89、モモ、観察する~小さい子がわちゃわちゃしてると可愛さが倍増する~後編
レリーナさんが引き出しを開けていくので、桃子は本棚を見ることにした。隙間があるので桃子の力でも簡単に本を抜くことが出来る。桃子は本の間になにか挟まっていないか確かめていく。はずれ、はずれ、これもはずれ。パラパラめくりながら最後まで確かめたけど、なんにも見つからなかったよ。残念。本を床に置いて、机の中を捜査中のレリーナさんを振り返る。
「こっちはなにもなさそうだよ。そっちはどう?」
「特に重要そうなものはありませんね。孤児院にいる子供の名前と年齢、身体的特徴が書かれたカルテと、雑費を記したノートがあったくらいです」
「うーん。じゃあ、サバクさんはいい人?」
「今の所は悪い人の要素が見当たりません。ですが、まだ断定するには早いかと。子供達と会ってから考えましょう」
「そうだね。子供と話せばいい人か悪い人かわかるかも。サバクさんが戻ってくる前に直しちゃおう」
桃子は頷きながら、床に置いた本を再び本棚に戻そうとする。その時、本棚の壁にあたる部分に本が当たり、カコッと何かが外れる音がした。
「うん?」
本棚の中を覗いてみると壁側の板がずれていた。その板を外してみると、中に青い表紙の本が見入っていた。手に取って中を開いて見ると、そこには十名ほどの名前が並んでいた。バーク、アイオス、ガラン、ゴーリオ……。全然聞き覚えのないものだ。名前じゃなくて呪文とか? 桃子の頭に、悪魔的動物の祭壇の前で黒いマントを翻し、はーははははっと不穏に笑うサバクさんの姿が浮かぶ。
やけに似合う気がするけど、違うよね? そんな想像から気を取り直して、さらに名前を読み進んでいけば、下から三番目に見覚えのある文字を見つけた。
「グロバフって、ミラのお家?」
「モモ様、足音が!」
首を傾げた時、レリーナさんがはっとした様子で警告してくれた。耳を澄ませば確かに足音が近づいてきている。桃子は慌ててその本を隠し場所に戻して、本棚を元通りに整えていく。あ、あれ? 引っかかっちゃった!?
慌て過ぎて本が上手く入らない。その間にも足音がどんどん近づいおり、扉の前で止まった。
レリーナさんの手が重なり、本棚に本を押し込むことに成功する。そして扉が開いていく瞬間に、桃子を抱え上げてソファに飛び込んだ。
「お待たせしました。子供たちを連れて来ましたよ。君達、お二方にご挨拶を」
勢いでソファがちょっと弾んでいたけど、サバクさんは特に気付かなかったようだ。後ちょっと遅かったらアウトだったよ。心臓がバクバクしてる。本当に危なかったね!
サバクさんが身体をずらすと、四人の子供がいた。十二、三歳くらいの大人しそうな男の子と、ギルと同い年くらいのしっかりしてそうな女の子、その子の服の裾を掴んだ七歳くらいの男の子、さらにその後ろに半分隠れている小さな女の子。
と言っても、今の桃子より一回りは大きい。たぶん、この子は今の桃子と同じ年くらいなのだろう。幼稚園児だった時、私って他の子と比べてもちんまりしたサイズだったんだよねぇ。この子は平均的な体格なのかな? だったら食べる物にも事欠くってわけじゃなさそう。よかった。お腹が空くのは悲しくなるからね。
服装は着古したのがよくわかるほど布がすり減っており、やはりほつれがあったり穴を縫った後も見える。けれど、団子状態で身を寄せている三人に桃子の平らな胸がきゅんとした。子ウサギが身を寄せ合ってるみたいで、すんごい可愛い。どの子もいい子そうだし、ぎゅってしたくなる。
「ぼくはエミリオと言います。この子から順番に、アライア、チグ、ルーチという名前です。お嬢様、よろしくお願いします」
四人が頭を下げてくれるけど、そこには子供っぽい無邪気さがまるでない。お嬢様なんて呼ばれたし、緊張させちゃってる? 今すぐ言ってあげたい。怖くないよ! 私全然怖くないから!
「よろしくね。いっしょにあそぼう」
「は、はい!」
「エミリオ、遊ぶのは庭先でだよ。そこならこちらからも見えますし、レーファさんも安心でしょう?」
「えぇ。ピティ様、私はサバクさんと難しいお話をいたしますね」
「はぁい。ピティはあそんでる。おにわにいちっばーん!」
「あっ、ずるい! オレ2番!」
「やだ! わたしのがさき!」
桃子は子供らしく返事して、外に繋がる扉に向かってダッシュする。そのノリに引っ張られたのか、チグとルーチが競うように追いかけてきた。
そうなると慌てるのはおそらく面倒を見ているエミリオとアライアだ。
「こらっ、お嬢様に向かってずるいはダメ!」
「失礼します!」
エミリオは最後にしっかりとレリーナさんに頭を下げて追いかけて来た。これで子供だけで話が出来る。サバクさんの目が届く範囲であっても、庭の奥にいけば耳までは届かないはずだ。
今こそ五歳児精神を解放する時! 桃子は走ったことで楽しくなってきたので、本能のままに笑う。ただ走っているだけなのに心が弾む。もう楽しくてしょうがない。この楽しさって、大きくなるとわからなくなる感覚だよね。
「あははっ、いちばんとった!」
奥の木の幹に小さな手をぺたっと押し付けて宣言する。バル様、やったよ! 心の中でこっそり伝えておく。今頃お仕事で忙しくしてるかなぁ。後少し待てば1日一緒にいられる。それが今からとっても楽しみ。
「ターッチ! 2番取れた!」
「おにいちゃんずるい! わたしのにばん」
ただのお遊びだけど小さな子はすぐに本気で遊び出すからね。チグが地団太を踏んでいる。おにいちゃんと呼ばれたルーチは口をむっと歪めて首を振る。
「オレの方が先だったんだから、チグは3番」
「やだぁっ!」
「3番だっていいじゃない。チグ我儘言わないの。お嬢様もいるんだから皆で仲良くして」
「わがままちがうもん!」
頑固に訴える様子が本当に可愛い。まるで大事に隠しておいた宝物を奪われたと言わんばかりだ。しかし、チグの顔は次第に赤くなり、大きな茶色の瞳に涙で潤んでいく。泣かせてしまうのも可哀想だ。桃子は助け舟を出すことにした。
「じゃあ、もういっかいやる?」
「ひっくっ、も、もっかい?」
「そうだよ。そうしたら、こんどはいちばんになれるかもしれないよ?」
「チグやる!」
泣きそうな顔がやる気に満ちたものに変わる。うんうん。可愛い。可愛いって言葉しか思い浮かばないくらいに可愛い。小さな子ってあんまり深く考えたりしないから、ちょっと他に気を逸らしてあげると。泣き止むのも早いんだよね。
中学生の時に幼稚園の子達と遊ぶっていう体験学習があって、泣き出した園児におろついてたら、保母さんがそうやって上手にあやして泣き止ませたんだよね。覚えていてよかった。
「そんなの卑怯だぞ。やり直しはなし!」
「いいの? あなたもいちばんになれるかもしれないのに?」
「やっぱりやる」
桃子がそう聞くと、言われて気付いたのか、はっとした様子で首を大きく縦に振った。この子もやっぱり1番が欲しかったんだね。ラッピングして二人に運動会とかでよくある1番の旗をあげたくなった。こんなに熱くなってるなら、すごく喜んでくれそう。
「チグ、ルーチ、ですますをつけて! お嬢様、二人共言葉をまだ知らないので許してください」
「僕も謝ります。お嬢様どうか怒らないでください」
「おこらないよ? ふつうのほうがたのしい。ふたりもいっしょにあそぼ」
青い顔で頭を下げる年長者組に桃子は緩く笑って答える。煌めけ、スマイル! にこーっと笑顔を向ければ、二人から力が抜けた。警戒が解けたみたい。これで話も聞きやすくなったかな。
「ちゃんとしないとサバクさんにおこられるの?」
「そんなことはないよ! サバク先生はとっても優しい人で、身寄りのない僕達の面倒を見てくれてるんだ。だから、怒ったりはないよ」
「サバク先生がいなくなっちゃったら、私達どこにも行く場所がないもの」
アライアが悲しそうに俯く。きっといろんな事情があるんだろうね。行く場所がないって言葉が胸に刺さる。立場は違うけど桃子もバル様達がいなければどこにも居場所がない。この世界では薄くとも繋がりのあった両親さえいないのだ。
「なんさいまでこじいんにはいられるの?」
「十六歳までだよ。それまでは請負屋で働くことが多いんだ。中には、裕福な家に引き取られる子もいるよ。……運が良ければ」
「そうなんだ。こじいんをでたひとはあそびにくることある?」
「来ないわ。孤児院は遊びにくるような場所じゃないもの」
「なにしてんだよーっ。早くやろうよ!」
「はしるの! エミにぃ、ぴぃーっていって」
扉の方に向かいながらチグとルーチが呼んでいる。二人共全力で走る気満々だ。
「大声を出さないの!」
「チグとルーチが待てないみたいだから、お嬢様も向こうに行こう」
「うん。こんどもわたしがいちばんとるもん」
まだ聞きたいことはあったけど、あんまり根掘り葉掘り探りすぎると警戒されちゃうかもしれない。この辺で引き上げよう。桃子は無邪気な子供の振りをして元気よく走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます