を伝えてくれる。心配してくれることが嬉しくて、こくこくと頷く。


「わかったよ。でも、エマさんのことは……?」


「少し先になるだろうが、足を向けよう。モモのアイディアにも興味がある」


 そろそろと顔を上げると、バル様からは静かな怒気が消えていた。いつもと同じ穏やかな目が桃子を見下ろしているのを見て、全身から力が抜ける。良かったよぅ。ほっとして目が潤む。


「ふぅぅっ」


「すまない。泣くほど怖がらせたか?」


 とんとんと背中を宥めるように叩かれて、桃子はコアラのようにバル様のお腹にしがみついた。雨雲を含んだ目元から涙が零れないように堪えていると、顔を上向かされて滲んだ涙をバル様の親指で拭われた。優しい眼差しが降り注ぐ。


「モモがしたいことなら、状況が許す限りは自由にさせてやりたいと思っている。だが、帰る場所はオレの側にしてほしい」


「…………はい」


 心臓に悪い殺し文句に、桃子は赤くなりながらはにかんで返事を返した。

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