81、モモ、小さな秘密を知られる~鉄壁のポーカーフェイスを誰かください!~

 扉を押し開くと、元気のいい声が聞こえて来た。


「いらっしゃいませー! 『魔法のお菓子タニーマ』に、ようこそ!」


「空いてる席はあるかな?」


「あっりますよー。奥のお席にご案内!」


 三つ編みが可愛い店員さんの笑顔が弾けてる。その元気を分けてほしいよぅ。カイの腕の中で桃子はそんな風に思っていた。


 ストンと椅子の上に下ろされて、ホストな尋問者が向かい側に座る。レリーナさんは右横に座る。コの字型で椅子に座った三人は、対照的なほど表情が違う。気分的にしょぼんとした桃子はカイから怒られるのを怖がって俯きがちだし、カイは不自然な笑顔を浮かべ、レリーナはいつも通りのクールな顔だ。 


 桃子には持ちえないポーカーフェイスが今はとっても羨ましい。心の中で右往左往しながらカイの顔色を窺うと、にぃーっこりと目が笑っていない笑顔をもらう。


「ごめんなさい」


「もう降参!?」


 即座に白旗を振った桃子に、カイが驚いたように突っ込んだ。ほっ、よかった。いつものカイに戻ってくれたようだ。レリーナさんがクスクスと笑う。固い雰囲気が壊れたので安心して桃子も笑う。


「困ったおちびちゃんだな。真面目な話をするつもりだったのに、笑わすなんて」


「そんなつもりはなかったよ? でも、怖い顔より笑った顔の方がいいなぁ」


 いつも優しい顔をしていることが多いから、真顔だと別種の怖さがある。怒から激怒に漢字が変わる感じ? ……ダジャレじゃないよ?  


「そんなこと言われたら無表情でいるのは無理だね。これでも、今回ばかりはモモを叱らなきゃいけないかと、心を害獣にしていたんだけどな」


「心を鬼じゃなくて?」


「おに? モモのとこじゃそう言うの?」


「うん。怒りたくないけど怒らなきゃいけない時に使うの」


「意味は同じだな。こっちじゃ、使うのは害獣だけどね。恐ろしいものという意味で子供を叱る時にはよく使われるんだよ。たとえば、子供が夜に遊び歩けば害獣に殺されるぞとかね?」


「おぉぅ、過激だねぇ」


 幼女らしくない声が出ちゃった。なんか驚いた時の口癖になってる? ねぇねぇ、叫ぶ? 叫んじゃう? いつものカイに戻ってくれたので、隠れていた五歳児精神がわくわくしながら出てくる。しないから。店の中で「幼女もどきでごめん!!」なんて叫ばないからね! 


 桃子が五歳児の自分にそう返していると、店員さんが踊るような足取りでやってきた。楽しそう。きっとすんごくお仕事が好きなんだろうねぇ。 


「おっまたせいたしましたー。お水をどうぞ。今日のお取り扱いはこちらの一覧になってまーす。アタシ的には、リンガのタルトがおすすめです! 味見させてもらったんですけど、とっても美味しくて、結局ホールごと買って食べちゃいましたもん!」


 あははははっ。なんて笑ってるけど、このお姉さん笑顔でとんでもないこと言ったよ!? 驚きのあまりに、その凹凸しっかりついた体系をしげしげと見つめてしまう。うぅぅ、そのドーンとしたお胸にカロリーが吸収されてるの? いいなぁ! 


「へぇ、すごいね君。じゃあ、オレはそれにしようかな。モモとレリーナはどうする?」


「わたしはお腹が空いていないので紅茶だけ頂きますね」


「はぅ。わたしもカイと同じのにする」


 お胸よりお腹のお肉になりそうだけど、それほど美味しいのなら食べてみたい。そう言いつつも、昨日から今日にかけて食べ過ぎな気がしてるんだよね。……今日だけ今日だけ。こそこそと五歳児が囁く。うんうん、今日だけだよね! 今は半分くらいまでお腹が減ってるから、美味しく食べれてしまうのが切ない。ぽよんぽよんに進化しないように帰りは走って帰ろうかなぁ。


「あっりがとうございまーす! すぐにお持ちしますねー」


 お姉さんがとびっきりの笑顔で下がっていく。テンションも口調も弾けてる。冷静なバル様とこのお姉さんが話してる姿をちょっと見てみたい。明るい夏と澄んだ冬の組み合わせは面白そうだ。


「それで? どうして請負屋に居たのかな? 五歳の身体なのに、働いたりしてないよね?」


「……は、働いて……」


「モモ?」


「働いてます」


 にぃーっこり笑顔をまたしても向けられて、桃子は白状した。こあすぎるよぅ。


「やっぱりそうか。だけど、どうして? その小さな身体じゃ働くのは大変だろ? なにか欲しい物があったなら、オレ達に言ってくれればよかったのに。モモの我儘一つでスッカラカンになるような稼ぎじゃないぜ?」


 叱られるのではなく、寂しそうな顔でそう言われてしまった。モモは慌てて両手を振り否定する。


「違うよ! 頼りにならないって思ったわけじゃないよ!? ただ、プレゼントを、皆にプレゼントを買いたかっただけなの!」


「えっ、プレゼント? オレ達に?」


 カイが驚いたのか、気の抜けた声を出す。まさかそんなことが理由だとは思ってもいなかったらしい。確かめるようにレリーナを見る。


「えぇ。それを聞いたので私も素敵な計画に協力することにしたのです。バルクライ様はご存知ないですが、請負屋頭目の許可は得ています。今回の依頼は明日で終了ですし、危険はないかと。私は護衛として同行しておりますが、可愛らしい働きぶりを堪能させて頂きました」


 うふふと桃子に微笑みを向けてくれるけど、あの、レリーナさん、堪能されちゃってるの? いつも涼しい顔で護衛として佇んでいたからわからなかったよ。最強のポーカーフェイスだね。 


「…………やばい」


 ぼそりと呟かれた言葉にレリーナさんに向けていた視線を戻したら、カイが俯いて口元を押さえていた。どうしたの? 気持ち悪い?


「カイ、大丈夫?」


「だ、大丈夫だよ。ちょっと、嬉しさで鼻血が出そうになっただけだからね」


「ご心配には及びません。シンフォル様はモモ様が愛らしすぎて興奮してしまっただけです」


「ちょっ、興奮とか言わないでくれよ。変態みたいに聞こえちゃうだろ」


「そうですか? 私は興奮しましたが?」


 美人さんとイケメンさんなのに、発言が残念過ぎる。たぶんレリーナさん達が感じてるのは萌えだよね。だけど萌える要素なんてあったの? どこ? 


「事情はわかったよ。モモの優しい計画もね。もしバルクライ様に怒られたらオレがフォローしてあげるよ」


「ほんと?」 


「もし、だけどな。モモにプレゼントなんて貰ったら、キルマの奴、感動して泣いちゃうかもな」


「えぇー? 泣いちゃうの?」


 儚い系の外見だから涙も麗しいものに見えると思うけど、バル様とのやり取りを見ていてもきびきびしているから、そんなイメージはなかったよ。優しいのは知ってるけど、どんな時も冷静に微笑んでいる姿が想像できる。


「モモは知らなかったか? あいつ、ああ見えて意外と涙もろい部分もあるんだぜ。副師団長っていう役職上、周囲に厳しく接することもあるけど、身内として認めた相手に対してはことのほか情が深いんだよ」


 悲しい涙は見てる側も辛くなるけど、嬉しい涙は見ている側の心もあったかくしてくれるよね。私は見るのなら嬉しい方がいいなぁ。


「おっ持たせいたしましたー! リンガのタルトと紅茶でーす。熱い内にどーぞ」 


 ひゃおう! びっくりした! ハイテンションでお姉さんの声が降って来たから、心臓が飛び跳ねたよ。お姉さんは言動から見ると意外なほど慎重な手つきで、テーブルにタルトと紅茶を並べてくれた。薄く切られたリンガがキラキラしてる。薄い焦げ目があるのがより美味しそうだ。


「紅茶はお替わりもお受けしてまっす。呼ばれたらそっこーで来るんで、お気軽にどうぞ」


 お盆と一緒に一礼して去っていくお姉さん。存在感が凄かった。桃子のちっこい頭にも、しっかりと刻まれたようだ。絶対に忘れない気がする。


「モモ、オレも協力するよ。二人がモモを探らないように、さりげなく注意を払っておくからね。プレゼントのことはこの三人の秘密な?」


「うん!」


「モモ様がそれでいいのなら、私も従いましょう」


 秘密の共有者。内容はちっちゃいけど格好いい言葉だね。三人は頷き合って共有者の誓いの代わりに、リンガのタルトと紅茶でティータイムをすることにした。

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