90、モモ、初めての依頼を達成する~幼児の時の痛みは大きくなってからより強いの?~前編
子供達の話を聞いた限りでは、限りなく白に思えた。大人びたエミリオがはっきりと否定した事実があるし、隠していた名簿っぽいものも、ちゃんとした理由があって子供達に見られないようにしていたのかもしれない。
時間がなくて中をしっかりと確認出来なかったのが悔しいけど黒と断言するだけの証拠はないし、現状は限りなく白、つまりサバクさんはひとまずいい人ってことでレリーナさんと意見が一致した。だけど、なんかモヤモヤする! どこかすっきりしない気分を抱えたまま、桃子とレリーナは孤児院を後にすることになった。
「今日は訪れて頂きましてありがとうございました。孤児院の状態はご理解頂けたかと思います」
「有意義な時間でした。寄付がどうなるかは私には判断出来かねますが、お聞きした状況は我が主にご報告させていただきます。それでは、私共はこれで失礼いたしますね」
「さよーならー」
「お嬢様、もしここをお気に召しましたら、ぜひまた遊びにいらしてください。子供達も喜びますから」
「ピティもたのしかったよ。お、おとうさまがいいよっていったらまたあそびにくるね!」
嘘も方便だけど、やっぱり苦手なんだよぅ。なんとか答えられたけど、言葉に詰まりそうになったのは誤魔化せたかな?
「えぇ。いつでもどうぞ」
サバスさんが穏やかに微笑んだ。突っ込まれなかったからセーフ? あぁ、でも普通の五歳児が相手ならあんまり気にしないよね。桃子は手を振って別れを告げると、レリーナさんと一緒に道端で馬番をしてくれていた男の子に近づいていく。
「ご苦労様。約束のお金よ」
「まいどあり。見かけたら声をかけてよ。オレいつもこの辺にいるからさ」
レリーナさんが自分の皮袋から銅貨を7枚出して渡す。男の子は愛想よく笑って離れていった。この国では馬番を子供に頼むことは普通らしい。木に縛り付けたりもあるけど、盗まれちゃうことがあるからちゃんとした場所にあずけるか、こういう方法を取るんだって。面白いね。
桃子はレリーナさんに抱き上げてもらって馬に乗ると、お花屋さんに向かうことにした。
「ねぇ、モモ。昨日ケーキ屋さんでルーガ騎士団の補佐官と一緒だった?」
声を潜めたリジーにそう聞かれたのは、桃子がお花屋さんの作業場で頑張っている時のことだった。エマさんはお庭で花冠に使うお花の準備をしており、レリーナさんは桃子の足りない背を補うために木箱を取りに行ったので今は二人きり。こっそり話すタイミングを見計らっていたのかな?
灰色の目が桃子を真剣に見つめている。カイもルーガ騎士団の補佐官だから有名人なんだろうし、気付かなかったけどあの時目立っちゃってたのかも。優しいし格好いいから、女の子なら好きになることもあるよね。……もしかして?
「カイのこと好き?」
「まさか。ルーガ騎士団の役職付きなら誰でも顔くらいは知ってるわよ。モモといたから目立ってたし、どんな関係なのかが気になっただけ」
「あのね、私を保護してくれてる人のお友達なの。とってもいい人だよ!」
躊躇いのなさすぎるさっぱりした否定だから、本当に好きなわけじゃなさそう。気づかなかったけど、ケーキを食べてた時も目立ってたのかな? 言われてみれば、カイは補佐官さんだもん。顔だって知られてるよねぇ。
「可愛がってもらってるのね」
「うん! 仲良しだよ」
大きく頷く。桃子は三人のことが大好きだ。あんなに良くしてくれて感謝しかないよ。直接言うのはちょっと恥ずかしいからなかなか言えないけど。にこにこしてると、リジーの目が優しくなった。
「二人共こっちに来てちょうだーい」
「はーい!」
「今行きます!」
エマさんの呼び声に桃子達は同時に返事を返して、二人で顔を見合わせた。リジーが手を差し出してくれる。
「それじゃあ、今日もよろしく」
「うん。リジーとも仲良しだね」
明るく笑うリジーの手に小さな手を繋いで、桃子達はエマの呼ぶ庭に続く扉を開いた。
お花屋さんのお仕事も最終日。今日もエマさんにお昼ご飯をもらった桃子は、元気いっぱいに午後の作業場でせっせと仕事に励んでいた。作業台には編んだ花冠が小さな山となっており、良い香りがしている。
作業台を間に挟んで正面には、リジーとギルが花束を包んでいるのだが、桃子は昨日から花冠担当だ。これがなかなかの売れ行きなそうで、エマさんがとても喜んでいた。指を動かして、最後の花冠を編み終えると、小さな手をぱちっと合わせた。
指がちょっと疲れちゃったからぷるぷる振ってみる。疲れよ、飛んでけーっ。その時、鐘が三回鳴った。もうそんな時間だったんだねぇ。無事に依頼達成である。名残惜しさもあるけど、清々しい気持ちで心が浮き立つ。
「終わったーっ!」
「良かったですね、モモ様。お疲れ様でした」
「レリーナさんもお疲れ様! 最後まで付き合ってくれてありがとう」
作業台の傍まで来てくれたレリーナさんを見上げてお礼を言ってると、エマさんがニコニコしながら店頭からやってきた。
「皆さん、今日までお疲れ様でした。三人が来てくれてとても助かったわ。売り上げもいつもの三倍に増えたのよ。これ、よければ持って帰ってちょうだい」
そう言って差し出されたのは、小さな黒い布袋だった。桃子は中身が気になって耳の横に当てて振ってみた。布の中でシャリシャリと音がする。うーん? 軽くて、小さくて、固い?
「ふふっ、モモちゃん、中身がなんだかわかる?」
「この音は……お花の種!」
「当たり! そう、お花の種よ。なんのお花かは咲いてからのお楽しみね。気が向いたら植えてみてちょうだい」
わーい、当たった! これぞ、名推理! えっへんとレリーナさんを振り返ると、微笑みながら頷かれた。素敵なサプライズに心があったかくなる。桃子は小さな布袋を握りしめた。バル様がいいよって言ったら、お庭に埋めさせてもらおう。それまで失くさないように大事にしないと。
ちらりと作業台を挟んで斜め向こうを見れば、ギルが無表情で布袋を見下ろしていた。孤児院のお庭に埋めることを考えてるのかな? 結局、今日も朝の挨拶したら睨まれちゃったし、お昼に話しかけても無視されて終わっちゃったんだよね。本格的に嫌われちゃってるみたいで悲しいけど、私だけが仲良くしたいって思ってても仕方がないもんね。
だけど、孤児院のことがはっきりしないから、やっぱりギルとは別れることになってもここで終わらすことは出来ない。なにかが引っかかってるんだけど、それがなにかわからないから、思わず、うにゃあああっ!! って叫びたい衝動が込み上げてくる。
これ、五歳児がモヤモヤを発散したがってるんだろうね。はい、落ち着いてー。うぅぅ、モヤモヤが止まんないよぅ。バル様のお腰にぎゅっとしがみ付きたい。そうしたら幸せになれそう。
リジーがエマさんに頭を下げる。
「今日までありがとうございました、エマさん。大変でしたけど、楽しい体験をさせてもらいました。また依頼が当たった時はよろしくお願いしますね」
「えぇ。その時はよろしくね。三人共、お片付けは私がするから依頼書をもって来てちょうだい。サインを書くわ」
エマさんの言葉に、桃子はレリーナさんが持っててくれた依頼書を、リジーとギルは自分のポケットに入れていた依頼書を取り出す。
エマさんの前に三人で並んでサインをもらう。一番最初にリジーが、次にギル、最後に桃子がエマさんに名前を書いてもらう。これで本当に依頼完了だね。ちょっぴり寂しいなぁ。そう思っていたら、後ろから依頼書を抜き取られた。
「あっ」
「孤児院まで来てんじゃねぇよ!」
ギルは暗い目で凄むと、桃子の依頼書を持ったまま作業場から走り出していく。突然のことに周囲の反応が遅れた中、桃子は咄嗟にその背中を追いかけていた。
「いけません、モモ様!」
「ごめん、レリーナさん。すぐに帰ってくるから!」
護衛役のレリーナさんにそう返事を返して、作業場を飛び出した。依頼書を取り返さないと、プレゼントが出来なくなっちゃうよ!
必死に追いかけていると、お花屋さんの前の道を右奥に走っていくギルの背中を遠くに見つけた。桃子は短い足を懸命に動かす。
「待って、ギル!」
しかし五歳の年齢差は大きく、どんなに一生懸命走ってもその差は広がっていく一方だ。わざと人の多い間をスイスイと逃げていく。音にすればこんな感じだろうか。タッタッタッと駆けるギルと、トタトタトタトタッと走る桃子。歩幅が狭い分だけ桃子は頑張らなければいけないのだ。
つ、辛いっ! 五歳児の体力はすぐに限界を迎える。呼吸が苦しい。はぁはぁと、口から息が逃げていく。酸素、誰か酸素ください! ボンベでもいいよ!
ギルが右の脇道に逸れた。十六歳だったらきっと追いつけたのに! 頭の中で叫んだら足元がおろそかになっていたようだ。
「ふあっ!?」
足が滑ってドシャッっと転んだ。全身を打ち付けてじんじんする。心臓は飛び出しそうなほどバクバクしてるし、ギルには逃げられちゃうし、転んじゃうし、踏んだり蹴ったりだ。……悲しくなってきた。涙を堪えながら、よろよろと起き上がるとスカートは破けてて、両膝から出血していた。すんごく痛い!!
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