80、カイ、幼馴染に頼まれる
* * * * * *
カイがキルマからとある頼まれごとを引き受けたのはつい先日のことであった。一日の執務を終えてバルクライが帰宅したのを見届けた後に呼び出されたのだ。
執務室でカイを待っていたのは、物憂げな様子を隠せない幼馴染だった。話を聞けば、その内容たるや……カイは、よりによってこの時期に、と天井を仰ぎたくなった。なにしろキルマの口から飛び出したのは、そうするに相応しい内容だったのだ。
そうしてカイはこれよりしばらくの休日を幼馴染の相談事の為に使うことを決めたのである。……女性達との楽しいデートを断って。
最近はモモを構うのに忙しくて、不特定の女性達と楽しく過ごすこともなかった。だから今回の休日で、久しぶりに誘いに乗ろうと思っていた矢先の頼まれごとだったわけだ。
そういうわけで、カイはせっかくの休日にも関わらず私服姿で一人さみしく街を歩いていた。
「と、言っても宛もないし、どうするかな……」
計画もなくただ街を歩くのでは散歩と代わらない。立ち並ぶ商店を流し見ながら腕を組んで考える。ちらちらと女性の秋波を頬に受けているのを感じて、2人組の女性にぱちりとウインクを送ってみた。きゃあっ! と黄色い悲鳴を頂く。楽しい反応だ。何の予定もなければ誘いかけてもよかったんだけどな。そう思いながらカイは流し目をくれて、再び歩き出す。
すると、その先に見慣れた小さな姿を見つけた。きりりとした横顔が可愛いが、ちょこちょこした足取りで入っていく先は、驚いたことに請負屋だった。
「は? なんでモモが請負屋に……?」
モモの後ろには護衛役のレリーナがくっ付いている。それはつまり、彼女はこの事態を黙認しているということだ。これにはカイも混乱する。どう考えても場違いな場所に、幼女のしゃんとした背中が消えていった。……バルクライ様は知ってるのか?
いや、顔にはあまり出ないが、モモに心を砕いているバルクライが自分の目が届かない場所で幼女が請負屋に出入りするのを許すはずがない。おそらく、いや、絶対に知らないのだろう。これは場合によっては報告義務がある。カイはモモ達が出てくるまで入り口近くで待つことにした。事情聴取だ。
人の出入りを見ていると、故郷の一回り小さな請負屋を思い出す。カイも騎士団に入団する前は、よく仕事を受けていたものだ。騎士団を目指し、キルマと一緒に故郷を出るまで、資金集めや生活費の為に働いていた。
数年前のことを思い出しながら待っていると、モモが出てきた。カイが近づくと、わかりやすくぎくりと固まるので吹き出しそうになる。悪い意味の隠しごとではないのだろう。可愛い顔にどうしようと書かれていた。
カイは極めて真面目な顔を作りながら、モモを抱き上げた。相変わらず軽い身体だ。驚いてはいるが素直に抱き上げられたままの幼女に、誘拐の心配が過ぎる。こんなに素直なのはオレだからだよな?
「知らない相手に急に抱き上げられたら抵抗するんだぞ?」
「え? う、うん?」
「いい子だ。それじゃあ、ちょっと付き合ってもらうぜ。どうして請負屋に出入りしているのかを話してもらうよ?」
戸惑いながら頷くモモを連れて、カイはどこか座って話せそうな店を探す。居酒屋ではガラが悪い者も多いし、子供には合わないだろうな。どこかいい場所……考えながら視線を通りに巡らしていると、レリーナが控えめに口を開いた。
「反対側の通りにあるお菓子屋さんはどうですか? 店内で椅子に座って飲食することも出来ます」
カイは指さされた場所に目を向けた。煉瓦作りで煙突がある店だった。そこはカイも女性と訪れたことがある人気店で、扉が開くと嬉しそうな女性客が箱を抱えて出てきている。
「あぁ、あそこか。いいよ。お兄さんが奢ってあげよう」
モモを抱っこしたまま道を挟んだ反対側に渡っていく。大人しく首に小さな手を添えてくる幼女は、へなんと眉を下げている。可愛い困り顔に何も聞かずとも許してしまいたくなる。が、そこは理性を呼んで耐えた。
キルマがこの場にいたら蕩けた顔で頬ずりしながら黒も白にしてしまったかもしれない。あいつ、モモには甘いからな。オレもこの子が相手だと怒りにくくて困っちゃうぜ。カイは口元に上る笑みを隠しながら、真面目な顔を作るように意識した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます