93、モモ、保護者様と贅沢をする~楽しいほど時間は早く進んじゃうよね~朝編

 目が覚めたら視界が真っ暗だった。桃子は一瞬慌てて、周囲を探ろうと手を前に出した。指にさらりとした感触が当たる。あ、これ布だね。なるほど、ここはシーツの中だ! 寝ながら潜っちゃったのかも。寝ぞうは悪くないんだけどね、寝がえりをうったりするものだから、家のベッドからは時々落ちてた。


 この世界に来てからはバル様に抱きしめられながら眠ることが多いのと、広いベッドのおかげでいくらでもコロコロ転がれるから落ちたことないけど。シーツをもぞもぞ移動して顔を出したら、隣でバル様が仰向けで眠っていた。静かな呼吸が心地いい。部屋の中は明るいけど、今日はバル様お休みだから、朝一番に一緒にしたいことがあるんだよね。


 身体をよじりながらバル様に近づくと、脇腹にしがみつく。ふわーっ、ぬくぬくだね! 体温が気持ちよくてすり寄っていると、突然身体が浮いた。


「うぎゃっ!?」


「……早いな」


 掠れた美声に背筋がぞわっとした。見上げるとバル様が目を開けていたのだ。そのまま固いお腹の上に乗っけられると、顔が近くなる。乱れた前髪の間から覗く目は眠気にとろりと潤んでいて、フェロモンが大爆発していた。


 こ、これが大人の色気……っ、ぼわっと顔が熱を持ってドキドキしてくる。朝から眼福ありがとうございます!! 桃子は心の中で敬礼した。私にはいつ色気が出るようになるんだろうね? 今は五歳児だけど、実際は十六歳だし、後2年もしたらきっと私だって、薔薇のようなバル様の色気は無理でも、たんぽぽくらいの色気が……出たらいいなぁ。


 目を閉じたバル様が深く一呼吸して再び目を開くと、その黒い瞳からは眠気が消えていた。すごいね、コントロールしてるの?


「起きるか……」


「あっ、待ってバル様!」


 桃子の背中を支えて転がらないように配慮してくれたバル様が、腹筋を使って起きあがろうとするので、慌てて厚い胸板を小さな両手で押さえる。素直に浮かせていた背中をベッドに戻してくれたバル様は、無表情ながらも不思議そうに瞬いた。


「モモ?」


「あのね、今日はバル様お休みだよね? だから、その、い、一緒に朝寝坊したくて……」


「朝寝坊?」


「うん。ちょっとだけでいいから、ベッドの中で私と一緒にのんびりしてほしいの。……ダメかなぁ?」


 緊張しながらバル様を見上げる。中身は十六歳なのにこんな我儘言うのは恥ずかしいけど、でも、指折り数えて待っていたお休みだから、五歳児の本能の命ずるままにちょっとだけ甘えたい。


「なにか、起きてやらなきゃいけないことある?」


「いや。オレは構わないが、そんなことで良いのか?」


「それがいいの。だって、バル様と朝寝坊が出来るって贅沢だもん」


「これが贅沢とは、モモは無欲だな」


 バル様が桃子を身体の上に乗せたまま寝かせてくれる。頬にバル様の胸板が当たって、ぷにゅっと自前の丸い頬が潰れた。背中を撫でられるのがとっても気持ち良い。


 ここ2日、ズドーンと胸に居座っていた重い気分も霧散していく。昨日はバル様の言いつけ通りにお屋敷に引きこもっていたから、ギルのとこには行けなかったんだよねぇ。せっかくのプレゼント計画も休止状態で、今日という日に間に合わなかったのが残念過ぎる。


 なんとかギルを捕まえて、依頼書を返してもらいたいところだ。でも、今日はバル様にいっぱい甘えたい。五歳児も心の中でご満悦だ。


「バル様、今日はずっと一緒にいてね」


 ぐりぐりと胸元に懐いていると、低く掠れて色気倍増の美声が耳元で囁いてくれた。


「……あぁ。いくらでも望むがままに」




 二度目のおはようを迎えたら、バル様が隣で片肘をついて優しい眼差しで桃子を見ていた。ルーガ騎士団であった面白話を聞いていたら、いつの間にか二度寝しちゃったみたい。寝顔を見られちゃうのはよくあることだけど、いやん! と桃子は恥ずかしくなって、口元までシーツを引き上げた。


「よく眠れたか?」


「うん。バル様はずっと起きてたの?」


「いや、オレも少し寝た。だが、朝寝坊をしたのは初めてだな」


「えっ!? 今まで一度もないの?」


「あぁ。学園に通っていた時の癖だ。起きねば朝食を食べ損ねたまま訓練を受けなければいけない。それを避ける為に身に付けたものが習慣になっている」


 こともなげに言ってるけど、結構すごいことだよね? 決めたことを守り通すのは大変な努力が必要のはずだ。努力、大切。辛うじて、片手の遅刻回数を持つ桃子はバル様に尊敬の眼差しを向ける。なんでもさらさらりと熟す印象があるけど、強い意思がものをいってるんだね!


「今、何時──えっと、どのくらいの時間帯かな?」


「いつもより鐘一つ寝坊したくらいだろう。起きるか?」


「うん。バル様どうだった? 私はね、すんごく楽しかったよ。普段のんびりした時間がなかなか取れないからね。また今度、一緒に朝寝坊してほしいなぁ」


「あぁ。モモといると何気ないことも新しい見方が出来る。それがとても新鮮で面白い」


 僅かに口端を上げたバル様が、ベッドを降りる。桃子もシーツから脱出してベッドから後ろ向きの下山をする。片足を伸ばしてゆっくりと靴の上に着地していく。ふぅ、一仕事終えました! ちっちゃな達成感を味わっていると、バル様が手にタオルを握りながら戻ってきた。洗顔してきたのか、僅かに前髪が湿っている。


「モモ、動くな」


「バル様? んぶ……っ」


 桃子の前で片膝をつくと、濡れタオルで顔を拭ってくれる。優しく拭かれてくすぐったくなった。笑いながらも、言われたとおりに動かないようにする。いつもは洗面所で抱えてもらうか、おっきめの箱に乗って自分で洗うんだけど、今日はお休みだからサービス? さっぱりした顔で見上げたら、バル様が頷いた。


「綺麗になった。膝はどうだ? 痛みは?」


「大丈夫! もうかさぶたになってるからね」


「それならいい。着替えは椅子の上にメイドが置いていったが、一人で出来るか?」


「うん!」


 出来るよと、ない胸を張る。幼児の時は羞恥心がどこかに飛んでるから、潔く上からすぽっとネグリジュを脱ぎ捨てる。へいっ、ぱんつ一丁上がり! 捩りハチマキをしたお寿司屋さん風のおじさんが威勢いい声でそう言った気がした。


 椅子に駆け寄ると、長袖で胸元にフリルがついた緑のシャツと、膝下くらいの長さのピンクのスカートが置かれていた。ボタンがないのが有難いよ。上を着て、スカートに足を通したら、足首までの靴下で最後に靴を履く。


 その間にバル様も洗面所で素早く着替えを済ませて来たようで、白い長袖シャツに黒のベストとズボンに変わっていた。髪の毛も整えられているから色っぽさから格好良さにチェンジしてるね! バル様は逆三角形で彫像のようなモデル体型だから、基本的になんでも似合いそうだ。


 見とれていたら、お腹が鳴った。桃子もお腹も元気です。音を聞いたら空腹を強く感じる。やっぱり眼福だけじゃお腹は満たせないんだねぇ。でも目は眼福で綺麗に洗われたもよう。バル様が抱っこしてくれる。このまま一階に降りるようだ。


「スカートも似合うな」


「ほんと? バル様もすごく格好いいよ! ロンさんみたいな紳士に見えるもん」


「……髭も生やすか」


「生やしちゃうのっ!?」


「ふっ、冗談だ」


 ま、またしても、揶揄われた!! 真顔で冗談はやめようよ。簡単に信じた桃子はぷくっと頬を膨らませた。怒ってます。ぷんぷんですよ! とバル様にアピールする。悔しいから、絶対にプレゼントでびっくりさせちゃうから!


「怒っているのか?」


「むぅ……っ、ふや、あ、ははははっ」


 空気が入ってまん丸くなった頬をこしゃこしょと指先でくすぐられて、桃子は負けた。我慢出来ずに笑い出すと、バル様も目を和ませて微かな笑みを浮かべる。怒った振りをしてただけだけど、くすぐりは反則だよぅ。


「笑ったな。機嫌が直ったなら朝食にしよう」


「はーい」


 いい子のお返事を返しながら、ふと気づく。そう言えば、お仕事のお話はバル様に伝えなきゃいけないんだった。……怒られないといいなぁ。お、お腹が空いちゃったからご飯を食べてからにしよう、うん。現実逃避じゃないからね!

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