88、モモ、観察する~小さい子がわちゃわちゃしてると可愛さが倍増する~前編
馬に乗るのもそろそろ慣れてきたね。桃子はレリーナさんの腰に腕を回して、ゆったりと揺れていた。ふくよかなお胸を頭に感じながら、進んだことのない道に心を弾ませる。
いつもの通りからは離れているため、見える景色も随分と違う。真新しい店を見かける度に楽しくなる。一番最初にバル様に乗せてもらった時の名付けて馬の顔は怖いよ事件が印象的過ぎてちょっとしたトラウマになっていたけど、今は結構平気かも。よく見れば可愛い目をしてるもんね。
バル様の持ち馬はどの子もしっかりと躾られているようで、レリーナさんの指示にも素直に従っている。乗馬姿も馬と一体になって走っているみたいだ。ファンタジーな世界で馬に乗ってるっていうだけでも十分に格好いいけど、美人さんが華麗に騎乗する姿を見ると、ファンタジー映画を見ている気分になる。
その風貌だけでもレリーナさんはヒロインになれそうだもんね。ちんまりした桃子はせいぜい脇役の妹くらいしか似合いそうな役がない。外を走りまわって速やかに退場していくことで演技終了です。全然見せ場がないよぅ。監督、私に見せ場を下さい! 心の中で叫んでみる。
アピールポイントは演技は2種類の演技が出来ることかな。お子様役と軍神様役です。あ、十六歳も出来るから3役になる? でも十六歳は演技というより元からだから違う?
後ろに駆け抜ける景色の中でそんなことを考えていると、馬がゆっくりと速度を落として道を何度か曲がる。店が立ち並ぶ道から逸れて、民家が立つ路地を進んでいるようだ。後ろ座りをしている馬上から前方に首を向ければ、木製だったり煉瓦造りの家が見られる。家先の庭で洗濯物を干す女性や、舗装された道で追いかけっこをしている子供もいた。生き生きしている様子が、見ていて気持ちがいい。
その内に他の家よりも横に広い長屋を思わせる建物が姿を表した。こちらは建築年数がだいぶ経っているのか、雨風にさらされたためか、元は白かったのだろう外観が灰色がかって見えた。正面からは壁に穴などは見えないが、おばけが出そうなおどろおどろしさがある。
レリーナさんはその建物の近くで馬を止めた。
「ここが……」
「えぇ。ここがギルの住んでいる東の孤児院です。随分と廃れていますね」
「うん。そんなに経営が厳しいのかなぁ?」
でも、昨日バル様から少し聞いた話によると、東と西の二つの孤児院には貴族が時々寄付をしているって聞いたんだよね。寄付をすることで庶民との間に摩擦を生まないようにしているとも言える。立場によってはそれが贔屓と見られてしまい、庶民の間で不満が生まれることがあるために、バル様はあえてしていないとも言っていた。ルーガ騎士団師団長の前に王族でもあるから気軽に寄付するのは難しいんだろうね。
レリーナさんに馬から降ろしてもらうと、桃子はごくりと息を飲む。一応お宅訪問になるけど、出来るだけギルには会わない方が良さそうだ。
背の低い桃子に代わって、レリーナさんが扉についた鉄の手すりを握って打ち付ける。ガンガンッと重い音が響く。電車にある手すりに似ているけど、これがチャイム代わりのようだ。
「はいはい。どちら様ですかな?」
すぐに内側から誰かの歩く音が聞こえてきて、扉が開かれた。孤児院の中に居たのは四十代前半くらいの眼鏡をかけた男の人だった。服装はこざっぱりしており、男の人にしては細身で人の良さそうな顔をしていた。
「おや、見慣れないお客様ですね。どうしました? 孤児院に何か御用ですか?」
「朝早くから失礼いたします。私はとある方にお仕えしている者なのですが、我が主が孤児院へ興味を持たれまして、今後ご寄付をする可能性がございますので、今回は経営者に私が顔通しを頼まれました。ご本人はいらっしゃいますか?」
「それはそれは。有り難いことです。私がこの孤児院の経営者のサバクと申します。ところで、そちらの……お嬢様は?」
サバクの言葉に間が空いたのは桃子が庶民と同じ格好をしているからだろう。今日のお洋服は緑の膝丈ワンピース。腰の所できゅっと締まって、スカートが段になってて動くとふわってなるのが可愛い。腰のとこにもお花の刺繍が小さく入ってるのがポイントだよ。
孤児院に行くからキュロットスカートはお休みして、ちょっとだけお洒落さんにしてもらったんだけど、ぱっと見は庶民と一緒に見えるんだよね。でも布地はスベスベだからお高いと思う。たぶん、お値段を聞いちゃうと震えるくらいには。だけどミラみたいなドレスじゃないし、お嬢様オーラもないから、えっ? ってなるのもわかる。
「この方はお嬢様のピティ様です。孤児院では子供が多いでしょう? お嬢様ほど幼い貴族のお子様はこの街には少ないのです。ですから我が主はお嬢様が同じ年頃の子供と遊ぶ機会をお求めになられてもいるのです。私とお話をする間、お嬢様に孤児院の子供達と遊ばせることは出来ませんか?」
「……しかし、お嬢様に失礼があってはいけませんし……」
「この孤児院には、それほど乱暴な者がいるのですか?」
「いえっ、とんでもない! 素直な子供ばかりですよ。そうですね、それでは落ち着きのある子供を数人呼んできましょう。庭先で子供達が遊ぶ様子を見ながら、私と貴方様でお話いたしましょう」
サバクさんが一つの案を出す。レリーナさんが目でどうするかを訪ねてくれたので頷いてにっこりと笑顔を向ける。
「ありがとう、サバクさん。ピティともいっしょにあそんでくれるかなぁ?」
「もちろんですとも。孤児院の何もないところではございますが、どうぞ中にお入りください」
サバクさんは人の良さそうな顔に穏やかな笑みを浮かべて、扉を大きく開いて中に二人を招いてくれた。外観のおどろおどろしさとは裏腹に、内側は綺麗だった。キシキシと鳴る廊下は色は褪せているが、毎日磨いているのか温もりのある光沢を出している。
桃子が二人に続いて歩いていると、通りがかった部屋の前が細く開いて、奥から裾の解れた服を着た七歳くらいの女の子がこちらを不安そうに覗いているのと目が合う。女の子は慌てた様子でパタンと扉を閉める。小さな話し声が聞こえてくるから、部屋の中に何人かいるようだ。
本当は声をかけたいけど今は止めておこう。警戒されているみたいだし。桃子は足を止めないままサバクが後ろを向いている隙に周囲をよく観察しておく。壁も綺麗だし、中に入っても特別、孤児院って感じはしないね。子供の声も聞こえてこない。部屋にこもっちゃってるのか、まだ寝てる子もいるのかもね。
それにしても上手く内部に潜入出来てよかった。これもレリーナさんのおかげだね! 最初はどうやって経営者と接触しようか頭を悩ませていたのだ。私が迷子か捨て子の振りをすれば、孤児院だから簡単に潜入は出来そうかなとは思ってたんだけど。
それを話したら、レリーナさんに絶対に駄目だって止められちゃったんだよね。もし相手が危険人物だった場合、入っても出てこれないかもしれないって。ホラーな展開にひぇってなった。そもそも一日でも無断外泊したら大騒ぎになっちゃうかな。バル様過保護気味だからね。今回のことも、心配かけたくないからあんまり詳しくは話してないのに、深入りはしないように、なにかあったら相談してくれって言われた。バル様の勘がお仕事をしたの? 鋭いとこを突かれてどきどきちゃったよ。
「サバクさん、速度はゆっくりでお願いしますね。ピティ様、大丈夫ですか?」
「これはすみません。このくらいでいいでしょうか?」
「うん、ちょうどいいよ。レーファもありがとう」
レリーナさんが速度を落とすように言って、周囲を観察する時間稼ぎをしてくれた。咄嗟の思い付きなのかもしれないけど、本当に頭がいいよね!
偽名は、桃子から桃=ピーチってことで、そのままじゃ呼ばれるたびに頭に果物の桃が思い浮かんじゃうから、少し変えてピティにしたんだよね。こうすることで、バル様に迷惑がかからないように予防線を張ったことになる。
レリーナさんはレーファって偽名にしてみた。両方とも私が考えたんだけど、レリーナさんが目を潤ませてうっとりと喜んでいた。あだ名みたいで嬉しかったの? 元の名前も可愛いと思うよ?
廊下を進むと、講堂のような部屋が右側にあった。両開きの扉が開かれていたので通りがかりに中の様子が少しだけ見えた。明るい部屋の中には椅子とテーブルが片付けられて奥に積まれている。その光景が桃子にはなんとなく物寂しく思えた。
廊下のちょうど真ん中にあるのがサバクさんの目的地であたるようだった。扉を押し開くと、サバクさんが脇に立ち、二人に室内に入るようにエスコートしてくれる。
「ソファに座ってお待ちください。子供達を連れてきましょう」
穏やかな顔で微笑むと、廊下の扉が閉ざされる。足音が遠ざかっていく。桃子はそれを聞きながら周囲を観察する。
経営に難があるという予想は当たりだったのか、事務室兼接客室は質素な様子だった。古くてクッションがへたったソファが2つと、ローテーブルが1つ。背の低い本棚とその上の花瓶。書類整理に使っているのか奥に古びた机があった。机、かぁ。刑事ドラマでよくある展開を考えてみる。悪役が重要なものを隠すとしたら……。
「机の中に秘密があることが多いんだよね」
「あり得そうな話です」
他人様の物を漁ることには躊躇いがあるけど、この場合は必要だよね! 桃子はレリーナさんと目を合わせて頷き合うと、さっと室内を物色していくことにした。時間はあんまりない。サバクさんが帰ってくる前にチェックを終了しなきゃ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます